君の涙が忘れられない





「ずっと謝りたかったんです。あの時言ったこと、」
「?」
「……盗み聞きして、余計なこと言って、アナタのことを傷付けてしまった」
「……」
「……本当に、すいませんでした」
「……はは、やだなぁ。私は別に、あれぐらいで傷付いたりなんてしないよ」
「……」
「あなたが謝る必要はないよ」
「……」


「(……はぁ。ほんと、アナタはいっつも人の事ばっかりだ)」


 “あれぐらいで傷ついたりなんてしない”
 そんな見え透いた強がりでも、その根本にあるのが相手に負担を掛けたくないという彼女の優しさと知っているから。結局いつも何も言えなくなってしまう。


「……悪いですか?」
「え、」
「悩ましい恋してちゃ、悪いですか」


 ……開き直ってたくせに。怒ってたくせに。それで、ボクへの当てつけで強引に救援要請を引き受けたんでしょう。触れられたくないものに勝手に踏み込まれて嫌だったから。それなのに謝らせてもくれない。勝手に踏み込んで来た相手に、悪く思う必要はないと。ああそうだ。それが朝緋サンだ。打算でもなんでもないし、ましてや自己犠牲でもない。朝緋サンはそういう人なんだ。現に釈放された今でも、一度だって彼女は自分を陥れた相手を責めていない。……いつだって彼女は、人の事ばっかりだ。

 力強い眼差しで任務へと向かっていく、あの逞しい姿を。想いを力に変える斬魄刀で戦う、迷いのない堂々とした背中を。決して諦めずに修行と向き合っていたあの日々を、ハッキリと覚えている。芯が強くて、まっすぐで。苦しくてもしんどくても、諦めずに立ち上がって進み続ける彼女が眩しかった。『誰よりも格好いい女になる』という彼女の生き方が、男の自分ですら眩しく思うほどに格好良くて。……だからついつい、忘れそうになるんだ。


「……朝緋サン」
「……っ、」


 嗚咽を殺して静かに涙を流す彼女を見て、はたと気づく。
 そうだ。彼女だって本当は、好きな人に愛されたいと願う、そんな当たり前の恋心を持っている普通の女の子なんだ。戦場に立って毅然と戦うよりも、好きな人と一緒に暮らす穏やかな人生の方が似合う、普通の女の子なんだって。……逞しく生きる彼女を見すぎるあまり、それを忘れそうになる。

 彼女がずっとひた隠しにしているものは何なのか。一体何を一人で抱えているのか。どうして今、涙を流しているのか。何も分からない。知らない。聞いたって絶対に答えないだろうから、真実を追求することはもうとっくに諦めている。

 ——それでも、どんな秘密を隠していようとも、彼女は決してボクたちを傷付けるような人じゃないと信じている。それだけは、あの時からずっと変わらないから。


「……私、もっと強くなりたい、です。……いや、なります。強く、なります」
「……」 
「だから、見てて下さいよ、浦原隊長。もっと強くなって、絶対に、誰よりも強くて格好いい女になって見せますから」
「……ハハ。欲張りだなぁ、朝緋サンは」
「あはは。でも、浦原隊長ほどじゃないですよ」
「いやいや。ボクよりもよっぽど欲張りっスよ」
「えー、そうかなぁ」
「……でも、無茶は程々にして下さいね」
「?」
「アナタは、一人じゃないんだから」


 ——だから。頑固で意地っ張りで負けず嫌いで、ついでに欲張りなこの女が。こんな堪えきれなかった形でしか涙を流せないというのなら、せめて味方で居よう。師としてではなく、隊長としてでもなく。彼女の優しさを信じた一人の人として、この子の味方で居よう。それがきっと、彼女が敷いた境界を守って許されるギリギリの範囲だろうから。
 ……出来ればもう、こんな顔は見たくないけれど。


「あのね! 私、あの死神のお姉ちゃんのこと大好き!」
「朝緋サン?」
「うん! いっぱい遊んでくれて、一緒にたくさんお喋りして、すごい楽しかった!」
「はは。そりゃよかった」
「だからお兄ちゃんも、あのお姉ちゃんのこと好きでしょ?」
「!」
「約束! 絶対、泣かせちゃダメだよ! ちゃんとお兄ちゃんが守ってあげてね!」



(……指切りしたのに、結局守れなかったなぁ)



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