信じると誓って、誓ったのなら信じて





「ひよ里サーン、そこに置いてある道具片しといてもらっていいっスか?」
「嫌や」
「あとコッチに置いてある資料もついでに——」
「嫌や言うてるやろ!!!!」ドスッ
「痛い!!」

 ——ドタドタッ
 ——バタン!!

「…………相変わらずやなァ、お前ら二人は」
「……いやぁ、これでもまだマシになった方で——ってあれ、平子サン?」
「おう、邪魔してんでー」
「? どうしたんスか?」
「んー、まぁ落し物を届けに来たついでに、ちょっとな」
「……?」
「——にしても、技術開発局ココはいつ来てもややこしいのォ。外から見たら馬鹿デカいのに、中は迷路みたいにごちゃごちゃしとってすぐ迷子んなりそうやわ」
「あはは……スイマセン。まだ施設の建設途中なんで通れない通路もあるんスけど、完成したら今よりは分かりやすくなるハズなんで……」
「なんや、まだデカなんのか? ……そら、ようさん金が必要になるわけやなァ」


 ——どこか含みのある言い方をした彼は、隊首室の壁に背を預けたまま、ニィと口角を釣り上げた。
 ……どうやらこれは、ただの世間話ではないのかもしれない。なんとなくそう感じた。


「……正式に予算は回して頂いてるんスけどねぇ。ボクが思っていたよりも皆サン真面目にお仕事してくれてるから、研究費用が足りなくなっちゃって資金確保が大変なんスよ」
「ほんまにそれだけか? お前が上手いこと経費ちょろまかしてんとちゃうん」
「心外っスねぇ、まるでボクが横領でもしてるみたいな言い方じゃないっスか。そんなことで、ボクを送り出してくれた隠密機動仲間達と再会するなんて御免被りたいっスね」
「ハ、いっぺんお縄についたら余罪が出まくって一生出てこられへんくなりそうやもんな、お前」
「ヒドいなぁ……ボク、これでも真面目に隊長やってるつもりなんスけど……。——でも、どうして平子サンがこの話を?」


 のらりくらりと、互いに確信を得ない言葉を重ねながら。平行線になりそうな会話の主導権を自分が握れるように、あえて核心を突く。……けれど、彼はそんなことは他愛もないと、事も無げにその問に答えた。


「お宅の“四席”が俺にペラペラ喋っとったからな。別に横領はまだバレてへんで」
「…………ああ、なるほど」


 傍目はために見ればなんてことの無い問答。しかし、その取ってつけたような揶揄いの奥にある僅かな心の機微は、まるで“本音はここにある”と言わんばかりに明け透けで。——そう簡単に主導権は握らせない。言外にそう言われているようにも感じられた。


「お前は裏でコソコソすんのが得意なところの出身やもんな、流石やわ」
「だから横領はしてませんってば。健全な資金繰りで困ってるんスよォ、ボクは」
「——……しゃーから、先に隊長やってるこの俺が、新しい組織作って健気に頑張っとる隊長のお前に、ツテを紹介したろかな〜思てお節介焼きに来たんや」
「……へえ。それはありがたい話っスね」


 そのあからさまな物言いに直感する。……ああ、これは長話になりそうだ、と。
 早々に見切りをつけ、書きかけの書類からは完全に手を離して筆を置く。——伏せた瞼の裏に浮かぶのは、たった一人。

 ……お節介。果たしてそれは一体、どこまでを指して言っているのだろう。向けられた三白眼の奥に静かな冷たさを感じながら、対面する椅子へ腰掛けた男に向かって「……でも、それはお節介じゃなくてただの“取引”じゃないっスか?」と観念したように問いかければ「アホ。それも含めてお節介や言うてんねん」と、彼は肩を竦めて答えた。


「……で? 何か知りたいことでもあるんスか?」


 ——だったら。無意味に互いの腹を探り合うよりも、さっさと話を終わらせる方が良いだろう。資金援助の当てを紹介するなんて、人脈豊富な彼からしたらノーリスクみたいなもののはずだ。……それをわざわざ、“隊長同士”という立場を使って恩を売りに来たということは——その狙いはきっと、ボクをこの取引から逃がすつもりはない、ということ。

 ——つまりはもう、先手を打たれてしまったというわけで。
 ……はぁ、仕方ない。どうせこの問答は、ある一人を縁取って進められているのだ。それに関して根掘り葉掘り聞かれる前に、自分から矢面に立って答える方が腹の底まで探られずに済むだろう。そう判断して、“取引”に応じるように、こちらから核心を突く問いを投げかけた。


「んなもん決まっとるやろ」
「……ですから、何を聞きにきたんスか?」
「——朝緋のことどうやって説得したんや、喜助」
「……説得?」
「十七席から四席に昇格させたんやろ。そん時の話や」
「……」
「いくら隊長命令とはいえ、アイツが素直に四席に選ばれたんを受け入れるとは思えへん。どないして説得したんや、って聞いてんねん」


 ……ああ、やっぱりな。どうせそんな事だろうとは思っていた。


「……何故それを平子サンが気にするんです?」
「なんや。俺がアイツの心配したらあかんのか」
「いえ。そうは言ってないっスけど」
「ほな別にええやんけ。お節介や言うとるやろ」
「……」
「昼間にうたんや。えらい忙しそうにしとったから声掛けたら、知らん間に四席になったとか言うてくるからビックリしたんやで、俺」
「……まあこの時期の人事異動なんて、どこの隊でもある話ですからね。平子サンが聞き漏らしてただけじゃないっスか?」
「おう。それはそうやろな。しゃーから確認しに来てんやんか」


 ふい、と視線を目の前の男から窓の外へ移す。——向こうの窓辺に飾られたあの花は、美しい純白のまま。まるで沈黙でも貫いているようなその色をしばらく見つめてから……少し前の会話を思い出すように瞼を落とす。


「……まぁ、確かにあの時の朝緋サンにはものすごく抵抗されましたよ。冗談じゃない、寝言は寝て言え、とか言われちゃって」
「なんやアイツ、とうとう喜助にまで言うようになったんか」
「はは、ホント、この一年で随分盾突くようになっちゃって参りましたよ」
「ほーん。……てっきりアイツが口悪いんは俺だけやと思っとったわ」
「……平子サンのは……ただ単純にあえて嫌味を言われてるだけじゃないっスか……?」
「ハァ!? ほな、俺とお前の何がちゃうねん!!」
「うーん、日頃の行い……?」
「なんでやねん! たまにしか会ってへん俺がアイツに何したって言うんや!!」
「いやァ、それはボクも知らないっスけど。……朝緋サン、仕事でも中々五番隊には行きたがらないっスもん。てっきり平子サンが何かしたんじゃないかと思ってたんスけど……違うんスか?」
「ちゃうわボケ! 誓って俺は、アイツにはなんもしとらん! ……はずや、多分」
「言いながらちょっと自信無くなってるじゃないっスか」
「やっぱアレか……? この前飯食いに行った時、朝緋が食うてたおでんにめっちゃカラシつけたんまだ根に持ってるんか……?」
「(それは朝緋サンじゃなくても嫌われるでしょう……)」


 彼女と食事を共にしたことは年中行事の時ぐらいしかないが、不思議とその時の情景が目の前に浮かんでくる。……甘いものが好きなら、やはり辛いものは苦手だったりするんだろうか。思い切り顔を顰める彼女が容易に想像出来て、同情せざるを得ない。不憫な彼女を思って心の中で苦笑いをした。


「って、別に俺の話はええねん」
「……」
「ほんで? なんて言うて説得したん?」


 ——が、それも束の間。あくまでも本題はこちらだとでも言うように、彼は最初の問いをもう一度投げかけてくる。……どうしてそこまでして聞き出したいのだろう。そこだけが唯一、見抜けない。
 正直、あまり口にはしたくない話だった。だが先手を打たれてしまっている以上、逃げる訳にもいかない。諦めてひとつ息を吐き、それでも極力こちらの本心が悟られないようにと、近くに広げてあった資料を手に取った。内容は既に頭に入っているものだったが、それとなく目を通しながら淡々と言葉を口にする。


「……説得は、出来てないと思います」
「は?」
「——彼女は命令に従ったんじゃなくて、ボクのお願いを聞いてくれただけですから。……そうすれば断れないと分かっていて、あの子の優しさを利用したんです。……それを、説得出来たとは言わないでしょう?」
「……」
「……それでも、最後は承諾して下さいましたよ。きっと今も忙しなく働いてくれてるんじゃないっスかね」


 その言葉を最後に室内には静寂が訪れる。
 ——その静けさが、あの日この部屋で起きた出来事を鮮明に思い起こした。


「……だからこれはボクのワガママなんスけど、」
「……」
「——……アナタの成長を、見届けさせてくれませんか」
「……っ、仕方ないなあ、」


 (……ああ、そうだ)

 彼女はただ、ボクのお願いを聞いてくれただけ。納得なんて最初からしちゃいない。
 それでも、彼女は真面目で責任感が強いから。納得出来ない自分を誤魔化しながらでも、日々の業務に勤しんでくれている。……それぐらい、昇格を命じたボクだってよく分かっていた。


「……」
「……」


 ——ちらり、と口を閉ざしたままの彼を盗み見る。
 彼が聞きたかったであろう、“朝緋サンが自分を誤魔化していた理由”は、きっと理解出来たはずだ。これでもう『取引』は成立しているだろう。……あとは、彼から伝手つてを紹介してもらうのを待つだけ。

 視線を手元へ戻して、既に目を通した資料の二枚目を捲る。——頭の中では、これからの資金繰りについてなんかよりも、彼が何故ここまでするのかばかりを考えていた。



 ***



 ——やがて、次の資料に移ろうかと手を伸ばした時。長く続いた沈黙を破ったのは、彼の大きなため息だった。
 深く息を吐きだすようにして身を乗り出し、自身の膝の上に頬杖をつく。……前髪から覗く三白眼はとても真剣な眼差しでこちらを捉えていた。


「……俺は、」
「……?」
「——俺はてっきり、喜助が朝緋に実績を作らせたんは、前みたいな冤罪事件にはもう巻き込まれたりせえへんようにする為やと思っとった」
「……!」
「十二番隊の戦力を補う必要があるとか、都合のええ建前はあったんやろうけど。せやけど俺は、それが一番のお前の目的なんやと思っとった」


 ぶわりと舞い込んだ春風が、手元の資料をひらりと宙へ攫っていった。
 空っぽになった手のひらを呆然と見つめながら、彼の放った言葉の真意を考える。

 ——随分と、余計な事を気にするんだな、と思った。


「……違うか?」
「……いいえ。さすが平子サンっスねぇ、仰る通りっスよ」
「……」


 否定はしなかった。……する気にならなかった。
 ただ、逃げ場のない『取引』はまだ終わっていないのだと悟り、静かに目を閉じる。


「……朝緋サンの成長が誰かの妬みの対象になるなんて、予想してなかったんスよ」
「……まァそら、俺も同じやけど」
「ですが……その原因はおそらく、朝緋サンがボクの推薦で霊術院へ入学したことが広まってしまったから。結果的に朝緋サンは“ボクに贔屓されている”ことになってしまったんス」
「……」
「もっと徹底して隠しておくべきだった。……そこだけは失敗だったと思ってます」
「……せやから、朝緋自身の実力を広めるためにわざと目立つようなことさせたっちゅうわけか? ……ただの罪滅ぼしやんけ」
「ええ。……ボクには彼女をこちら側へ引き入れた責任がありますから」
「……責任、なぁ」
「……」
「……お前、どうせこの話は朝緋には言わんかったんやろ?」
「当たり前じゃないっスか。言う必要ないでしょう」
「……アイツ、もしかして『十二番隊から抜けたい』とかなんとか、言わんかったか」
「……」
「——は、そんな事だろうと思ったわ」


 彼はまるで全てを察したかのように、ボクをじっと見つめている。

 ……でも、違う。
 それだけが、彼女を四席に置いた理由じゃない。

 (……話せば絶対に、あの子を傷付ける)

 ——どうして彼はそこまで彼女の反応に察しが付くのか。どうして、お節介と称してここまで首を突っ込んでくるのか。それはこの際どうでもよかった。ただ、関係のないこの男にはそこまで踏み込まれる義理はない。少しでもこちらの機微を見抜かれないように、いぶかしむ男に向かってあえてあっけらかんと「昇格するぐらいなら十二番隊から移動したい。その方が都合がいいでしょって本気で言われちゃいましてね」「いやァ、さすがに朝緋サンからそこまで言われるとは思ってなくて、ボクも焦りましたよ」と、ケラケラ笑って語りかける。……これはボクと朝緋サンの問題だと。言外に、そう伝えるように。


「朝緋サンが移動するとなったら引く手数多でしょうしねぇ。いやはや、危うく彼女の噂を広めたことが仇になるところでしたよ」
「……」
「最近、隣の十三番隊のヒト達と親しくなったみたいで。時々、浮竹隊長や志波副隊長に誘われてお茶に行っては、高級銘菓を両手に抱えて帰ってくるんスよ」
「……」
「おかげでお茶請けの質が上がったままで、もう元の質素なものには戻れない! とか言って、予算をそっちに使おうとするから困ってるんス。しまいにはボクの給金から払えとか言ってくるし。ヒドいでしょう?」
「……」
「四席になって給金はかなり上がっただろうし、それで好きなだけ甘味とかお菓子を買って、満足してくれたらいいんスけどねぇ」
「……」
「……まあきっと、自分だけが美味しいもの食べるようなヒトじゃないから。自分のお金で買っても、結局色んな人に配ったりして、自分ではそんなに食べないんでしょうけど」
「……せやな。俺にはそこが分からへんねん」
「はい? ……ああ、朝緋サンがいつも他人の優先ばっかりするって——」
「なんで朝緋を四席したん?」
「……、はい?」
「お前の話聞いとる限り、もう二度と朝緋が変な妬みを買わへんように、コネやないって実力を証明したかったんやろ? ——なら別に、それを今まで通り続けとったらよかったやん」
「……」
「アイツが四席に相応しくないとか、そういう意味ちゃうで」
「……ええ、分かってますよ」
「……ほなら別に、今やなくても良かったんちゃうか? 十七席のままやっても、いくらでも経験は積ませられたし、実績だって伸ばせたはずや」
「……」


 あくまでも“隊長”として。
 彼は、後輩であるボクへ部下の扱いについて尋ねている。
 ——しかし、それこそがお節介の正体なのだと、気がついた時にはもう遅かった。


「……なのに、そうせえへんかったっちゅうことは……他に理由があるんやろ」
「……」
「アイツの移動願いを断って、“今”十二番隊の四席に置きたかった——置かなきゃいけなかった理由が」
「……」
「……なぁ、喜助」
「……はい」
「——お前がそうまでして、アイツを縛る理由はなんや」
「……縛るだなんて。そんなつもりはないっスよ、」
「そないに怖い顔して言われたかて信じられるかアホ」
「……そんな顔してます?」
「おう。せやから、とぼけたって無駄やで」
「……」


 ——お前、もしかして、まだ朝緋のこと疑ってるんちゃうやろな。

 隠し切れない怒気を孕んだその声に、全身の熱が引いて指先まで冷えていく。
 ……窓越しに見えたあの花が、暗い色へと変わった。


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