宇宙の向こう側に行こうよ
割り切り方なんて分からない。そもそも割り切るとはなんなのだろう。
——自分のせいで誰かが死んだ。直接的な原因を担っている訳ではないにしろ、私が関わっていたのは紛れもない事実で。……それを、気にしないように思考の外へ追いやる事が必要な事だなんて、少なくとも今の私にはそうは思えない。
「(……っ、)」
あの日からもう幾年と時が経った。それでもこうして——己の刃で彼らの手足を斬った感覚が、悪夢となって私を苛む。
……これでもう何度目だろう。はあっ、と詰まった息を吐き出して布団から飛び起きた。
「……もしかして、っ、……結構恨まれてたりすんのかな、」
「…………そりゃあ、いきなり命を奪われたら……怨念のひとつやふたつ、残って当然か」
荒れた呼吸を整えながら——汗で張り付いた髪や衣服が空気へ触れて徐々に冷えていく。
……けれど、別に心までもが冷えていくわけじゃなかった。もう何度、こうして息苦しい朝を迎えたか分からない。でもその度に私は、自分の身に降りかかるこの現象を。悪夢となって現れるほど、彼らの事を少しも忘れられないことを、“それでいい”と受け入れて来た。割り切る必要なんてない、思い出す度こうして傷付けばいい。……それがきっと、この
私の背には確かに、どっと重苦しいものが圧し掛かっている。彼らの死に関してだけじゃない。……藍染のことも、そして滅却師のことも。完全に思考から切り離して生きていくことは出来ていない。
——だけど。それでも私は、頑張ると決めたから。
負けたくない、と想いを糧にして進んで来たから。
「……うん。今日もいい朝だ」
窓を開け、清々しい冷えた空気が室内へ流れ込んでくる。
——すぐ傍の棚に飾られた写真立てには、今日も変わらず
***
「……あれ? ニコちゃん?」
「あっ……! お、おはようございます、朝緋さん!」
とある日の朝。今日は午前中に外へ出る用もなく、比較的ゆったりとした朝だった。いつもよりちょっと手の込んだ朝ごはんを作って、余った分は曲げわっぱのお弁当に詰めちゃったりなんかして。いつもは最低限の化粧も、少しだけ工程を増やしてみたり。滅多に使わない貰い物の椿油なんかつけて、身だしなみを丁寧に整えて。——夢のことは頭の中に入れたまま、今日はちょっといい女の気分で家を出て来た。鏡に映った自分を見て、いつもこれだけ余裕があればいいんだけどなぁなんて苦笑いして、穏やかな朝を過ごしていた。
——だから、ほんの気まぐれだった。隊舎の中庭に植えられた植物たちの手入れをしようと思った。おそらく、私以外の誰かが定期的に手入れしてくれているのだろう。雑草は適度に抜かれていて、植物たちは枯れることなく生き生きとしている。……そこには、かつて私が白銀の牢獄から持ち帰ったあの花も植えられている。他の大小様々な植物たちに紛れるように、ひっそりと。
今はまだ蕾もなく葉が伸びているだけの状態だけど。また冬になれば綺麗な花を咲かせてくれるだろう。そう願って、丹精込めて水やりをしていた——ちょうどその時だった。
「……それ。ラッパスイセンですよね」
「ん? ああ、そうだよ。よく分かったね、花も咲いてないのに」
「珍しい植物だなと思って、以前調べたことがあって……」
「……あ、そっか。ニコちゃんって植物の研究が好きなんだっけ」
背後から近づいてくる見知った霊圧に顔を上げれば、そこには丸眼鏡がチャームポイントである部下の姿。分厚い書物を抱えたニコちゃんが、元気よく挨拶を返してくれる。
“ラッパスイセン”
——それが、私が白銀の牢獄から持ち込んだ花の名前だった。
「昔ね、北流魂街の果ての果てに行ったことがあって」
「……?」
「真冬でただでさえ寒いのに、もう吹雪がすごくってさ。一面雪深い豪雪地帯だったんだけど……そこで咲いてるこれを見つけたの」
「……なるほど、だから
「そう。私が気に入ったから持って帰って来ちゃった」
へへ、と苦笑いを浮かべる。……いくら『名も無き花』の制作に役立ちそうだったからとはいえ、本来あるべき場所で生きていた花を勝手に持ち帰ったことを、植物研究に勤しむ彼女に伝えるのはどことなく後ろめたい。
けれど、そんな私の杞憂を他所に、彼女はふんわりと暖かい微笑みでラッパスイセンを見つめて「……でも、朝緋さんがこれを持ち帰ってきたの。なんとなく分かる気がします」と呟いた。
「……? どうして?」
「だって、この花の花言葉は——」
「おーい! 『お悩み受付係』〜!!」
その時だった。ニコちゃんの言葉を遮るような大きくて生きのいい、元気な声が聞こえてくる。……声の主など、振り返る間でもなかった。
「……だから。なんなんですかそのあだ名は。最近色んな人から呼ばれるんですけど、それどこの誰が言い出したんです?」
「なんやオマエ、瀞霊廷通信読んでへんのか」
「……瀞霊廷通信?」
満面の笑みを浮かべ、わざとらしく聞き慣れないあだ名を大きな声で呼んだ本人は、私の反応を見るなり怪訝そうな表情で廊下からこちらを見下ろす。
「この前ウチに九番隊が取材来とったやろ。それがもう先月の瀞霊廷通信に載ってんで」
「……ああ、そういえば……そんな話を聞いたような聞いてないような……」
「朝緋さんはあの日、任務ですぐに出立されてましたよ……!」
「あ、そうだったの? そりゃどうりで記憶にないわけだ」
「……なんや。てっきり取材が嫌とかで逃げたんかと思うとったわ」
「でも、それがなんの関係が? ま、まさか……」
あれはそう、たしか数か月前の事。九番隊の瀞霊廷通信編集部が、満を持して技術開発局の特集を組むからと取材に来ていた。そんな日が、確かにあった。……忙しさにかまけてそんなことすっかり忘れていたけれど、そういえば出来上がった記事を少しも読んじゃいない。——もしかして、まさか。脳裏を過る嫌な予感に冷や汗をかいていると、ニコちゃんが「朝緋さん。よ、よかったらこれ……」とおずおずと何かを差し出してきた。
「おお。そんなん持ち歩いとるなんてさすが
「あ、姉にはよく感想を要求されるので……持ち歩くのが当たり前になってしまって……」
「——……いやいや。ちょっと待って下さいよ。なんですかこれは」
ニコちゃんから受け取った瀞霊廷通信の表紙を開く。——そこには見開きいっぱいに『新設されたあの組織の謎に迫る! 〜特集!技術開発局!〜』と大きく書かれたページ。普段の研究室の様子や、実験の解説、技術開発局で発明されたものの紹介などが事細かに書かれていた。……その次、片面1ページには顔写真付きでインタビュー記事のような、紹介文が掲載されていて。浦原隊長、ひよ里さん、マユリさん。——そしてなぜか、私の紹介分までもがそこには載せられていたのだった。
『十二番隊第四席、兼 技術開発局資材調達管理部長。翡葉朝緋さん。瀞霊廷内外問わず、時には危険な任務もこなしながら、技術開発局の運営に必要不可欠な資材を調達、管理をしている縁の下の力持ち。彼女の存在なくして技術開発局は立ち回らないと、非常に多くの局員から支持されている模様。その役割の性質から彼女は瀞霊廷中を日々駆け巡っており、訪れた先で出会う多くの死神達の困りごとを技術開発局へと持ち帰って解決してきた。時にはその場で工具を取り出し依頼品の修理をこなしてしまうなど、彼女の活躍はまさに技術開発局の象徴とも呼べる。現に我々編集部に写真の撮影と印刷の技術をもたらしてくれたのも、この翡葉四席である。——しかし、彼女はその行動力故か、必要な報告や相談をすっ飛ばしてしまう癖があるそうで、一部の局員達からは皮肉も込めて“尸魂界のなんでもお悩み受付係”と呼ばれているらしい』
「…………」
「ええやん。妙に上手いことばっか書かれとるんが腹立つけど」
「…………」
「うわ! よォ見たら朝緋だけ取材の日におらんかったから顔写真載せられてないやん! おもろ!!」
「……いらん。激しくいらん、顔写真なんて。……てか、こういうのって普通、本人に掲載許可の確認とか回ってくるもんじゃないんですか? そもそも本人不在だったのに何が取材記事なんだ。訴えるぞコラ」
「事前に通達があったのにお前がさっさとどっか行ってまうのが悪いやろ」
「…………」
「しゃーから“お悩み受付係”とか言われるんやで」
「だああ〜〜〜もう! 大袈裟だよ、買い被りすぎだよ! なんだこの記事は!! ……ていうか誰だよ、尸魂界のなんでもお悩み受付係とか呼び始めたヤツ!」
「別にそれに関してはなんも間違うてへんやろ。オマエが好き勝手仕事してきた結果やんけ」
「そ、それは……っ! …………そう、なんですけど…………」
「……(一応好き勝手してる自覚はあるんだ、朝緋さん……)」
「……あ、そや。ほんで、お悩み受付係の朝緋に頼みたいことがある言うて、研究室で呼ばれとったで」
「頼みたいこと?」
「なんやったかな。実験装置が壊れてしもたとかなんとか、騒いでた気ィするわ」
「……それならひよ里さんが直してくれればいいじゃないですか。なんでわざわざ私が……」
「嫌や。ウチ、修理とかめんどいから嫌いやねん。オマエがやり」
「え、ええ……? とても研究室長とは思えない発言……」
「なんや。いつも好き勝手やっとるクセに文句あるんか、ああ?」
「い、いえ、別に何も。……でも、今まだやることあるんで後ででもいいですか?」
「あっ、そ、それなら私が……! 水やり代わります!」
「え、いいの? ごめんねニコちゃん、ありがとう」
「いえいえ……! 気にしないで下さい……!」
「いやいや。自分が始めた作業を人に任せちゃうのは気が引けるよ。……あとで、私の引き出しに入ってる高級最中食べていいからね」
「ずる! ウチにも寄越し!」
「嫌ですよ。私の貴重なへそくりおやつなんですから」
——そう言って慌ただしく立ち去っていく上席の背中を、水のたっぷり入った
***
「……あ! お疲れ様です、浦原隊長!」
「お疲れっス、久南サン」
「……朝緋さん、ですか?」
「あはは……ええ、ちょっと話したいことがあったんスけど……中々見当たらなくて」
浦原が資材調達管理部の部屋を訪ねると、真面目に作業をこなしていた少女——久南が顔を上げてそう答える。久南にとって、浦原がこの部屋へ足を運ぶ理由など確認するまでもないらしい。目的を伝える間でもなく把握されていること——同じ要件で何度も訪ねていることに、浦原は苦笑を浮かべた。
「朝緋さんならさっき、研究室の方から頼まれて実験装置の修理をしていたんですけど……」
「……?」
「修理素材が足りないからと先ほど隊舎を出て調達しに行っちゃいまして……。……多分もう、そのまま流魂街へ向かわれたかと思います……」
「……なるほど。そりゃあ、霊圧を探ったって見つからないっスね」
そう言って浦原は肩を竦める。彼女が外回りで流魂街へ向かうのは確か午後からで、今ならばまだ声を掛けても間に合うと思っていたのだが……どうやら例の如く、今日も思うがまま自由に動いているようだ。浦原は携えていたものを今一度じぃ、と見つめて小さなため息を漏らした。
「浦原隊長、それは……?」
「ああ、これは……朝緋サンの新しい工具箱っスよ」
「へぇ……! なんだかとってもスッキリしてて使いやすそうですね!」
「ええ。既存のものは大きくて重いから持ち運びにくいと不満そうにしていたので……試しに軽量化して作ってみたんス」
「……まぁ、工具箱って本来持ち歩くものじゃないですもんね……」
「はは、まったく。いつの間にか斬魄刀だけじゃなくて物差しや金槌まで似合うようになっちゃって、困ったもんですよ」
「……」
「……じゃあ、ボクはこれで」
——きっとこの試作品の工具箱についてだけでなく、他にも彼女と話したいことがあったのだろう。へらりと困ったような笑みを浮かべて立ち去る浦原の背中を見て、久南はそう思った。翡葉朝緋の自由奔放な働きぶりに苦労をしているのは……もしかしたら部下である自分よりも、隊長である浦原の方なのかもしれない。連絡や相談無しに居なくなってしまう彼女を探してこの部屋を訪れては、毎度呆れて帰っていく浦原の顔を思い返して——ふと、久南は思う。
(……あれ、でも、)
「——浦原隊長も、結構そういうところあるような……?」
そんな二人の上席を持つ自分が一番の苦労を背負っているということは……自由奔放が過ぎる久南
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