彼女は雨上がりの空が好きだった


 
「ええ天気やなぁ」
「そうですね」


 真子さんの呟きに、ふと足を止めた。顔を上げれば、どこまでも高く、どこまでも青く澄みわたる空が広がっている。塀に囲まれた技局と違って、遮るもののないとても広い空は、なんだか懐かしく感じた。例えるなら――都会のビルの隙間から覗くようなものじゃなくて、幼い頃、公園で遊んでいたあの時に見上げた空のような……そんな懐かしさ。

 
「真子さん。晴れと雨ならどっちが好きですか?」
「んー、まあせやなぁ。晴れとる方がええかな」
「そう言うと思ってました」
「んじゃ、朝緋チャンはどっちなん?」
「私は雨も嫌いじゃないですよ」
「ほーん?」
「雨は、永遠に交わることのない空と大地を繋ぐもの。……なんですって」
「……」


 私がそう言えば、彼は仰ぎ見ていた空から私へと視線を移して立ち止まった。きっと驚いた顔をしているのだろうけど、視線が交わることはない。私は彼に構わずそのまま歩き続けた。


「……まぁ、最近読んだ本の受け売りなんですけどね。素敵だな、と思って。この言葉を知ってから、雨も悪くないなって思えるようになりました」


 最近読んだ本――だなんて、我ながら情けない嘘の付き方だ。あの言葉は、この世界で紡がれたもの。ここで読んだ本に載っていた言葉なんかじゃない。

 私はあの詩が好きだった。初めて目にした時、今まで培ってきた価値観に衝撃を受けたのを覚えている。――そう、まるで天の川みたいだなと思ったのだ。織姫と彦星、引き離されてしまった二人を繋ぐ天の川。二度と交わらぬ天と大地を繋ぐ雨も、また、似ている。

(……それなら私は、何を繋ぎ留めようとしてるんだろう)


「……朝緋チャンがそない幻想的なこと言うと思わんかったわ」
「はは、ひどいですね。真子さん、私のこと鉄の人形か何かだと思ってます?」
「いーや?……ちゃんとそないな顔出来る子なんやなって思っただけや」
「……はい?」


 聞き返しても彼はそれ以上何も言わず、ただ先を歩き出した。……今度は私が置いていかれる番だ。

 そんな顔って、どんな顔なんですか――と。問い詰めても答える気はないだろうその歩みに、私も黙って着いていく。秋めいた風のざわめきが、枯葉を散らしながら私達の間をそっと撫でていった。


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