後悔すると知っていた
「(……あれ、は)」
吹雪が弱まり、足元の雪もかなり減った頃。見通しの良くなった視界の先に、建物や人影がぼんやりと見えた。……どうやら無事に集落の入口まで到達出来たらしい。私に肩を支えられながら歩いていた男もそれに気がついたのか「あ、ああ……良かった……!」と、寒さではなく安堵から声を震わせていた。
とりあえずは、暖かい場所で彼らは体を休めた方がいいだろう。そう思い、住民に協力を願おうと人影の方をよく見ると……どうやらそれは流魂街の民ではなく死神だったようだ。四、五人程の死神たちがこちらの様子を確かめるように走ってくるのが見えた。
……うむ。なるほど。見知った霊圧はひとつも無いから、きっと遭難した彼らの仲間たちなんだろう。そんな考えを証明するように、肩を貸していた彼は今にも泣きそうな声で仲間の名前を呼び、先程とは打って変わって力強い足取りで駆けて行った。
仲間同士の再会に安心している様子を見ながら、私も早くこの背にいる彼を届けてあげねば、と前に進む。「大丈夫ですか。仲間のみなさんが迎えに来て下さいましたよ」と声をかけたのだが、やはり彼からの応答はない。……死んじゃいないのは背負ってる私が一番よく分かっているけど、この人は早めに四番隊へ搬送した方がいいだろう。まず先にその旨を伝えようと、人集りに向かって声をかけようと顔を上げた時。
「なっ——お、女!?」
「……し、失礼ですね。な、なんか問題でもあるんですか」
「ああいや、悪い悪い。まさかこんな気概のある人助けをしてくれる奴が女だとは思わなくてよ。……重かったろ、こっちで預かるからそいつ下ろしていいぞ」
見上げた先にいたのは、短い黒髪に鋭い目つきをした死神。……だが、そんな顔つきとは裏腹に、声色には温かみが含まれている。
——名を聞くまでもなかった。
「俺は十三番隊副隊長、志波海燕だ。遭難してたうちの部下をお前が助けてくれたんだってな、感謝するぜ」
「い、いえ、ぶ、無事に送り届けられて、よ、よよかったです……!」
「……とりあえず四番隊までこいつら連れていくからよ。お前も来い」
「い、いいいやいや! わた、わたたた私は、だい、大丈夫です!」
「あぁ? 何言ってんだお前、んな格好して歩いてきて大丈夫なわけねえだろ。遠慮すんなよ」
「ほ、ほほ本当に! わ、わたた私は平気ですから、お構いなく!!」
いや、どう見たって私が「大丈夫ではない」というのは私も自覚している。すんごい寒いし震えは止まらないし、手も足も全っ然感覚ないけど。でも、今は四番隊にまで行く余裕は——そんな時間は無いのだ。
(う、うおおおお! 早く帰らないとマユリさんに殺される……!)
(いや、殺された方がマシな仕打ちが待ってる気がする……!!)
「ちょ、何帰ろうとしてんだお前!」
「わ、わた、わたたたしは十二番隊の者、です! た、たまたま、し、しし仕事中に通りかかっただけなので、お、お気になさらず!」
「そうか、お前十二番隊か。まあ詳しい話は後で聞くからよ、ほら、行くぞ」
「は、はなな、離してください! だ、大丈夫、大丈夫ですからああ!!」
「あーもううるせえな! 歯ガタつかせたまま喋ってるくせに何が大丈夫だぁ!?」バシッ
——ガツン!!
「!」
「あ——」
……否。どうやら私は、自分で思うよりも限界だったらしい。
彼に腕を掴まれて逃げようともがいていると、勢いよく背中をバシッと叩かれる。だが、凍っている私の足ではその力に対して踏ん張ることが出来ず、大きくよろめいてそのまま家屋の壁に頭から激突。……私の意識はそこで途絶えてしまった。
「……やべ」
「し、志波副隊長!? 何してるんですか!?」
「……まあ、これで静かんなったし運びやすくなったろ。こいつも四番隊まで連れてってやってくれ」
「え、ええ。わ、分かりました」
「おう」
「……それから、十二番隊の隊長に連絡も入れてやってくれ」
***
私が生まれ育った地域では、雪は毎年降るわけではなかった。雨の合間に
暖かい家族だった。優しい家族だった。いつまでもずっと、家族の絆は続いていくものだと、それが当たり前だと思って生きていた。
……でも私は、そんな家族のことをあっさりと捨ててしまった。心から愛した男がいるこの世界で生きたいと、迷いもなく願えてしまう。……あんなに大切に育ててくれたのに。私は本当に、とんだ親不孝者だと思う。
だから。家族を——妹と弟を大切にしているこの人を前にすると、なんだかすごく自分が小さな人間のような気がして。
心に棘が刺さり、じんわりと麻痺していくような苦しさがあった。
「(……懐かしい夢、だったな)」
「……? お、目ぇ覚めたか」
微睡みからふわりと意識が浮かび上がり、目を覚ます。瞼をゆっくりと持ち上げれば、こちらの様子を伺うような目と視線がかち合った。
「……志波副隊長。……ここは……?」
「おう、なんだお前、気絶してた割には俺の名前ちゃんと覚えてんのな」
「き、気絶……」
「ここは四番隊の救護詰所だ。お前が見るからに寒さに身体やられてんのにグチグチ言うから、無理やり運んできたんだよ。……まあ気絶させるつもりはなかったんだけどよ」
「(そういえば最後に勢いよく叩かれたような気が……)」
「んで。どうだ? 調子は」
寝かされていたベッドから上半身を起こして、ピリリ、と痛みを感じた両手へ目を落とす。すると、両腕には手首から指先まできっちりと包帯が巻かれていた。……あれだけかじかんで感覚も無くなっていたんだから、凍傷くらいは起こしてるのかな。でもそれ以外、今はもう暖かい部屋で暖かい布団に包まれているし、特に身体の不調は感じなかった。
「ええ、私は特に問題ないですけど……あの二人は無事なんですか?」
「おう。一応入院は必要みてえだが、一週間もすりゃあ復帰出来るだろうってよ」
「そうですか、良かった……。……っていうか、それならどうして志波副隊長がこちらに?」
「そりゃお前に詳しい話聞くためだろうが。そっちは覚えてねえのかよ」
「あ……」
「……まあいいけどよ。……んで、俺はまだお前から名前を名乗って貰ってねえんだけど」
「え、あ、す、すいません。申し遅れました、十二番隊十七席、翡葉朝緋です」
「……なるほどな」
「え?」
「いや、猛吹雪ん中を男二人連れて帰ってこれるような豪胆な女は一体どんな奴なのかと思ってたんだけどよ。……お前あれだろ? 最近噂になってる十二番隊の死神だろ?」
「(またその話か…………)」
「んだよ、そんな嫌そうな顔して。霊術院を二年で卒業したって話、本当なのか?」
「……ええまあ、そうですね」
「はは! んなら俺と一緒だな!」
「へ、」
そう言って海燕さんは呆気にとられた私の手を無理やり握りしめ、まるで友好を示すかのようにブンブンと勢いよく振った。突然の行動に戸惑って呆然と眺めていた私は、握られた右手に走る鋭い痛みにハッとする。ちょ、こ、この包帯見えてないの? い、痛いんですけど……!!
「俺も霊術院を二年で出たんだよ。当時は天才だのなんだのと色々言われてたが、後から俺よりももっとヤベー奴が出てきたみたいで、俺の噂なんざすぐに消えたけどな」
「(……あれ。海燕ってそうだったんだっけ)」
「だからまあ、気にすんな。人の噂も七十五日っつーだろ? 堂々としてりゃあいいんだよ」
「え、あ、ああ……はい……」
「おっと、話が逸れちまったな。……んで、お前はなんで『白銀の牢獄』にいたんだ?」
「なんでって……そりゃあ仕事だからです——っ、ああああ!!!!」
「!?」
その瞬間。果てしなく大切な事を思い出してガバッと勢いよく布団を投げ捨てた。
「や、やばいやばいやばい!!」
「な、なんだよ急に大声出して」
「今何時ですか!? 私がここに運ばれてからどれくらい時間経ってます!?」
「ああ? そりゃ正確には分かんねえけど、まだ半刻くらいしか経ってねえんじゃねえか?」
「す、すいません!! 私どうしても今すぐに隊舎に戻らないと行けないのでこれで失礼します!!」
「はあ? 戻るってたってお前、その怪我した足でどうやって帰るんだよ」
「へっ——」
「無茶すんなよ、迎えは頼んであるんだからよ。……そうだな、もうすぐ来る頃じゃねえか?」
「は、む、迎えなんて要りませんよ! 私は今すぐあれを隊舎まで届けないと——」
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