君の涙が忘れられない






 忘れたくない記憶なら、自分で覚えておけばいいのに。手離したくないとずるをした私への罰だったのかもしれない。


「……おや、」
「……?」
「——目覚めましたか、朝緋サン」
「…………? あれ、」


 ぱちり。意識が浮上したと同時に自然と閉じていた瞼を開く。するとそこには、天井の木目とこちらを覗き込むように見下ろしている彼の顔が映った。
 ……うん? なんだこれ、どういう状況?


「覚えてないんスか?」
「……ええと、ここは?」
「隊舎の救護室です。……アナタ、任務先で急に気を失ってここまで運び込まれて来たんですよ」
「………………あ〜……」
「……思い出しました?」
「はい。すんごい思い出しました」


 彼に経緯を教えてもらって、私の脳裏にはきちんと気を失った時の光景が鮮明に蘇ってきた。……そして同時に、とてつもなくこの場から逃げ出したい衝動に駆られて、思わず適当に浮かべた愛想笑いが引き攣った。や、やべ〜……どうしよう。気まずい。すんげー気まずい。


「……じゃ、何があったか説明してもらいましょうか」
「え、ええと、」
「一体どうしたら“怪我もしてないのに突然気を失って倒れる”んスか?」
「そ、それは、」
「どうやら随分霊力を消耗してたみたいじゃないっスか。今回の任務、相手は強敵でもなんでもなかったでしょうに」
「そ、そうなんですけど、」
「ああ、いいっスよ。ゆっくり落ち着いて話してもらって。ボク、今日はもう急いでやる仕事は残ってないので」
「(め、めちゃくちゃ怒ってるこの人ー!!)」


 一見すると穏やかな表情で声色も普段通りなのだが、目が全く笑っていないのである。その冷ややかな視線で軽く氷像でも作れてしまいそうだ。寒気を感じて思わず身震いしてしまった。……ま、まずい。かなりまずい。どうしよう。彼に怒られる理由に心当たりがありすぎて誤魔化し方が何も思い浮かばない。ぴ、ピンチ……!

(はぁ……あんまりこの話はしたくなかったんだけどなぁ)


「え、ええと。じ、実は……」
「はい」
「ざ、斬魄刀を……上手く使いこなせなくなった、と言いますか、」
「はい」
「と、とある技を習得したら、今までと使い方がガラッと変わってしまったと言いますか、」
「……ええ」
「……始解して技を繰り出すごとに、消耗する霊力が前に比べて増えたような、気がして、」
「……はい」
「今までと同じ戦い方すると、すごく霊力を消耗するようになってしまって、あの、」
「……それ、いつからなんスか」
「……さ、三ヶ月くらい前から……?」
「……その変化を自覚したまま、今まで何回も実戦任務に向かってたんですね」
「わ、技の種類と回数を調整すれば……へ、平気かなって……」
「……そうすれば大したことない。気をつけていれば戦える。——つまり、今回のこれはアナタがそうやって軽視して油断した結果ってことだ」
「うっ……!」
「はああぁぁ……」


 彼はそう言って今まで見た事ないぐらい深いため息をついた。がっくりと肩を落として、頭を抱えるようにして俯いて。ゆるゆると首を横に振る。


「う、浦原隊長——」
「馬鹿なんですかアナタは。霊力の使いすぎで気を失って倒れるなんて聞いた事ないですよ」
「……す、すみません……!」
「戦いで負傷して倒れるのは分かります。でもアナタのはただのエネルギー切れじゃないっスか」
「は、はい……! その通りです……!」
「戦うだけ戦って帰る力も残せないで倒れるなんて。一体どうしたらそんな間抜けな戦い方になるんですか? え? いつも完璧に任務をこなすアナタが倒れたって聞いて心配したこっちの身にもなって下さいよ、もう」
「ご、ごめんなさい……! あの、ご、ご覧の通り、身体は無傷です……」
「はあぁぁ……」


 そう、私が倒れた原因は『ただの霊力の使いすぎ』だ。なんとも情けなくて恥ずかしすぎるのだが、これにはきちんとした理由がある。
 ……以前、私の原作知識の忘却を防ぐため、翡芲ひばなと交わしたあの約束。翡芲ひばなの能力を使って原作知識を覚えておいてもらう、その代わりの対価が“これ”だった。簡単な話、翡芲ひばなの能力は常に発動中ということらしく、私も常に霊力を吸い取られることになった。当たり前っちゃ当たり前なんだけど、これが実はかなり厄介で。
 常に能力が発動していて霊力を吸い取られるので、戦わなくても普通に疲れる。始解して霊力を使えば、使うほどどんどん消耗していく。言い換えるならば、翡芲ひばなを使うコストがぐんと跳ね上がったのだ。……まぁ、これについては全て話すことは出来ないから、少しだけ誤魔化させてもらったけど。

 翡芲ひばなの扱いはただでさえ難しい。私の『想いの強さ』がそのまま『技の威力』に反映される。加減が難しいのは元からだったけれど、余計に霊力使うようになったせいで少しでも加減を間違えると馬鹿みたいに霊力を持っていかれてしまう。その結果がこれだ。上手く調節が出来なくて、どんどん霊力を消費して、気がついたら気を失って倒れていた。……魂魄にとって霊力は生命エネルギーと同義だから、霊力が底を尽きると意識を保つことすら出来なくなるらしい。人間で言うと、過労で気絶するみたいなものだと思う。
 でも、普通はどれだけ戦いで霊力を消耗したって、帰る余力すら残らないほど使い切るなんてありえない。戦闘で負傷して、その影響で倒れるならともかく。私は無傷だ。戦いに苦戦したかと言われたら多少の困難はあったけど、それでも、怪我もせずに霊力の使いすぎで倒れるなんて馬鹿げた話でしかない。任務には数名の部下が着いてきてくれたから良かったけど……ああ、後できちんとお礼伝えておかなくちゃ。


「……どうしてそうなる前に踏みとどまれなかったんですか」
「い、いやぁ……その……」
「ボクがアナタに散々教えたこと忘れたんスか?」
「……『勝つこと以上に負けないことを考えろ』」
「……はぁ。ちゃんと覚えてるじゃないっスか」
「あはははは。そりゃあもう、脊髄に叩き込まれてますから(滝汗)」
「……で? 分かってるはずなのにこうなった言い訳は何だって言うんスか」
「…………」
「…………まさか、『こんなことになるとは考えてもなかった』とか言わないっスよね」
「ぎ、ぎくっ……!」


 図星を突かれて思わず反射的にブンッと顔ごと逸らしてしまった。……窓辺には、そんな私を逃がさないとでも言いたげにじっとこちらを見つめる彼の顔が反射している。……なんなら、窓越しに目が合ってしまっている。


「……」
「……」
「……」
「……い、今まで、戦い方を調節すれば何とかなってたから……こ、今回ももう平気かなって……」
「……」
「……ま、まさか霊力を使い切って倒れるなんて、か、考えてもいませんでした……! 申し訳ございません……!」


 いたたまれなくなって、寝かされたベッドの上で正座をしてガバッと勢いよく頭を下げた。……たぶん、きっと、結果的に私の放った最後の斬撃で虚は倒せたし、それで任務が終わったから良かったものの。もし、虚の増援が来ていたり何か不足の事態が起きていたら、私は無事では済まなかったかもしれない。おそらく、この人はそういう事が言いたいんだろう。危機感が足りないとか、単略的だとか、そういうことだと思う。——まったくもってその通りだ。弁明の余地が何一つない。呆れられて当然だと思います、私も。


「……朝緋サン」
「……はい」


 しばらくそうして頭を下げたままでいると。——ぽん、と彼の暖かい手が肩に乗せられる。それに釣られるようにして顔を上げれば——これまた見たことがないぐらいニコニコとした笑顔を浮かべている彼が居て。


「——久しぶりにボクと稽古しましょっか!」
「……え、」
「鍛え直してあげますよ。博打が大好きなアナタの根性も、扱いにくくなった翡芲ひばなの使い方も。ボクが一から叩き直して、戦い方を教えてあげましょ。ね?」


 肩に置かれた彼の手は、絶対に逃がさないとものすごい力が込められていて。そんな仕草とは裏腹な彼の爽やかな笑顔に、身の危険を感じるのは十分だった。

 ……やっべ、私もしかして殺される?



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