あなたの声で聴かせて
「——これはもしもの話なんですけど、」
十二番隊隊主室。大小様々な実験装置が所狭しと並んだ室内。その中央に置かれた大きな机には、いくつか書類の山が出来ている。けれど、机上は散らかっているわけではなく、書類の山以外は綺麗に片づけられていた。整頓された机の中央には、今まさに彼が目を通している『私が一人で研究、開発した』ものの資料と、隣にはガラスケースが置かれている。
——ぱさり。片手に持っていた資料をから顔を上げた彼は「……なんスか?」と、気の抜けた相槌を打った。
「『霊力』以外にもこの世界に干渉出来る力があったとしたら、どうします?」
「…………それは同等の力を持たない存在でも感知出来るんスか?」
「うわー、すごい現実的な質問返しが来た」
「だって前提条件が分からないのにどうするか聞かれても答えようがないじゃないっスか」
「あー、はいはい。……んー、そうですね。力そのものは感じられなくても、“それが作用したもの”であれば見えるし聞こえるし、触れられる。……って感じでどうですか」
「……なるほど。その力を受け取れるものを創れるのであれば、そこから逆探知して力そのものを感知出来る方法をまずは探りますかね」
「……実に科学者らしい現実的な回答ありがとうございます」
「……欲しかった答えじゃない、って顔に書いてありますけど」
「あはは。まあ、正直に言えば予想通り期待外れですね」
「えー、ヒドいなぁ……。——で? 急にどうしたんスか、そんな突拍子もないことを」
「……いやね、偶然見つけて読んだんですよ。そういう『今まで存在を知られていなかった力』によって滅亡しかけた世界を救う、勇気ある英雄の物語を。面白そうでしょう?」
「それが作り話じゃなくて実話だったら面白そうっスね」
「……さりげなくえげつないこと言いますね」
「まあ、『今まで存在を知られていなかった力』という発想自体は面白いと思いますよ。そんな可能性が現実にあり得るなら実に興味深い話っスね」
「……」
「……朝緋サン?」
「——『想いが動かす力』 ……作中では、それが力の正体でした」
「……」
「……もう分るでしょう? どうして私がその物語に興味を持ったのか。——どうして“それ”を創ったのか」
ハッと目を丸める彼とは対照的に、私はニッコリと笑みを浮かべたままゆっくりと一歩、机に近づいた。
「……まあ、そんなに深い理由は無いんですけどね。ただ、いいなと思ったんです。——
「……それがこの“花”っスか?」
「はい。……と言っても、翡芲の『想いを力として具現化する』というのはあくまで斬魄刀としての能力なので、それを再現することは流石に出来ませんでしたけど」
「……?」
「その花は『周囲の心を映して纏う色を変える花』なんです。喜びや悲しみ、希望や絶望といった感情によって生じる“周囲の微細な霊圧変化を色で表す”んですよ」
「……ええ、確かにこの資料にもそう書いてますね。……でも、それは翡芲の能力とほぼ同質と言えるんじゃないっスか?」
「いえ。確かに似てるけど、根本的なところが全然違いますね」
「……?」
「この斬魄刀が力として具現化する“想い”というのは、感情ではなくて『斬る』や『防ぐ』と言った意志だけなんです。……むしろ、感情は足を引っ張るだけで必要ないんですよ」
「……(……そうだったのか。それは知らなかったな)」
「だからまあ、翡芲に似たものを創りたいと思ったって、さすがに意志を具現化するなんて——……」
思わず言葉を止めて、ハッと息を呑む。
「……っ、」
「……? 朝緋サン?」
(自らの周囲に在るものの心を取り込み具現化する——)
(……いや、単なる偶然だ。
(…………でも、そうか。もう“在る”んだよな)
「……なんで今まで気が付かなかったんだろう」
「? 何がっスか?」
「……ああいえ。洗濯したまま干すの忘れてきちゃったなって」
「いやいや絶対ウソでしょ。いまこの世の終わりみたいな顔してましたけど」
「そりゃ洗濯物干し忘れたらこの世の終わりみたいな顔になるでしょ」
「……(そうかな……)」
「すいません、話逸れちゃいましたね。続けてもいいですか?」
「……ええ、どうぞ」
「まあつまり……
「……もしかして、この装置を“花”の形を模して作ったのは翡芲が由来してるからっスか? ……芲って確か花の異体字でしたよね」
「あはは、よくご存じですね。そんなこといつの間に調べたんですか?」
「逆に聞きたいんスけど、隊長のボクが隊士の斬魄刀について把握していないと思ってるんスか?」
「…………」
「……ま、ボクは色んな論文とか文献を読むので、旧字や異体字はある程度頭に入ってて調べたわけじゃあないっスけどね」
「…………私は調べるまで知りませんでしたよ」
「……それで、どうなんスか? ボクの予想、当たってます?」
「……はい。お恥ずかしいですけどその通りです。……まさかそんなすぐに看破されるとは」
本当のことを言うと装置のデザインが全く思いつかなかったから、ただ
彼はそう言って満足そうに笑うと、机上のガラスケースからその花を取り出す。そして、打って変わって真剣な眼差しで、私が作り出した花の観察を始めた。……全てを見抜かんとするその目つきにどうにもいたたまれなさを感じて、白衣をぎゅっと握る。
「……でも、乙なものでしょう? 感情に応じて纏う色を変える花、なんて」
「……そうっスね。『周囲の微細な霊圧変化を表す装置』なのに、波形や数値を算出する表示がないのは斬新な設計ですけど……“新しいものを創る”のに実用性なんて二の次でいいですからね」
「それは褒めてるのかダメ出ししてるのかどっちなんですか」
「もちろん、褒めてるに決まってるじゃないっスか!」
「(嘘くせー……)」
「——でも、おかしいんスよねぇ。さっきから何度もアナタが提出してくれた資料を読んでるんスけど、肝心の『何色がどの感情に対応しているのか』が書いてないですし、それどころか装置の名称すらどこにも見当たらないんスよ」
「……」
「何か意図でもあるんスか?」
「……その花は『周囲の心を映して纏う色を変える花』なんです」
「ええ。それは知ってますよ」
「——だから、その花は喜びの象徴にも、悲しみの象徴にもなる。……つまりは“何色にもなれる”し“何にでもなれる”花ということ」
「!」
「……だから、そうですね。名をつけるのであれば、さしずめ『名も無き花』とでも呼んで下さい」
「…………なるほど。何にでもなれるが故に、“名も無き花”……っスか」
「はい。……それから、その『名も無き花』が何色に染まるかどうかは、研究室にでも飾って浦原隊長が十二番隊のみんなと一緒に確かめてください」
「——!」
「『アナタにひとりで研究とか開発してほしい』って私に言ったのは浦原隊長なんですから。その研究結果を確かめて開発品を評価するのは、あなたの仕事でしょう?」
「……はは、まさかそう来るとは思わなかったな」
本当に予想外だったんだろう。彼は呆気に取られた様子で椅子にもたれかかって、手元にある『名も無き花』をしばらく見つめたまま口を閉ざした。一輪の花を模した名も無き花の茎をそっと指先で摘まんで、時折くるくると回しながら何かを考え込んでいる。——その表情は、さっきの観察していた時の真剣な眼差しというよりは、何かに思いを馳せているような感慨深いもので。……一体、実用性の欠片もないその花に、何をそこまで思うことがあるんだろう。そう不思議に思いながら「安心してください。色が変わるって言ったって、せいぜい七色かそこらしかありませんから」と言えば、彼は「おや。そこは教えてくれるんスね」と目線は花に向けたまま答えた。
「え。あ、いや、どうでしょう。実は十二色かもしれないし、三十六色かもしれない」
「なんスかそれ。色鉛筆じゃないんだから」
「……」
「七色っていうと、虹色でも想定してたんスか? はは、アナタらしい」
「………………」
「あれ、でもそうすると虹色に“白”は存在しないから……今のこの状態は感情に反応した色ではなくて、基本の色ってところっスかね?」
「……どうしてそんなに何でもかんでも見ただけで分かるんですか。ええ? ずけずけと言い当てられるこっちの気持ちも考えてくださいよ」
「ヤダなァ、そんな怖い顔しないで下さいよ。試しに今、この場でアナタの感情に反応して色が変わるのかどうか試してみただけじゃないっスか!」
「………………」
「……ま、どうやらこの花は、そんなに簡単に色は変わらないみたいっスけど」
「……そりゃそうですよ。一個人の些細な感情の変化でも反応してたらキリがないじゃないですか」
「ふむ。確かにそれもそうっスね」
——人の心を見抜く鋭さはあれど、どこか「他人の感情を置いてけぼりにしてしまう」この人に。十二番隊のみんながどんな想いを抱いて過ごしているのか。……それを、ほんの少しでもいいから受け取ってくれたらいいな、と思った。実験が上手くいった時の喜び、思い通りにならない時の不安。新しい理論を思いついた時の希望や、任務から帰ってきた人たちを出迎える時の安堵。目には見えないけれど確かに存在する仲間の“想い”を——あと数年で消えてしまう彼には忘れて欲しくない。『名も無き花』が映し出す感情は決して明るいものだけじゃないけど、それも含めて『浦原喜助が作った十二番隊』だから。後年、彼がこの時代を振り返った時に心へ宿る想いが、“崩玉”を生み出したことへの責任を感じるものだけではなく、少しでも暖かさがあって欲しい。……後付けだけど、今はまだ無垢に輝いている名も無き花を見て、そんな願いを抱いた。
「……おっと、んじゃあ私はそろそろこの辺で。予定があるので失礼します」
「おや、何するんスか?」
「いやぁ、まあ、ちょっとお隣の十三番隊まで。……浮竹隊長と志波副隊長が、どうしてもこの前のお礼をしたいから、ってお茶に誘われてて」
「……ああ、『白銀の牢獄』で起きた遭難救助のやつっスか」
「はい。気にしなくていいってずっと言ってるんですけどねー、全然聞いてくれなくて」
「はは、まあ二人とも義理堅いっスもんね。これも何かの縁だと思って楽しんできたらいいんじゃないっスか?」
「隊長格相手のお茶をどう楽しめと……?」
「大丈夫っスよ、朝緋サンなら。……そんな事よりほら、行かなくていいんスか?」
「え、あ、はい。じゃあまた。終わったらすぐ帰ってきます」
「ええ。あの二人によろしくお伝え下さい」
「はい。……では、失礼します」
***
——パタン
「……」
きちんと一礼をしてから立ち去る真面目な彼女の背中を見送って、再び手元へと視線を戻す。
(……この花の形……どう見ても朝緋サンが白銀の牢獄で摘んで来た花と同じだよなぁ)
(……きっと雪の中でも咲いてるのが逞しかったからとかで気に入ってるんでしょうけど…………あの人、これの花言葉知ってるんスかね)
(…………いや、知らないんだろうなぁ)
「……なぁんか、花言葉を気にしてるボクのほうがよっぽどロマンチストじゃないっスか?」
……はは、らしくもない。花言葉なんて科学的根拠のないもの、知っていたところで研究の役に立つ訳でもないのに。きっとこんなことを考えるようになったのも朝緋サンのせいなんだろう。ああそうだ、そうに違いない。非科学的なものを基本的には信じないボクたちの前で、彼女はいつもロマンばかりを謳うから。いつの間にか、つい、そういう思考が頭を過ぎるようになってしまっただけだ。
「花を貰って嬉しくない女の子なんていませんよ。それがましてや、好きな人や大切にしている人が相手なら、尚更」
「――辺り一面の花畑の中で、花と一緒に愛も贈られる。……最高に素敵じゃないですか。私はそういうベタで王道なの、結構好きですけどね」
「……もし、線香花火に花言葉があったら。どんな意味だと思いますか?」
「……『控えめな美しさ』とか『物足りない』とか? あとは……『ずっと忘れない』とか。どうですかね」
……どれも、今までは取るに足らないと思っていたことだ。日常会話なんて、相手を把握するための情報収集に過ぎない。彼女に関してはもう、人となりを把握するには十分過ぎるほど会話を重ねてきたのに。……それなのにどうして、その取るに足らないはずの言葉が記憶に残り続けているんだろう。……どうして、瞳を閉じればこうも簡単に瞼の奥に浮かぶのだろう。他人の幸せを願い花冠を作りながら、自分は幸せになれないと諦めたような顔で、捨てきれない憧れを口にしたあの表情も。儚く散りゆく火花に照らされながら、美しさを言葉に残そうとするあの横顔も。——今まで取るに足らなかったはずのものが、彼女を通して語られると全く別のもの見えるのは、どうしてなのだろう。
「——だから、その花は喜びの象徴にも、悲しみの象徴にもなる。……つまりは“何色にもなれる”し“何にでもなれる”花ということ」
彼女に見えている世界は、一体どんな色に輝いているのだろう。片手で『名も無き花』を眺めながら、ふとそんなことを考えた。
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