欲張っても良いだろうか、無欲の君を前にして
「……そういうわけで。何かいい方法知らない?」
「知らん」
「そんな即答しなくてもいいじゃん。
主が困ってるって言うのに」
「何故私がお前の悩みを聞かねばならんのだ。私はお前の友達ではない」
「随分冷たいこと言うねー、親の顔が見て見たい」
「なら鏡でも見たらどうだ?」
「(……腹立つ!)」
ギロリと目の前にいる男を睨みつけるも、男は退屈そうに頬杖をつき、うんざりとした顔のまま。まるで意に介さない様子でこちらを見向きもせず、少しも表情は崩れなかった。実に癪に障る態度である。
――前後左右、上下。果てなく真っ白な空間に包まれている私の精神世界。その中心に佇んでいるのは、どこかの上級貴族の屋敷にでもありそうな立派な座椅子。そこへ腰掛けて不遜な態度を見せる自分の斬魄刀に、うんざりしたいのは私の方だった。……どうしてそんなに捻くれてるわけ? 私の内面ってこんなに性格悪いの?
「……もしも私が大切なことを忘れてしまってたことに気がついたら、それはそれはもう立ち直れないぐらいに、すんんんんごく落ち込むと思うんだけど。
翡芲はそれでいいの? 困るんじゃない?」
「……まあ、迷惑な話だな」
「じゃあもっと真剣に考えてよー。私の“原作知識を他人に知られないように残しておく方法”を」
「……」
「もう結構ピンチなんだってー、物理的にも精神的にもー」
「……なんだ、精神的にもって」
「えー、分からないの? 私の斬魄刀なのに」
「……」
「……知らんぷりをしながら忘れないようにするのは、あなたが思うよりもすごく難しいんだよ」
「……それはお前が、隠し事をするのに意識を向けすぎているからだろ」
「仕方ないでしょ、私はそんな器用な人間じゃないんだから」
「じゃあ諦めて忘れろ」
「ひどい! 鬼! 悪魔! 冷酷男! 私がどうして必死になってるのか、護りたいものも全部知ってるくせに!」
食って掛かるようにずいっと顔を近づけて目の前で嫌味を言ってやれば、
翡芲はあからさまに面倒くさそうに顔を反らす。そんな態度に負けじとジッと睨みつけていると、やがて彼は心底うっとおしそうな顔で「…………はあぁ」と大きなため息を吐いた。
「なによ。ため息つきたいのはこっちなんだけど」
「…………方法なら、ある」
「え?」
「お前、どうせ誰にも相談出来ないからって、私から何か方法を聞き出すまで帰るつもりはないんだろう? この強情女め」
「ふん、強情で結構。だから想いを力に変えるあなたが生まれたんでしょ」
「はっ、物は言いようだな。私はお前の独りよがりを力に変えてやってるんだぞ。もっと感謝してほしいものだな」
「あー、はいはい。いつも助けてくれてありがとうね、感謝してるよ」
ありがとう、と。もう一度重ねて礼を伝えると、
翡芲はふんと鼻を鳴らしてそっぽを向いた。……なんだよ、人が素直に感謝してるって言うのに。
「――……お前のその記憶、私が代わりに覚えておいてやろう」
「……え。そんなこと出来るの?」
「ああ。私の能力を使えば不可能ではない」
「……さすが、私の斬魄刀」
「但し。――対価は払ってもらうぞ」
意識が徐々に遠のいて、視界が暗くなっていく。
翡芲が伝えてくれた対価の内容を、私は笑って受け入れた。
***
「こんにちはー。十二番隊の翡葉朝緋でーす」
「おー、入ってええでー」
「はーい。失礼しまーす」
「……オマエ、他の隊長とかにもそんな感じなん?」
「さあ、なんのことでしょう。あ、書類はここに置いておきますね。んじゃ、お忙しそうなんで失礼しま――」
「待たんかいコラ」グイッ
「ぐへぇ!」
「何そそくさと帰ろうとしてんねん」
「っ、げほ! そ、そりゃ用件が済んだら帰るのが普通でしょう!」
「はっはーん? オマエん中では久々に
会うた“恩人”となんの世間話もせんと帰るんが“普通”なんか? お宅んとこの隊長さんはそないな教育を部下にしとるんか、ビックリやなァ!」
「じゃあなんなんですか、五番隊は隊士の女の子を引き留めてお茶をするのが普通とでも言うんですか?」
「おう、せやで!」
「(コイツ、堂々と言い切りやがった……!)」
切り揃えられた前髪から覗く三白眼は獲物を捕らえた様に細められ、口角はニィっと吊り上がっている。ああ、すごいムカつく顔だ。整髪料と脱毛剤を間違えてハゲちゃえばいいのに。
――ジリジリと照り付ける太陽。気休め程度の風もなく、熱が籠りきった瀞霊廷。厳かな風景とは程遠く、夏の風物詩がけたたましく大合唱を響かせている中、たったひとつの書類を届けるために五番隊隊舎を訪れた。夏は嫌いだ。虫が多いし、汗かくし。日に焼けるし。その点、技術開発局は温度管理のために大体どの部屋にも空調が付いているし、防音性も優れてるからセミの鳴き声なんてちっとも聞こえない。真夏のオアシスだ。打ち水程度しか暑さを凌ぐ方法が実装されていない他隊の隊舎など、長居はごめん被りたいのに。真子さん相手にお茶をするなんてもっとごめんだ。ああ、早く技局に帰りたい……。
「ったく、相変わらず愛想もくそもないやっちゃなァ。ホラ、茶菓子も出したるから」
「え、なに出してくれるんですか」
「水羊羹」
「……と?」
「『……と?』やないわ、水羊羹だけや。食いしん坊かオマエは」
「なぁんだ、せっかく久しぶりに会ったのにお茶請けのひとつで話足りるって言うんですね真子さんは」
「やかましいなァ!! ほな最中と煎餅も出したるわ!! これでええか!?」
「わーい、ありがとうございますー」
「(……甘いもんの食いすぎで虫歯になってまえばええのに)」
真子さんがお茶とお菓子を用意してくれている間に、懐から手鏡を取り出して汗で張り付いた前髪を正す。一応目上の人だし、なんか身だしなみにうるさそうだし。手櫛で軽く整えてぱたりと手鏡を閉じたところで、「……なんや、それちゃんと
使うてくれてたんや」と言いながら、お盆に二人分のお茶を乗せた真子さんが戻ってきた。
「ええまあ、せっかくの頂き物ですし。繊細な作りの割には丈夫で重宝してますよ」
「……朝緋のことやから、俺から貰ったもんなんて捨てとると思っとったわ」
「んなまさか。こんな上級品捨てられませんよ。どうせなら売ります」
「…………今日はあの髪紐つけてないんか」
「あー、はい。そうですね」
「……お前いま露骨にはぐらかしたやろ」
「い、いえ。別に」
「……まさか髪紐は捨てたとか言わんやろな」
「違いますよ、捨ててないです」
「じゃあなんや」
「いやあ、だからそのー、かくかくしかじかで」
「ほーん。そうやったんか。……って分かるかァ!」
「(おお、これがノリツッコミ……)」
「……まぁ、お前が言いたくないんやったらそれでかまへんけど」
「…………友達のところに置いてきました」
「?」
「亡くなった友人に花を手向けた時、一緒に置いてきました。……二年前の秋頃です」
「……そうか。そらいらんこと聞いてすまんかったな」
「ほら。絶対にそうやって謝ってくると思ったから言わなかったのに」
「……」
「同じ髪紐、また買おうかと思ったんですけどね。やっぱり自分じゃ勇気が出なくて買えませんでしたよ」
ははは、と適当に笑って見せる。
「……ただの髪紐に何を怖気付いてるんや、お前は」
「怖気づいたんじゃないですよ。冷静になっただけです」
「ハァ? どっちもおんなしやろ」
「違いますってば。冷静に……好きな人とそっくりな色の髪紐をずっと身に着けてるのってちょっと……いや、だいぶ女々しいよなって思って」
「そないに意地張って喜助のこと追っかけとるくせによォ言うわ」
「……」
「(……無意識、なんやろなぁ)」
「……な、なんですか。じっとこっちを見て。やろうってんですか」
「お前と喧嘩でもしたらひよ里から倍返しされそうやから絶対嫌や」
「へ、へえ? なるほど?」
「……そういや、なんで朝緋が書類届けにきたん? 珍しいやん」
「え? あー、そうでしたっけ」
「お前と
隊主室で話すんはコレが初めてや」
「……ここ最近妙に実戦の任務が多くて出ずっぱりだったんですよ。書類仕事は私の担当じゃないっていうか、その」
「ほーん?」
「……ひよ里さんが怪我人は雑用でもしてろってしつこくて」
「! え、おま、お前なあ。そういうんは普通いっちゃん先に言うやろボケ!」
「は、はぁ?」
「つか、ひよ里もひよ里や! なんで怪我人をこんなあっつい日に外歩かせてんねん、アホか!」
「いや、別に私は――」
「引き留めて悪かったな、十二番隊の隊舎まで送るわ。行くで」
「ちょっと、何勝手に私を帰らそうとしてるんですか。嫌ですよ、まだ最中に手つけてないのに」
「んなもん持って帰ってから食ったらええ!」
「いで、いででで! ちょ、引っ張んないで下さいよ! 平気ですって私の怪我は!!」
「お前の“平気”はこの世でいっちゃん信用ならん!」
「平気なんですって本当に! きちんと四番隊で治してもらいましたよ!! まったく、なんなんですかひよ里さんも真子さんも! 今ここで脇腹の傷跡見せましょうか!?」
「ちょ、わ、分かったから落ち着け。
衿に手かけるんやめろ、目のやり場に困る」
「とかいいつつがっつり視線がこっち向いてるんですけど。最低!」
「しゃーないやろ、男っちゅうんはそういう生き物や」
「だまらっしゃい!」ドスッ
「へぶっ!!」
世の中の紳士は多少の下心があったって隠そうとするもんでしょうが! まったく。
私を連れて帰ろうと腕を引っ引っ張る真子さんへ肘打ちをお見舞いすれば、観念したのか素直に椅子へと腰を下ろした。
「す、鋭い一撃ですね……さ、さすがは十二番隊十七席……」
「ええどうも」
「……まあ、ほんまに元気そうならよかったわ」
「だから最初からそう言ってるでしょう、どっからどうみても元気100パーセントの翡葉朝緋ですよ」
「……」
「ひよ里さん、普段は私の事顎で使うくせに。こういう時ばっかりは休んどけって言って聞かないんですよ」
「(そらあんな面倒に巻き込まれたら気使うやろ……)」
「……はぁ。これ以上甘やかされたくないのになぁ」
「……?」
「……あ、そうだ。真子さん」
「なんや」
「真子さんって確か……矢胴丸副隊長とか、久南副隊長とも知り合いでしたよね」
「リサと
白か? まぁなんやかんやで一緒におることは多いけど」
「……ひよ里さん、矢胴丸副隊長、久南副隊長にあって――私に足りないものって、なんだと思いますか」
「………………は?」
「私があの人たちみたいになるには、どうしたらいいですかね」
「……ちょお待ってや。あかん、理解出来ひん。なんでや、あいつらに憧れるようなところがあるか?」
「ありますよ。かっこいいじゃないですか」
「………………いやいや。ならんでええやろ。ならんといてくれ頼む」
「えー」
「……理由が聞きたいねんけど」
「理由?」
「なんであいつらみたいになりたいん」
「…………女のくせに、って舐められるのが死ぬほどムカつくから」
「誰に」
「…………周りに?」
思い浮かぶのは、四番隊隊舎牢で相対した十番隊四席の顔。……それはそれはもう、私の脳裏にはあの時の言葉と表情が嫌という程焼き付いている。忘れる方が無理ってもんだ。
――媚びだのなんだのと言われたことについては触れなかった。ただ、女だからと舐められることが嫌だ、という範囲に留めておいた。そこまで話す気にはならなかったから。でも、おそらくあの事件は他の隊長にもある程度は共有されているんだろう。真子さんは何かを察したように「あー……」と曖昧な相槌を残して、ふいと窓の外へ視線を投げた。
「……別に、あいつらかて最初から強かったわけちゃうやろ」
「まあ、そうでしょうけど」
「……朝緋は、なんで自分が舐められとると思ってるん」
「……実力と地位が見合ってないから?」
「ホラ、そういうとこやろ」
「?」
「自分に自信を持たれへんような奴は舐められて当然や。アホか」
「……」
「ひよ里もリサも、
白も。自分に自信があって堂々としとるからかっこよく見えてるんとちゃうか」
「……そうかもしれないです」
――ガタッ
真子さんはおもむろに立ち上がって、私の真正面に立った。え、な、なに? いきなりどうしたのかと座ったまま真子さんを見上げると――彼はバシッと勢いよく私の両肩へ手を置いて「朝緋は強い!」と、迷いのない真っ直ぐな目で言い切った。
「!」
「朝緋は強いよ。……俺が言うても世辞にしか聞こえへんのやろうけど」
「……」
「大丈夫や。外野には好きなように言わせとき、そのうち誰もそんなん言うてこんくなるから」
「……簡単に言ってくれますね」
「お前がどうしたらええか聞いてきたんやろ」
「はは、そうでした」
ほんのちょっとだけ泣きそうになった。でも、見上げている真子さんがいつもより逞しく思えて、それが可笑しくて。涙はすぐに引っ込んでいく。……癪だけど、私が立ち止まりそうなときに背中を押してくれるのはいつもこの人なのだ。それを思い出したらなんだか急に面白くなってきてしまって「ふ、あはは……っ!」と、自然と大きな笑い声が出た。
「な、なんや急に。俺なんかおもろい事言ったか?」
「いや、なんで自分の事殺そうとした人に励まされてんだろー、って考えたら急に面白くなっちゃって」
「!」
「あんな出会い方したのに。命拾われて、励まされて。不思議なもんですね」
「……せやな」
真子さんはそれきり、何かを言いたそうにしていたけど何も言わなかった。折を見て「お茶、ごちそうさまでした。そろそろ帰りますね」と切り出して立ち上がる。「……ほんまに送っていかんで平気か」と尋ねてくる真子さんに、気持ちだけ貰っておくと答えてニコリと笑顔を向けた。
「そうだ。最後にひとつだけ、教えて欲しいことがあるんですよ」
「? なんや?」
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