悪魔が運ぶ福音



「……ほ、本当に一緒に行くんスか?」
「あ? なんべんも言わすなや。行く言うてるやろ」
「でも、ボクたちが見つかったら大変なことになっちゃいますよ?」
「見つからへんようにしたらええだけの話やろが!! もう行くで!!」
「あ、ちょ、ひよ里サン!」


 彼女はそう言ってボクを置いて先へと行ってしまった。……参ったなぁ。ひよ里サン、ボクみたいにコソコソして忍び込むのとか、あんまり得意じゃないだろうに。

 ――深夜の四番隊隊舎。誰にも気が付かれぬよう、気配も霊圧も消して忍び込む。向かう先は……もちろん、朝緋サンが投獄されている隊舎牢だ。本当は一人で行くつもりだったのだが……どうやらひよ里サンも同じことを考えていたようで。四番隊の隊舎近くでばったりと会ってしまって「なんや。喜助もおんなし事考えとったんか」と鼻で笑う彼女に、ボク一人で行くから待っていてくれと言ったところで聞いてくれるはずもなく。……あまり口には出さないけど、あれでひよ里サンもかなり朝緋サンを心配してるんだろう。「オマエだけ朝緋の様子見に行くなんてセコイことウチが許すわけないやろハゲ!!」と、殴られた鼻頭がまだジンジンと痛む。……まあ、ひよ里サンは忍び込まずに正々堂々朝緋サンの面会に行こうとしていたようだったけど。いくら副隊長とはいえ、調停前の容疑者には何人も会うことは叶わない。それは、隠密機動なら常識とも呼べる規則だった。

 幸い、彼女の牢の前で見張りをしていたのは一人だけだった。ひよ里サンからの「あれは元隠密機動オマエがやれ」という無言の目配せに頷いて、造作もなく気絶してもらう。念のため気を失った見張りを扉の内側に隠して、牢屋へと続く廊下を進んでいった。


「……なんや、寝とるやんけ」
「……」


 辿り着いた先。冷たい鉄格子の向こうに居る彼女は――備え付けられたベッドの上で、座り込んで眠っていた。


「……」
「……」
「…………情けない話っスよね、」
「なんや」
「今、心底“よかった”、って……自分は判断を間違えてなかったんだ、って感じてるんです」
「……なんの話やねん」
「……朝緋サンに出会ったとき。多少強引にでも、手元に置いて監視することを選んでよかったなって。――牢に入れなくて正解だったって、今、心底そう思ってます」
「……はん、奇遇やな。ウチも今そう思っとる」


 うまく言葉に表せなくとも。――一度、共に蛆虫の巣へ赴いた彼女だからこそ、同じことを感じ取ってくれているのだろう。……ひよ里サンは感情を堪えるように、ぎゅっと手を握りしめてあの子を見ていた。


「……でも、よかった」
「あ?」
「知ってますか、ひよ里サン。……冤罪を主張していた人の査問・調停では、結果的に本人が冤罪のまま罪を受け入れてしまうことがほとんどなんスよ」
「……なんでや」
「極度の不安やストレス。そういうのが引き金になって眠れないまま、次第に抗う心が折れちゃうんス」
「……」
「今のボクたちにとって一番まずいのは……――朝緋サンが、先に一人で諦めてしまうこと」
「……そんなことせんやろ、コイツは」


 朝緋サンが諦めるはずない。――確かに、普段ならボクもそう言い切っていただろう。……でも、今は。冷たい鉄格子の向こうに居る朝緋サンのことを、信じるしかない。疲労の滲んだ、穏やかとは程遠い表情を浮かべて眠る彼女が、あともう少しだけ抗ってくれるのを信じて――……


「――戻ったか、喜助」
「よ、夜一サン!? どうしたんスか、こんなとこで」


 隊舎牢を後にして、四番隊の敷地の外へ出る。すると――そこには刑戦装束を纏った夜一サンが待ち構えていた。嫌な予感を払拭するようにあえて軽い調子で声を掛けるも、そんなことはお見通しな夜一サンはより一層視線を鋭くする。


「――朝緋の査問の日程が早まった」
「!? ……ど、どうして急に。卯ノ花隊長が申告してくれているハズじゃ――」
「ああ。そのはずだったのじゃが――朝緋本人が、怪我はもう治っているからと日程を早めるよう打診して来たそうじゃ」
「!!」
「……時間がないぞ、喜助。査問は明日の正午じゃ」


 その瞬間――あの村の少女の顔が、ふと思い浮かんだ。


「あのね! 私、あの死神のお姉ちゃんのこと大好き!」
「約束! 絶対、泣かせちゃダメだよ! ちゃんとお兄ちゃんが守ってあげてね!」





「……ひよ里サン。スイマセン、あとは任せてもいいっスか」
「は?」
「ボク、ちょっと行ってきます。――夜一サン。四楓院家の穿界門、借りますね」
「な、ちょ、待てや喜助! 急にどこ行くねん!!」


 ――約束したんスよ。アナタが花を贈ったあの子と。

 破れるわけないじゃないっスか。


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