欲張っても良いだろうか、無欲の君を前にして
「お主が儂の元を訪ねて来るとは珍しいの!」
「……お、お久しぶりです。夜一さん」
「なんじゃ、笑顔が硬いぞ。緊張しておるのか?」
「い、いえ……!」
「はっはっは! そう気構えずともよい。ここにおる者たちはお主を捕らえたりなんぞせんからな!」
「(わ、笑えない……!)」
あれから数日後。瀞霊廷の中でも断トツで重圧感を放つ二番隊隊舎へ、自らの意志で足を運んでいた。視界に入る建物がひとつひとつ目には見えない威圧感のようなものを持っていて、緊張するなという方が無理である。隊舎の入口で「四楓院隊長に用がある」と伝えた時点でものすごく怪しまれたし。なんだコイツって目で見られたし。まあそれは無理もないと思うけど、こうして無事に夜一さんの元まで案内される間、首元に刃を突き立てられているような緊迫感がずっと漂っていたのだ。い、息が詰まる……! 隠密機動怖い……!
「して、今日はどうしたんじゃ? 喜助を通さず直接儂に会いにきたということは、それなりの要件があるんじゃろう?」
「い、いえ、その……大切なお話、という訳ではないのですが、」
「?」
「……先日のお礼をどうしても直接お伝えしたくて」
そう言って、持参した銘菓を夜一さんへと差し出した。
……事前に真子さんに教えてもらった、上流階級御用達の銘菓。彼女はきっと「気にしなくていい」と言ってくれるだろうけど、相手はあの四大貴族の当主様なのだ。本来私なんかがおいそれと会えるような相手じゃない。……私が浦原喜助の部下だと知ってもなお、彼女の後ろに数人の付き人が控えているのがその証拠だ。
案の定、夜一さんは怪訝な顔で差し出した銘菓を見つめている。それでも、礼儀や礼節を守るのが私のポリシーなので、どうか受け取って欲しいという願いを込めて「少し多めに用意したので、よかったらみなさんで食べて下さい」と言って頭を下げた。
「なんじゃ、これは。お主を冤罪から助けたことへの礼、とでも言う気か?」
「はい。証拠集めに共に尽力して下さったと、猿柿副隊長から聞いてます」
「……よもや、そのためにわざわざそこまで緊張しながら儂に会いに来たのか?」
「は、はい……すみません、お忙しいのに――」
「かっかっか!! よいよい、気に入ったぞ、朝緋!!」ガッ
「ぅえ!?」
豪快に笑い声をあげた夜一さんは、勢いよく私の背へと腕を回してガシッと肩を組んでくる。それはそれはもう、とても楽しそうに笑いながら。護衛として控えている付き人さんたちなんか、あからさまに驚いて動揺してしまっていてこちらが申し訳なくなる。ちょ、あ、あの、どうしたんですか!?
「堅苦しいのは嫌いじゃが、そこまで馬鹿正直に筋を通されてはこちらも受け取らん訳にはいかぬからな!」
「よ、夜一さん……?」
「ここまで来なくとも喜助に言えば済む話だったじゃろう」
「い、いや、それじゃあお礼にならないじゃないですか」
「うむ。だから気に入った!」
「は、はい……?」
「どうじゃ、今日は儂と一緒に夕餉でも食べて行かぬか?」
「は、はい!?」
「何、遠慮することはない。喜助もしょっちゅう儂の屋敷でタダ飯食っておったからの」
「い、いや、あの! お、お気持ちは大変嬉しいのですが……! 今日はまだ予定が残ってまして……!」
「なんじゃ、忙しないやつじゃの。どうせ喜助の尻拭いじゃろ? 放っておいて構わん」
「だ、い、いや、でも、」
「はは! 冗談じゃ、冗談。飯などいつでも食えるからの、今度は予定を空けて来るが良い」
「え、あ、はい……! よ、喜んで……!」
夜一さんは私の肩からパッと腕を離して「うむ、約束じゃぞ」と言ってニコリと笑ってくれた。顔の横で跳ねる艶のある暗髪がとても愛らしく揺れていて、この人は短い髪もよく似合うなぁと自然と私も笑顔になった。
「よ、夜一さん!」
「ん? なんじゃ?」
「あの、助けて下さって本当にありがとうございました! ま、また遊びに来ます!」
「!」
――二番隊と隠密機動、その両方を統べる四楓院家初の女当主。私が心の底から尊敬する、世界で一番憧れた
女性。だだっ広い室内で、隊長として、そして総司令官として。背後に付き人を従えて堂々と笑う彼女の姿はとっても、すごく格好良かった。……私は彼女になりたいとも、なれるとも思っていないけど。それでもやっぱり、目指したいと思うものの原点はこの
女性なんだなと――今までぼんやりとしていたものをハッキリと確かめることが出来た。
***
「あ! 翡葉さんやっと戻ってきた!」
「遅かったじゃないですか〜! もう先に始めちゃうところでしたよ!」
「あはは、ごめんなさい。ちょっと野暮用を済ませてきたらこんな時間になっちゃいました」
始まりから終わりへ。沈みかけた太陽が、目を細めずにはいられない真っ白な瀞霊廷を茜色に染め上げている。――静かな闇を引き連れている空には、とても美しい紅霞が広がっていた。
八月も中旬。今日は流魂街の大きな夏祭りがある日だ。十二番隊は今年も“有事の際に向けた待機”とは名ばかりの、自主的な夕涼み会を開くつもりらしい。季節を楽しむことはもはや彼らの中では当たり前になりつつあるようで、言い出しっぺとしては嬉しいことこの上ない変化だ。……隊舎の軒下には、誰かが作ったてるてる坊主が仲良さそうに並んでいた。
かつては雑用係として季節の催しを企画して運営していた私だけれど、入隊してからは私の意志を引き継いでくれた有志の方々に任せっきりだ。私に出来ることはせいぜい、当日に裏方へ回って手伝う事くらい。今日だってもう、私が二番隊へ顔を出している間に準備は完璧に整えられていた。この日を相当楽しみにしていたのか、気合十分な彼らの顔はとても頼もしい。大量に用意された手持ち花火は、倉庫の整理をしていて見つけたいつからあるのか分からない分も含まれているんだとか。……それってシケてないの? ちょっと心配だな。――虫嫌いな私のためにこれでもかというほど設置された蚊取り線香を横目で見ながら、こっそりとテーブルから拝借してきた真っ赤な西瓜へかぶりついた。
「おい、早く次の花火もってこい!」
「やっぱりたまには、こうやって息抜きすんのも大事だよな〜!」
……辺りもすっかり暗くなった頃。本命の手持ち花火があちこちで始まって、懐かしい火薬のにおいが隊舎内に広がっていく。――私はこの瞬間の、みんなが任務を忘れて純粋に楽しんでいる光景を見るのがとても好きだった。こんなことを言うのは烏滸がましいと思うけど、この気持ちを例えるなら親心に近いだろう。この光景が見られるのは、紛うことなくこの世界が平和である証。ここに居る皆が日々護廷を背負い、世界の均衡を保っているから、こうして季節は移ろいで行くのだ。その平和をこの世界にいる死神が享受するのは当然で、私はその姿を見ているだけで楽しいし満たされる。……そも、この季節を楽しむ企画は、私が参加する前提じゃない。
だから私は、これでいい。煙越しに鮮やかに散る火花を見て、賑やかな笑い声を聴くだけで充分なのだ。……それで充分、なのに。
「お疲れっス、朝緋サン」
「……浦原隊長」
「……もう、後片付けは終わりそうっスか?」
「はい。このごみをまとめたら捨てに行って終わりです」
「……じゃあ、今年も。――一緒にやりませんか? コレ」
そう言って彼はまた、月を背負って悪戯っぽい笑みを浮かべる。――懐から取り出したのは、やっぱり線香花火だった。
二年前の夏。忘れもしない、私の大切な思い出。
裏方に徹して花火に触れることすらなかった私を気にかけて、彼は一緒に線香花火をやらないかと誘ってくれた。あの時の私は、雑用係として拾われてからずっと過ごしていた技局を離れ、霊術院に入学したばかりだった。……だから、きっと。久しぶりに戻ってきた“故郷”のような場所で、花火を楽しまずに雑用をしていた私が輪から浮いて見えたのだろう。オレンジ色の光に照らされた彼は確かに、私に向けてハッキリと「仲間だ」と言ってくれた。……私が、彼らを傷つけるような人じゃないと信じている、とも。
あの時の彼の言葉が、今の私が持つ揺るぎない覚悟を決めるきっかけになったのは語るまでもない。この世界にトリップしてきてから本当に色んな事があったけど、それでも私の心に強く残っている出来事だ。……何せ私は、好きな人と二人きりで線香花火をしたのだから。特別な思い出となるに決まっている。
でも、私はもう――きっと、あの時みたいな不安定な女の子じゃない。霊術院を主席で卒業した、十二番隊の十七席だ。……私は、自分が仲間じゃないからと遠慮して、裏方に回って雑用をしていたわけじゃない。自分の意志でそうすることを選んでいるのだ。……だから、あなたに情けで線香花火に誘ってもらう理由は、もうないはずなのに。
「いやー、今年も何事もなく終わって良かったっスね」
「え、?」
「『流魂街の夏祭り』ですよ。ボクたち一応、“待機命令中”だったんスよ?」
「はは、分かってますよ。……でも、実際に出動命令が下る事ってあるんですか?」
「ありますよォ。人が集まるところは何かと物騒ですし、裏で悪いことをするには絶好のタイミングっスからね」
「……反対組織の暴動とか、集団窃盗とか?」
「……まあ、だいたいそんな感じっスね」
「へぇ……人が祭りを楽しんでる間にそんなことを考える人たちの気が知れないなぁ。怖い怖い」
「ええ、本当。無粋な人たちっスよねぇ」
――ぱちぱち。細やかな線を描いて、無数の火花が飛び散って消えていく。
今年もまた、誰にも見つからないよう裏庭の隅っこに集まって、こっそりと線香花火を楽しむ。……誘ってくれた理由は分からないけど、たぶん、前もやったから今年も、みたいなノリなのかな。深い意味はないんだろう。暗がりに浮かび上がる彼の横顔も、瞳も、特に変わった様子は見られなかった。
「……そういえば。南流魂街の討伐任務、どうでした?」
「あ〜〜、もう最悪でしたよ。二度とあの地区には行きたくないですね」
「へえ、何があったんスか?」
「虚が断崖絶壁の洞窟に逃げ込んで大変だったんですよ。イタチごっこが続いて全然倒せなくて、もうあんな埒の明かない戦いはこりごりです」
「あぁ、なるほど。朝緋サンってそういう耐久戦みたいなのは苦手そうっスもんね」
「はい……私にはきっと、この前行った東流魂街の掃討任務の方が向いてるんだと思います」
「報告書読みましたよ。虚の大群に朝緋サンが突っ込んで行って、ほとんど一人で倒しちゃったんでしょう?」
「まぁ、広い場所で思いっきり戦える方が斬魄刀との相性も良いですしね」
「……怪我の調子はどうっスか?」
「おかげさまでもうすっかりさっぱり治りました。雑用ばかり任されて正直退屈です」
「はは、もう実戦任務に行く気満々じゃないっスか。これを機に、たまにはゆっくり他の隊務をこなしてもいいんスよ? アナタはボクから見ても働きすぎです」
「何言ってるんですか。私を席官に選んだのも、最近ずっと実戦任務ばかりを私に回してるのもあなたでしょう。そしてそれを受け入れてるのも私です。給料分くらいしっかり働かせて下さいよ」
「……部下を連れた実戦任務で毎回死傷者を出さずに帰ってくるのは、十七席の働きじゃないっスよ」
「あれ、もしかして褒められてます?」
「もちろん」
「あはは、ありがとうございます。私は師に恵まれましたからね、当然です」
「ありゃ、もしかして褒められてます?」
「ははっ、もちろん」
冤罪事件が起きてから数ヶ月。それまで実験の手伝いや書類仕事が中心だった私の日常は、あの日を境にガラッと変わった。それまでひよ里さんが担当してくれていた、戦闘を伴う隊務のほとんどを任されるようになったのだ。……もし、私があの時『もっと強くなる』と誓ったのが理由だったのなら、この人は相当お人好しでお節介で、かなりの物好きだ。まぁ、私は元から頭脳派じゃなくて肉体派だから、ただの適材適所なのかもしれないけど。……思えば、こうして彼と面と向かって話をするのも随分久しぶりな気がした。
火種の燃える音は控えめでも、美しさに見惚れるには充分な輝きを持つ。その次々と異なる姿を見せる火花を目で追うのは、やはり辞められない。
……しかし、そうしてる間にあっという間に散ってしまうからこそ、その魅力は積み重なっていくんだろう。……もっと、ずっと見ていたい。もっと長く、輝いていてくれればいいのに、と。
「……もし、線香花火に花言葉があったら。どんな意味だと思いますか?」
「え、……線香花火の、花言葉?」
「はい。“花”って名前についてるんだから、別に花言葉があっても不思議じゃないよなーって思って」
「……うーん、」
「私はきっと――」
「ええ、アナタが先に答えるんスか」
「いや、私が聞いたから私が先に答えた方がいいかなって思って」
「まあ、別にいいですけど……で、どんな意味なんスか?」
「……『控えめな美しさ』とか『物足りない』とか? あとは……『ずっと忘れない』とか。どうですかね」
「……朝緋サンって意外とそういう粋なところもあるんスね」
「んだとコラ。少なくとも私は
生粋の科学者よりもよっぽどロマンを感じで生きてますけど!」
「わ、熱っ! ちょ、花火こっちに向けないで下さいよ! 火花飛んで、――熱いっ!」
「やっぱり浦原隊長にこんな話振るんじゃなかった! もういいですよ、私一人で考えときますぅ!」
「ボ、ボクは馬鹿にしたんじゃなくて、朝緋サンがボクよりも物事の捉え方が素敵だなって驚いただけっスよ!」
「へ、へぇぇん? ま、まあそんなの当たり前ですけどね!」
「(……ちょろいな……)」
「……で? じゃあ、浦原隊長は?」
「え? あー……」
「……」
「……気になります? ボクが考えた線香花火の花言葉」
「まあ。私だけ言って終わりはなんか不公平じゃないですか」
「……朝緋サンが自分で聞いてきたのに……」
「え? なに?」
「いえ。…………じゃあ、考えておきます」
「は?」
「線香花火の花言葉。“来年”までに考えおきます。だから……聞きたいなら、またその時にでも」
「…………」
「……朝緋サンも、他に思いついたら教えて下さいね」
弾けた火花が弱まっていく。力尽きたように、火玉が下へ落ちていく。それを数回繰り返しながら――――あと何度、こうして彼と夏を迎えることが出来るのかを、無意識に考えた。考えて――そこで数えるのを辞めた。
……この夏が終われば、私はこの世界で四度目の秋を迎える。
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