悪魔が運ぶ福音




「翡葉十七席、遅いですね……」
「あれ、まだ戻ってきてないんスか?」


 管制室でモニターを眺めていた局員がぽつりと呟く。不思議そうに首を傾げる彼の目線の先には、穿界門の通行記録が映し出されていた。

 ――虚が大量発生したという救援要請を受け、意気揚々と『自分が行く』と名乗りを上げた彼女は、無事に任務を終えたと通信では話していたらしい。そして、数刻前には瀞霊廷へと帰還していたようなのだが……どうやら、十二番隊隊舎へはまだ戻ってきていないのだという。


「廷内には戻ってきているはずなのですが……どこか寄り道でもしているんですかね?」
「うーん、どうでしょ。朝緋サンならこんなに分かりやすくサボったりしないんじゃないっスか? ああ見えて抜け目ないというか、ちゃっかりしてますし」
「(そ、そうなんだ……)」


 彼女が隊舎へ戻ることよりも優先することがあるとするならば。それはきっと、自分ではない誰かや何かのため、だろう。……大方、彼女のことだから負傷した死神達へ付き添って四番隊にでも居るんじゃないだろうか? あるいはもしかしたら、今回の件に関して何か気になることでも調べているのかもしれない。報告は速やかに行うのが基本原則なのだが、まぁ、情けない話それはボクが言えたことじゃない。きっと朝緋サンに「報告が遅い」と咎めたところで「いやいや、浦原隊長にそんなこと言われたくないんですけど」と言われるのがオチだ。それに、急いで知らせるほどの問題なんて無いほうがいいに決まっている。そう思って「まぁ、そのうち戻ってくるでしょう。迷子じゃああるまいし」と、モニターの前に座る局員へ声を掛けた。


「(……朝緋サン、怒ってたよなあ)」


 ……序列や礼儀を重んじる彼女が、いくら緊急時とはいえあんな強引なことをするはずないのに。あれは勝手に“悩み事”へ踏み込んだボクへの八つ当たりだったんだと、今更になって確信する。ああ、どうやって謝ればいいんだろう。今回ばかりは、あの飴玉は役に立ちそうもない。やっぱり、彼女の好物の甘味でも用意しておくべきだっただろうか? はあ、こんなことなら友人輪堂を見送る時にどうすればいいのかを聞いておけばよかった。彼ならきっと、ボクよりも朝緋サンの心をよく知っているだろうから――――


「――報告します!」
「!」


 その時だった。突然、管制室内に影が現れる。
 緊迫した声のする方へゆっくりと目を向ければ――そこにいたのは、かつての仲間である隠密起動、裏廷隊の姿だった。


「十二番隊第十七席、翡葉朝緋殿を隊規違反の容疑で拘束せよとの命が下りました」
「!」
「つきましては、所在が確認されました四番隊の隊舎牢にて、既に翡葉朝緋殿を拘束中であります」
「……」
「取り調べが終了するまでは、いかなる事情があっても本人へ接触することは認められておりませんので、予めご理解下さい」


 彼らの出現が意味することを誰よりも分かっているからか、途端に思考が冷えていき、不自然に体へ力が入る。
 ――ああ、厭な予感がする。


「……隊規違反、っスか」
「はい」
「それを、隊長であるボクに知らせるよりも前に彼女を拘束したということは、よほどの事情があったってことっスよね」
「……」
「彼女は何を疑われてるんスか」


 ――今まで長い間、囚われた人たちを沢山見てきた。怪しいというだけで自由を奪われた人たちを、ずっと傍で見続けてきた。……だからこそ、出会った時から彼女の存在を疑い続けてきた自分ですら、牢に入れることそれだけは選ばなかったというのに。


「(……っ、ダメだ)」


 腹の底で渦巻くやるせなさを吐き出す代わりに、いま何をすべきかを必死に考えた。




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