信じると誓って、誓ったのなら信じて






「(……あーー、ねっむ、)」


 深夜の研究室。今日は珍しく誰も残業してなくて、室内には私しか残っていない。部屋の明かりは半分消えていて、パッと見はだいぶ薄気味悪い。
 しかし、そんなのは関係ない。慣れない貴族との取引に、新たに任された研究チームの作業進捗を確認して。溜まった報告書を片付ける頃にはもう、終業時間なんかとっくに過ぎていた。いやまぁ誰も守っちゃいないけど。けれど、翡芲ひばなに霊力を吸われ続けている私の体力はもう限界で。むしろ底をついていて。

 ——誰もいないのを良いことに、普段は滅多に座らない二人掛けのソファーに大胆にも寝転がる。お世辞にも寝心地が良いとは言えないが、体を横に出来るだけマシだ。読み終わらない報告書へ永遠と目を通しながら、睡魔と戦い続ける。


「…………」


 ——資金援助を募って、各所のお偉方や貴族様たちと懇談して。……私は改めて、技術開発局という新しい組織への風当たりの強さを目の当たりにしてしまった。この目と耳で嫌というほど痛感した。彼が、手柄を欲していた理由をやっと本当の意味で理解出来たと思う。
 ……あの人はずっと、こんな風当たりの強さを受けながら、局長として色んなものを背負っていたんだ。この期に及んでそんなことをやっと思い知った私は、当然と言えば当然なのだけど、自分の無力に打ちひしがれていた。


「(……あー、ちくしょう、)」
「……こんなところで、ねてる場合じゃない」


 頑張れ私。負けるな私。
 眠いからなんだってんだ。それでも動かなきゃいけないなんて、今まで当たり前だったじゃないか。
 あの人が頑張ってるんだから。こんなところで甘える訳には——……


「……随分とお疲れみたいっスねぇ」
「!」
「……大丈夫っスか? 朝緋サン」
「……浦原、隊長……」


 視界の端。部屋の明かりを遮るような影が、私の顔に落ちてくる。
 いつも通り、なんの気配も霊圧も感じられないまま。ソファーへ寝転がっている私を覗き込むようにして、彼はそこに現れた。

 (……あれ。そういえば前にもこんな事があったような……)


「……大丈夫ですよ。今ちょうど、起き上がろうとしてたところで」
「……何か、食べますか」
「え、」
「——糖分補給は大事でしょ?」


 そう言って彼は、起き上がってソファーに座り直した私へ、何かを差し出してくる。
 ——その大きな手のひらには、懐かしい飴玉と、小さな紙の包み。……たぶん、どら焼きの包みが乗せられていた。

 (……そんなに頼りなく見えたかな)


「……お気遣いありがとうございます。でも、今は大丈夫です」
「……!」
「いつまでも甘える訳にはいきませんから」


 はっきり告げて、かっこつけて笑って、立ち上がった。彼はすごく呆気にとられたような、何かを言いたそうな顔をしていたけれど。それを無視して背筋を伸ばし、シャンと立つ。……彼を支える部下の私が、彼の前でへこたれてどうするんだ。

 私があまりにも疲れていたから気を使ってくれたのかもしれない。が、なんだか良い意味で目が覚めた気がする。眠気なんてもうあっという間にどこへやらだ。このままちゃちゃっと終わらせてしまおう。


「……資金援助の件なんですけど、」
「……っえ、ああ、はい」
「(なんだ……?)……今回は全敗でした。すみません、お役に立てなくて」
「ああ……いや、いいんスよ。中々相手にしてもらえないだろうというのはボクも分かってますから」
「ええ。ですから、引き続き私に任せて貰えませんか」
「え、」
「いや〜、なんかあの人たち、単純に技術開発局が何してるか分かってないというか。価値を感じてないというか。遠回しにすごく馬鹿にされてムカついちゃって」
「……」
「ああ! いや、喧嘩したとかじゃないですよ。全然、違いますからね。私が個人的に腹を立ててるだけで、揉めたり言い争ったりは、」
「っ、はは、……くっ、ふはは……!」
「だ、ちょ、わ、笑わなくても……!!」
「……ふふ、く、はは……!」
「あーもー……だから、何も起きてないですって。さすがに身の程弁えてますよ私だって」
「——『技術開発局の価値を認めさせられなかったのが悔しかった』」
「!」
「『だから私が、絶対に見返して認めさせてやる』……でしょ?」
「だ、う、い、いや…………は、はい……そうです……」
「…………ええ。やっぱりアナタは、そういうヒトですよね」
「? なんて?」
「いえ。……うちの四席は逞しいなぁ、と思って」
「またそうやって……私のことなんだと思ってるんですか、もう」


 逞しいって。
 なんだその、大型犬に吠える小型犬みたいな例え方。全然嬉しくないんですけど。


「……はぁ。まあ、そういうわけなんで。任務の日程調整、よろしくお願いしますね」


 そう言って呆れて席に着こうとする私の手を。

 ——突然、ぱしっと彼が掴む。


「!」


 驚いて振り返ると、そこにはとても穏やなか表情を浮かべた彼がいて。驚いたまま固まる私に構うことなく、彼は掴んだ私の左手に、小さくて丸い何かを握らせた。

 ——そして。力強く、優しく、それでいて胸が締め付けられるような声で。たった一言、こう言ったのだ。


「頼りにしてますよ、朝緋サン」
「……!」


 ——パタン、と。彼が立ち去って、研究室の扉が閉まる。窓辺に飾られた『名も無き花』は、ただ呆然と立ち尽くす私を、変わらず美しい純白を保ちながら見守っていた。

 ……左手の中身を見ることは、いつまで経っても出来なかった。


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