永遠の夜を泳ぐ




 純粋に嬉しいと思った。妥当だとも思った。彼は何者でもなかった私を、ゼロから死神へ育てた人だから。いわば私は、彼にとって都合のいい手駒とでも呼べるんじゃないだろうか。私と彼の間に結ばれているものは、絆と呼ぶには脆く、ただの契約的な主従と呼ぶには重すぎる。事実として、多事多端たじたたんの中で余暇を作り出して私を鍛えてくれたのだから。そうなれば、私の実力へ期待して頼るのは妥当だなと——本人の口から聞いて、すんなりと腑に落ちた。

 ……だから。もっと頑張ろう、と素直にそう思えた。もっと強くなって、もっと働いて、彼の理想とするものを実現出来るように頑張りたいと思った。十二番隊四席という大きな椅子に、本来この世界に存在しない私が座ることはどうしたって苦しいし避けたい。出来ることなら、許されるなら。上手いこと都合よく、その椅子を誰かに譲れないかなと今でも思っている。その気持ちは消えない。
 ……だけど、もう、あまり時間は残されていないから。たとえあの言葉に深い意味など無く、ただの部下に向けた励ましだったのだとしても。——ただ純粋に、私に出来る事があるのなら何でもしてあげたいと思った。彼の護りたいものを護るため、そして彼の命を護るため。もっと、頑張りたいと思った。


“——頼りにしてますよ、朝緋サン”

「……」


 ——だから、ごめんね。
 私はどうしても、


 (……あなたを裏切る選択だけは、変えられない)




 ***



「君ってば本当に懲りないね。何回来ても答えは同じだって言わなかった?」
「ええ、ですからその答えを覆せる自信があるからこうして足繁く通っているんじゃありませんか」
「悪いけど本当に興味無いから。迷惑だし帰ってくれる?」
「……そうですか、分かりました」


 「じゃあまた来ますね」と気さくに笑って挨拶をすれば、うんざりした顔でピシャリと門を閉められてしまった。

 ——瀞霊廷、貴族街。
 資金援助を募るべく金持ちの家に交渉を持ちかけて回るも、文字通り門前払いされて終わってしまい。それがもう何か月も続いていた。……未だに資金援助を快諾してくれる家は無く、いくら負けず嫌いで頑固の私でもさすがにこの手応えのなさには落ち込んでしまう。
 ……私ってこういう、交渉とか取引とか本当に向いてないんだよなぁ〜と、かつて馬車馬のように働かされた会社での部署遍歴を思い出す。……営業に回されたことはあったけど、即刻元いた部署に戻されたっけな。はは、たった数年前なのに随分と懐かしく感じちゃうや。


「……綺麗、」


 ——ふと夕焼けを見上げる。そこには真っ赤な夕陽に照らされた雲が幾つも浮かんでいて、青空と夕焼けの混じり合うコントラストがとても美しい。……こうして空を見上げる余裕があるだけまだマシか、なんて考えが自然と浮かんできて。……この空も、仕事に明け暮れる日々も。何もあの頃と変わらないな、と思った。


「(……はぁ、)」
「……なんじゃ、そんな辛気臭い顔しおって。お主には似合わんぞ」
「!」


 突如、聞き覚えのある声が掛かり驚いて目線を移す。——そこには、腰に手を当てて怪訝な顔でこちらを見ている夜一さんの姿があった。


「よ、夜一さん……! ど、どうしたんですかこんなところで、」
「『こんなところ』とは失礼なやつじゃな。儂の屋敷は貴族街ここにあるんじゃぞ?」
「えっ、あっ……、そ、そっか。す、すみません」
「はっはっは! まぁそう畏まらずとも良い。……して、お主の方こそこんなところでどうしたんじゃ?」
「え、ええと……まぁ、その。かくかくしかじかで……」
「……ふむ。そうか、喜助の奴に無理やり来させられとるんじゃな?」
「……ま、まぁ仕事で来ているというのは合ってますけど……」
「……?」
「(な、なんて言えばいいんだ……! ていうか話してもいいことなのか……?)」
「——まぁ、その顔色を見るに上手くはいっとらんようじゃな」
「あ、あはは……」


 ……私はそんなに酷い顔をしていたんだろうか。夜一さんは訝しむように顎に指を添えて、うーむ、と首を捻って何かを思案し始めた。——だが、この貴族街では特に、四楓院家当主はかなり目立つ。道すがら通り過ぎていく人々からチラチラと好奇心の目を向けられており、居心地が悪くてたまらない。……用がないなら、こんなところ一刻も早く出て帰りたいんだけどなぁ。

 夜一さんは私になにか伝えたいことでもあるんだろうか。そう思って地面に落としていた視線をすっと前へ向ければ。ニカッと笑った夜一さんとばっちり目が合った。

 (な、なんか嫌な予感が……!)


「——よし。決めたぞ」
「は、はい?」
「朝緋、儂の屋敷で夕餉を食べてゆけ! 遠慮はいらん!」
「…………へっ!?」
「よし、そうと決まれば行くぞ。四楓院家の屋敷はこっちじゃ」グイッ
「だっ、ちょ、いや……! …………ああもう、なんでいつもこうなるんだ……」


 私の右手は夜一さんの右手によってがっちり掴まれていて、逃げ出すなんて到底無理だった。いや、仮にこの腕を振りほどいたところで、この人から逃げられるわけないんだけど、ないんだけども…………。

 (……いや、まぁ、ポジティブに考えれば大貴族の食事が食べれるなんて一生に一度あるかないかだろうし、)
 (……まぁ、いっか……)


 ——……いい、のか……?



 ***



「(で、……でっっっっか!!)」


 どれくらい歩いたか分からない。それぐらい、ずっと景色が変わらなくて。……だが、今までずっと見えていた塀は全て四楓院家の屋敷だったらしい。これまた戦車でも通るんじゃないかというぐらい大きな門構えに到着し、自動ドアなんてものは無いはずなのに、夜一さんが近づくだけですんなりと重たい扉が開いていく。……そして一度外縁を抜ければ、眼前に広がるのはここだけで一つの隊舎なんじゃないかと思うぐらい広い屋敷。豪華絢爛で煌びやかな外装、という訳では無いが……建物の構造ひとつひとつに高級感が伺える。敷地内に生えている植物ですら、全てが丁寧に手入れをされているように見えた。

 (今まで見てきた貴族屋敷とは格が違いすぎるな……)


「——お帰りなさいませ、夜一様。……そちらの方は?」
「うむ。此奴は喜助の部下じゃ、一緒に夕餉を食べようと思うての。そう構えずとも良い」
「……えっ、あ、えと、お、お邪魔します……!」


 夜一さんを出迎えに来た従者の方々へ慌ててガバッと頭を下げる。すると「お主もじゃ! そこまで気にせんで良い!」と豪快に背中を叩かれて危うく顔面から転びそうになる。……いや、気にするなと言われましても……こ、こんな、まるでドラマのように整列して控えている従者の方々を見せられて普通にする方が無理じゃない……!?
 ——と、内心で葛藤して苦悩する私の姿を夜一さんに笑われながら歩いていると、あれよあれよという間に座敷へ通されて。これだけでいくらするんだ……? と思わず心配になるくらいふかふかの座布団の上に腰を下ろし、だだっ広い座敷で、上座に堂々と腰を下ろした夜一さんと二人きりで配膳を待つ。

 ……て、テーブルマナーとかきちんと勉強しておくべきだったか……!? いや、というかそれ以前にこの時代の正しい作法なんて何にも知らないかもしれない! くそ、こっちに来てから一度くらいは作法を学んでおくべきだった……! め、めちゃくちゃ不安なんですけど……!

 最初に手をつけるのは汁物からだったっけ……などと考えているうちに、「お主は考えてることが顔に出ていて分かりやすいの」と夜一さんが困ったように笑いながらこちらを見ていて。「え、……そ、そうですかね……」「隠し事はわりと得意な方なんですけど……夜一さんが鋭すぎるだけじゃないですか?」なんて思ったことをそのまま口にすれば「そういう事ではない」と、また笑われてしまった。


「感情が無意識に外へ出やすい、と言うておるんじゃ。……お主では隠密機動には向かんじゃろうなぁ」
「え、えええ……!? 十二番隊抜けたら二番隊に入りたいなって思ってたのに……!」
「……なんじゃ、隠密機動に興味があるのか?」
「はい! なんか、すごくカッコ良さそうなので憧れてます、実は」
「ほ〜う? それは残念じゃな、その話を知っておったら彼奴よりも先に儂がお主を鍛えてやったのに」
「え〜〜〜、それって今からじゃもう遅いんですか?」
「……お主みたいな元気すぎる奴は最初から叩いておかぬと隠密行動には不向きじゃからの〜」
「……手遅れって言われてる気がするんですが」
「うむ。つまりそういうことじゃな!」
「(ショック……!!)」


 実際に死神になってみると、隠密機動のすごさをとてもよく実感した。感情を抑え、冷静に命令へ従い、迅速に的確に任務をこなす。情報伝達や諜報活動、罪人の捕縛。尸魂界は隠密機動によって支えられていると言っても過言では無い。……ほら、めちゃくちゃかっこよくない? 周囲では隠密機動のことを影でコソコソしてる卑怯者だと言う人もいるけれど(ひよ里さんとか)私は、あんまりそうは思わない。憧れの対象だった。

 (……だから、総司令官のこの人は本当に格が違う死神のはず、なんだけど……)


「……? どうしたんじゃ、そんなにじっと見つめおって。儂の顔に何かついとるか?」
「……いえ、その……」
「……」
「……」
「……なんじゃ、はっきり言わぬか」
「…………夜一さんは、二番隊の隊長で隠密機動の総司令官で、四楓院家の当主でもあって。……大変だなぁとか、つらいと感じる事とかないのかな、と思って」
「……」
「ああ! いや、その、苦労してないんだろうなとか、そんな風に見えてるとかじゃなくて。い、いつも快活で素敵な笑顔がお似合いなので……背負ってるものは大きいはずなのに、すごいなぁと思って……」
「っふ、お主は随分儂のことを好いてくれとるようじゃのぉ」
「だっ……や、えっと、……は、はい。そうです……」
「…………気になるか?」
「……気を悪くさせてしまっていたらすみません、」
「良い、気にするな。……大方、それを知りたがるお主の気持ちもなんとなくは察しがつくからの」
「……」


 夜一さんはそう言って、ずずっと湯呑みに口をつける。その動作はとても上品とは呼べない豪快な手つきで、雑に湯呑みを戻してから「そういえば、」と彼女は呟いた。そして、まるで取ってつけたように「まだ祝いの言葉を伝えておらんかったな」と前置きをして「お主が四席に昇進したことは喜助からも聞いておる。めでたい事じゃ、よう頑張ったのう」と得意げに笑った。


「いやはや本当に……異例の昇進で自分でもまだ驚いてるんですけど、」
「……前の四席は殉職したわけでもないのじゃろう? 元から空いておった椅子に座っただけじゃと思うておればよいではないか」


 夜一さんがあっけらかんと言い切って、座椅子の肘置きに頬杖をついた所で。廊下から控えめな呼び声が届き、数名の使用人たちが食事の配膳の為に座敷へと出入りする。その様子を目で追いながら、自然と背筋がスッと伸びた。

 使用人さんは無駄のない動作で漆塗りの盆を運び、テキパキと配膳を進めていく。そうして目の前に置かれた『四楓院家の夕餉』は——まるで高級旅館の懐石料理そのもので。朧気になりつつある向こうで過ごした記憶の中を探っても、こんなご馳走にありつけたことは片手で数える程しかない。……控えめに言って、見ただけでお腹いっぱいになってしまうような、庶民には味の良さなど分からなそうな料理ばかりだった。いや、褒めてます、褒めてますからね。


「(……す、すげ〜……こっちに来てから見たことないような食材ばっかりだ……)」


 ——運ばれてくる品々に一々感嘆しながら見ていれば、あっという間に配膳が終わり。使用人さん達が座敷から捌けた所で、よし、と心の中で小さく意気込む。夜一さんの方を確認するようにチラリと目線を送れば、意図を察したのか頷いてくれて。……普段よりも数倍全身に意識を集中させながら、粗相をしないようにと両手を合わせて「いただきます」と箸を取った。


「……そんなに肩に力を入れたまま飯を食うても、味なんぞろくに分からんじゃろうに」
「(もぐもぐ……ごっくん)……いえ、あの、そんなことはないです。と、とても繊細な、奥深い味がします」
「ほれ、分かっとらんではないか。なんじゃ、その味は。もっと具体的に言うてみ? のう?」
「え、ええと……しょ、食材そのものの味を最大限に活かした味付けといいますか、」
「ハァ。まったく、お主は客として儂が招いておるのじゃから、態度なぞ気にせんで良いと言うておるのに」
「(こ、これでも一応最低限レベルの配慮にして砕けてるつもりなんですけど……!?)」


 「まぁ、馬鹿正直なお主に言うても仕方ないのかのう」と若干冷めたような呆れた目で見られつつ、いやあなたの方こそご自分の立場をお分かりで……!? というツッコミは……上品すぎる焼き魚と何かの和え物と一緒に飲み込んだ。


「…………して、儂が家督や責任を背負ってどう感じておるか、という話じゃったな」
「(もぐもぐ……ごっくん)……へ、あ、はい。そうですね」
「うむ。別に何とも思うておらぬな」
「……え、」
「——儂が当主の座に着くのも、総司令官となり二番隊の隊長となるのも。どれも当然のことじゃ。気苦労が無いと言えば嘘になるが、気負いする事なぞ何も無い」
「…………」
「まぁ、儂が生まれた時にはある程度決まっておった事じゃからのう〜。最初から覚悟をして生きておらねば、儂だって面倒な責任の押し付け合いなんぞ放り出しておる」
「…………」
「——お主ももう分かっておるのじゃろ? 自分が背負ったものの大きさに」
「…………そう、ですね」
「うむ。それで十分じゃ。もっと自信を持って堂々としておれ! お主にはそれがまったく足りとらん!」
「う……は、はい……」
「自信を持っておる女というのは、それだけで魅力的じゃぞ?」


 ——そう言って艶やかな笑みを浮かべる彼女は確かに、私の目には誰よりも強くて美しい魅力的な女性として映っている。それはきっと、彼女の内側から溢れ出している、このとても眩しくてキラキラと輝いた、私には到底手が届かないと感じさせるモノがそうさせているのだろう。——圧倒的な格の違いを、今、嫌というほど痛感していた。


「(…………かっこいいな、)」


 ……彼女が私を勇気づけてくれているのはもちろん分かっている。それでも、たとえ何度人生をやり直したって埋めようもない隔絶されたモノの前に、私の中の何かがスゥっと冷えていく感覚がした。





「——まぁ、魅力的すぎて目立つというのも、良いことばかりではないんじゃったな」
「……?」


 ——食後。結局最後まで味がよくわからぬまま、夕餉を完食してお箸を置いたところで。ふと思い出したように、夜一さんはぽつりと呟いた。……目線はどこでもない場所に留められていて、今までとは少し変わった神妙な面持ちを浮かべている。……急にどうしたんだろうか。


「…………」
「……夜一さん?」
「……」
「……」
「……お主、あの冤罪事件についてどこまで知っておる?」
「——え、」
「……」


 まるで何かを見極めようとしているような黄金色の瞳が、こちらを真っ直ぐ射抜く。暖かみを含んだ問いかけとは裏腹に、その表情は至って真剣そのものだった。

 ——どうして急に、あの時の話なんか。
 突然、蓋をしていた思い出したくない記憶をこじ開けられて戸惑った私は、彼女の問いかけの真意などはろくに考えられず。ただ「……事件の真相と、冤罪を証明するために画策して下さった方々がいる、というのは聞いてます」と素直に答えることしか出来なかった。……そうして私の答えを聞いた夜一さんは、ますますその表情を険しくさせる。——それがより一層、私の不安を強く掻き立てた。


「……すまんな、朝緋」
「え、?」
「……あの事件の犯人、……いや、お主が助けようとしておったあの二人なんじゃが……。——少し前に、牢獄内で何者かに殺されておった」
「——!!」
「罪人の監理、刑の執行を担う責任者として。……被害者である朝緋には、儂から謝罪と共に伝えるべきであると思うてな。……すまんかった」
「…………いえ、……べつに、夜一さんが謝ることじゃ…………」
「……彼奴らを殺した犯人はまだ見つかってはおらん。——じゃが、検討はついておる」
「……」
「……余計な心配かもせぬのじゃが……気をつけろよ、朝緋。おそらく犯人はこの“貴族街”のどこかに潜んでおる」
「……!」


 心臓が、嫌な鳴り方をしている。
 ——ただただ呆然と、彼女の話を聞くことしか出来なかった。


「……少し長くなるが、構わんか?」
「……はい。……聞かせて下さい」
「うむ。…………彼奴ら二人が十番隊の席官であったのは、覚えておるな?」
「はい。具体的な席次までは把握してませんが、名前も覚えています」
「……お主も知っての通り、十番隊には今、隊長がおらぬ。……隊内を誰が取り仕切るか、あわよくば次の隊長の座も狙って、実は覇権争いが起きておるんじゃ」
「……」
「彼奴ら二人が自らの手柄を欲していたのも、元を辿ればそこに関連しておってな。……だが、護廷十三隊を取り仕切ろうと考えるのは、何も隊内の隊士だけではない。——と言えば、想像はつくじゃろう?」
「…………裏で、自分らが隊を操るために彼ら二人の出世に手を貸していた貴族が居た、という事ですか」
「うむ。……実際、あの任務で手柄を取らせるため彼奴らに特殊霊具を横流ししておった証拠も出ておるしな」
「……」
「……じゃが、貴族という生き物は己の保身が最優先と決まっておってのう。彼奴ら二人が失敗したと分かるや否や、手を貸しておった貴族共は瞬時に潔く身を引いて、金と権力で事件関与していた事実ごと揉み消しおった」
「……!」
「……だから、見限られた彼奴ら二人はきちんと実刑を受けて投獄されておったのじゃが……」
「…………殺されてしまった、んですね、」
「ああ。……隠密機動総司令官としても、お主の友としても、許し難い出来事じゃ」
「…………浦原隊長は、この事は、」
「無論、喜助にも即座に伝えておる。……お主には、話さないじゃろうと思っておったが」
「……ええ。いま初めて知りました」
「……だが、問題は“何故殺されたのか”が未だに分かっておらぬ事じゃ。牢に入り込んで罪人を殺すなぞ、簡単に出来ることでは無い。それは儂が一番よく知っておる」
「…………そう、ですよね」
「……相当の手練の犯行と見て良いじゃろう。恐らくは、彼奴ら二人に手を貸しておった下級貴族程度が雇える暗殺部隊などではない。……別の勢力によって“火消し”をされたと考えるのが今のところは妥当じゃな」
「…………」
「……生憎と魅力的な女というのは、常に誰かに狙われておるものじゃ。お主なら睥睨へいげいひとつでどうにか出来るやもしれんが……貴族街ここに用があるのなら、しばらくは警戒しておいて損はせんじゃろ」
「……こ、こんな場所で白昼堂々襲われることってあるんですか」
「まぁ、無いとは言いきれぬな」
「(そ、そんな危ない場所だって知ってたら迂闊に何度も足を運んだりしなかったのに……!)」
「……まぁ、安心せい。お主がまた厄介事に巻き込まれるようであれば、次は儂も黙ってはおらぬからな」
「……し、四楓院家に味方についていただけるのはありがたいですが、そ、それはそれで敵が増えたり——」
「ん? 何か言うたか?」
「え、や、い、いや? な、何も。夜一さんが味方になってくれてありがたいなぁって……!」
「うむ、そうであろう? お主が望むのであれば、貴族街ここにおるうちは屋敷から護衛を出してやってもよいぞ!」
「そ、それは息が詰まるのでさすがに遠慮させてもらいます……!」


 「これこれ。うっかり本音が漏れておるぞ」と夜一さんはニヤニヤ笑う。慌てて「す、すいません。つい、」と平謝りをすれば「じゃから隠密行動には向かぬと最初に言ったであろう?」と更に卑しく笑われてしまい、返す言葉が無くなる。……そうして私を揶揄う夜一さんにはもう、総司令官としての顔付きはどこにも残っていなかった。

 ——意地悪くおもちゃわたしで遊ぶ、無邪気で憎めないひと。……ここまで聞かされて、今更夕餉に誘われた理由が察せない私でもない。……でも、改めてお礼を伝えることをこの人が望んでいないのも、それが俗に言う『野暮』だと言うことも分かっている。
 だから、心の中で精一杯のありがとうを。いつかこの優しさを返せたらいいなと。ただそう願い、ケラケラと楽しそうに私を揶揄う彼女の笑顔見ながら私も笑顔を作った。

 (……しっかりしなくちゃ、)


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