悪魔が運ぶ福音




「君が十二番隊十七席、翡葉朝緋だね」
「はい」
「私は十番隊の者だ。今回の件を聞いて、君にも話を聞かせてもらおうと思ったのでね。協力してくれるかい?」
「……はい」


 ――四番隊の隊舎牢。天井との境目のあたりに小さな空気口がついているだけの、暗くて冷たい牢屋の中。ここへ閉じ込められてからどれくらい時間が経ったのだろう。ようやく誰かが来たかと思えば――取り調べに来たという死神で、そいつの顔を見上げて落胆する。

 ああ、これはきっと……いや、絶対にろくでもないことに巻き込まれた。一瞬でそう直感した。目の前にいるこの死神は、私の手当をしてくれた、善性が具現化したような優しい四番隊の人たちとはまるで違うんだもの。眉を釣り上げて不気味に笑い、いい気味だとでも言いたげに見下ろす死神の目が、分かりやすすぎるくらい全てを物語っている。この拘束具がなければ拳が出ていたかもしれない、それくらいには――人を舐めて見下す、腹の立つ顔だった。


「君は数刻前、現世任務に当たっていた我が隊の者が出した救援要請を受け、十二番隊より派遣され現地へと向かった」
「はい」
「君はそこで複数体の虚と交戦したようだが……その時の状況を詳しく話してくれるかね?」
「……私が現場へ到着した時には、既に十体以上の虚が現れていました。その時点で要請を出した二名の十番隊隊士の方は、負傷はされておりましたがまだ戦っておられましたので、援護は不要と判断し単独で虚の討伐に当たりました」
「……それで?」
「私が半数の五体ほど虚を倒した頃、十番隊隊士の方々の異変を感じました。振り返ると、何故か彼らは私へと刃を向けてきており、明らかに様子がおかしいと思いました」
「――だから斬ったのかね?」
「はい。状況的にそうするのが一番合理的な判断かと思いましたので」
「……合理的な判断、ねぇ?」


 ねっとりと絡みつくような、胸焼けするような声。……だから斬ったのかね? って、まるで私が殺したみたいな言い方じゃないか。ふざけんな、あいつら普通に生きてるだろ。てかなんなら、今頃治療を受けてピンピンしてんぞ、ちゃんと顔見たのか? あいつらがピンピンしてるから“こうなってる”んだろうが。相変わらず腹の立つ顔でムカつくこと言いやがって。――小馬鹿にしたように鼻で笑う目の前の男に、本能的な嫌悪感が湧き出てくる。


「で? 我が隊の者を斬ったあとは、残りの虚を倒して帰還したと?」
「はい。ですが、正確にお伝えするならば、それは少しだけ間違っています」
「……なんだと?」
「私は彼らと刃を交えながら、何とか虚を倒しきろうと試みました。実際に同時に二体の虚を倒しています。しかし、虚は私を襲う彼らの事も狙って来ますので、彼らの命を守るためにも、これ以上このまま戦闘を続けるのは困難だと判断しました」
「……」
「ですので、襲ってくる彼らを最低限の攻撃で無力化させ、残りの虚討伐に集中して対応する、という結論に至ったわけです。……残っていた虚は、精神攻撃を仕掛けてくる厄介な敵でしたので」
「はん、随分と生意気なことを言うな、君は。そんなこと、十七席風情に出来るわけが無いだろう」
「……そんなこと、とは」
「うちの席官二人と戦いながら虚を倒すなぞ、君に出来るわけが無い。君は現場に向かい、手柄を独り占めするために邪魔だった二人を斬った。それを隠すために、彼らが襲ってきたなどと嘘を吐いて、さらに自分で斬った彼らを四番隊まで運んだのだろう?」
「(……ああ、そういう……)」
「現に、彼らには君の斬魄刀による傷が確認されているが――君には刀傷ひとつ無いではないか。君が彼らを斬った証拠は残っていても、彼らが君を襲った証拠は何も残ってなどいない」
「……それは、先程の事情聴取でもお伝えしましたが、彼らが虚による精神攻撃を受けていたからです。おそらく敵と味方の認識が曖昧になり私を襲ったのでしょうが、その精神攻撃によって記憶が混濁しているから、私に襲われたと勘違いをしているのでしょう」
「ふん、嘘もそこまでくると滑稽だな」
「……」


 ――聞き覚えのある言葉だった。
 ぐっと噛み締めた奥歯から血の味が広がる。


「聞けば君、浦原隊長の推薦で霊術院へ入学して、たったの二年で卒業したそうじゃないか」
「はい」
「それに、入隊後は即十七席へと就いたようだね」
「はい」
「はは、否定しないのか。まったく、随分“上手く”取り入ったじゃないか。君の清純そうな見た目に騙された彼も、所詮はただの男だったって訳だ」
「…………」
「まあ、彼もまだ若そうだからね。仕方がないだろうけど、そんなおままごとはもう通用しないよ。残念だが、君はここまでだ」
「女が席官の座に立つことがそんなに不服ですか」
「……なんだと?」
「媚びてのし上がって来た女を権力でねじ伏せられるのが、そんなに楽しいですか」
「……っ、貴様!」
「確かに私が彼らを斬魄刀で傷つけたのは事実です。そして、私が彼らに襲われたという証拠がないのも事実です。……でも、彼らが私のせいで傷付いて倒れたと主張するのなら、私があの場にいた虚を全て倒したことは認めてるって事じゃないですか」
「!」
「それって少なくとも、私が一人で十体近い虚を倒したことに関しては疑ってないって事ですよね。私が媚びてのし上がってきただけの女だと馬鹿にしてるのに。……矛盾してますよ」
「っ、矛盾してるのは貴様の方だろう!! 精神攻撃を仕掛けてきた虚がいたというなら、何故貴様は正気を保っているのかね!?」
「さあ。私が彼らより強かったからじゃないですか? あの虚、私にビビって虚圏まで逃げ帰っちゃいましたし」
「は、調子に乗るなよ女! 二年しか霊術院で学ばなかったようなヤツが、我が隊の席官達に勝るはずがない! そんなこと、貴様以外の全員が理解している!」


 声を荒らげた目の前の男は、勝ち誇ったような笑いを浮かべてそう叫んだ。「貴様が今更なんと言おうと、もうすぐ全ての証拠が揃うのだ。貴様は手柄を独り占めしようと、私欲のために仲間を手に掛けた罪人として裁かれる」と卑しい視線を向けて語り、「ああ、それから十二番隊の隊長はこの件を静観しているそうだよ。はは、君も媚びを売る男を間違えたな」と言い残して立ち去って行った。

 ……ああ、控えめに言って最悪の気分だ。処分とか罪状とかどうでもいいから、今すぐこの拘束具を外してほしい。どうせ罰を受けるなら、アイツを一発ぶん殴ってからにさせてくれ。そうじゃないと気が済まない。負けず嫌いとか頑固とかそんなんじゃなくて、私の魂に誓って、私はアイツを許せない。お願いだから殴らせてくれ。たぶん、それくらいなら――彼も許してくれるだろう。

 適切な判断を下したと思っていた。虚の精神攻撃を受けて私を襲ってくる彼らを、虚から守りながら戦うのは困難を極めていた。だから、限界まで粘ったけど仕方なく――手と足の腱を斬って無力化した。それがまさか、目が覚めた彼らに「翡葉朝緋に襲われた」と騒がれることになるなんて。
 ……いや、それを弁解の余地なく、向こうの主張だけを認められてしまうことになるなんて。いまだに動揺しているし、何が起きたか信じられない。確かな事があるとすれば、それはこの件に関わっている人の中に私を陥れようとしている、悪意を持った奴がいるということ。……私が女だから、いけ好かないと妬む人は今までもそれなりにいたけど。まさかここまで実力行使をされるとはなぁ。――底知れない悔しさと、僅かな絶望を感じていた。

 本当は無傷で無力化させたかった。私だって斬りたかったわけじゃない、のに。……ああ、そうね、鬼道で縛ったりとかの方が良かったのかなぁ。でも、あの時はいっぱいいっぱいで……


(…………このまま、牢から出られなくなるのかな)


 謂れのない罪を着せられる側に、まさか私がなるとは思ってもいなかった。はは、随分とまあ、この世界には嫌われて見放されたものだ。……って、ま、そりゃそうか。そもそも私、異世界人だし。見放されるもなにも、最初から部外者だったわ。はは、あはは。


「…………」


 ――それならそれで、いいと思ってしまった。一体いつまでなのか分からないけど、投獄されたまま強制的に物語に関われなくなるのなら――それで、運命をねじ曲げてしまう心配がなくなるのなら。

 別に、それでもいいと思ってしまった。



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