宇宙の向こう側に行こうよ






「おばちゃーん! ご馳走様〜!」
「はーい、毎度! また来てね!」
「うん、それはもうもちろん。絶対また来るから!」


 チャリ、と硬貨を勘定場へ置いて踵を返す。流魂街の商店が立ち並ぶ大通り、たまたまお気に入りの茶屋の近くを通ってしまっては——立ち寄らないなんて出来なくて。おやつ時で賑わう店先の隅っこに腰掛けて、大好きな焼き団子をいくつか頬張った。……勤務中ということはこの際頭の端へ追いやっておく。別にいいでしょ、これくらい。誰かが壊した実験装置を直すための修理素材も買いに来たんだ、その手間賃ということにしておこう、うん。バレなきゃ平気だ、と都合の良い言い訳を並べて束の間の休息時間を堪能した。

 ——資材調達の仕事。技術開発局に商品を卸してくれているお店に顔を出し、発注や品物の受け取りを直接こなす。……尸魂界には瀞霊廷と流魂街との連絡手段が郵便以外に無いため、こうして足を使って通うしかないのが現状だ。手間はかかるけど、ここでしか手に入らない貴重な素材もあるし蔑ろには出来ない。資金援助を経て以前よりも研究の規模が大きくなってきた今だからこそ、それを支える調達の仕事も日に日に忙しくなっていく。私がしょっちゅう外回りをするようになったのも、当然で仕方のないことだった。
 いつものように先に発注だけを済ませ、茶屋で休憩を挟み(もちろん団子代は経費計上)あとは残りの提携先へ向かって資材の受け取りだけだと、昼下がりの流魂街を歩いていた時だった。


 ——ピピピッ

「……ん、?」


 尸魂界にはなんとも不釣り合いな電子音。……懐に入っている通信端末からの通知音だった。
 私がよく知るこの世界の通信機器——『伝令神機』にはまだまだ程遠いこれ。小型の端末に文字を表示させるための小さな画面が付いているだけで、通話なんて出来やしない。短文のみのやり取りが出来る通信端末で、開発中の試作品。私が隊舎から離れることが多いから都合がいいと、彼に無理やり持たされているものだった。


「…………うげっ、」


 スマホに慣れている私にはとても使いにくいこの通信端末。故に私から連絡を送ったことはほとんど無い。だが、時たまこうして緊急の知らせが届いたりするのだ。……地獄蝶を使うよりかは確実に早い、その点に関しては有意ではあるけれど——……


「……やっぱ、通話がすぐに出来るのってめちゃくちゃ便利だったんだなぁ」


 届いた内容は『流魂街のとある地区に虚が出たから、今すぐ向かって討伐とサンプルの採取をしてきて欲しい』というもの。詳細は位置情報のみ、一体なんの研究に使うためのサンプルなのか、どれくらい必要なのかなんてものは教えちゃくれない。通話が出来るのなら事細かに指示を受けることが出来るのだろうが……短文しか送れないこの通信端末ではこちらに全て丸投げだ。それに対しての文句すら、煩わしい入力方法を使ってまで送るのは億劫でこちらが飲み込むしかない。……はぁ。
 だがしかし、これも確かに資材サンプル調達管理部の立派な仕事であり——実戦派の私がこの役目を背負った理由でもある。


「あー、ええと……『了解』っと……」


 ……要するに、“虚と戦えるなら倒してサンプルも取って来い”と、使いパシリにされているだけなのだ、私は。







「っ、ぎゃあああ〜〜!! 何あれ、き、気持ち悪いいいい〜〜!!(涙)」
「(……あの人……死神だよな……?)」
「(何やってんだ……?)」


 緊急の任務で向かった先、荒廃した土地に居たのは……なんとまぁ大きな虚で。
 ええ、まあね、大きいだけならね、別になんてことなかったんですよ。大きいだけならね。

 ……こ、これは……!


「っ、ど、どう見ても百足ムカデなんですけど……! い、イヤァァ!! こっち来んな馬鹿!!」
「「(し、死神が……)」」
「「(虚から逃げ回ってる……)」」


 討伐対象でありサンプル回収対象でもある虚は、見紛うことなく私の天敵である虫の姿を模している。それも気も悪さに関しては虫の中でもトップクラスの百足ムカデだ。最悪だ、最悪すぎる! もう嫌!! 流石にもっと頑張ると決めた朝緋さんでもこれは無理だよおおお〜〜!!(涙)


「な、なんで……ヒッ、た、倒すだけでも嫌なのに! ……これのサンプルなんで絶対採りたく……っうわぁ!」ビュン
「——グオォォォオオ!!」
「な、鳴き声はちゃんと虚なのね……まあそりゃそうか……」


 四苦八苦してあちこちを飛び回りながら、虚の挙動を観察。け、決して躊躇して足踏みしているわけでは……と言いたいところだが、遠くに避難している流魂街の住人からの冷ややかな目線が突き刺さって痛い。や、やめてよ。だ、誰にだって得手不得手はあるじゃん。苦手なものは苦手なんだししょうがないじゃん……!!


「あーあ、もう! この端末で通話が出来れば愚痴のひとつやふたつぶつけられるっていうのに!」
「…………」
「ひ、一人で騒ぎ散らかして馬鹿みたいじゃん! いや、別に今だって誰も聞いてないでしょうけど!」


 グチグチ言いながら周囲を結界で囲ってから、スゥハァと深呼吸。ああもう本当に嫌だ、嫌すぎる。帰ったら危険手当でも付け足してもらおうかな。ご褒美がなければやってられない! くそぉ!

 本体には絶対に近づきたくないので、高台から狙いを定めて——白雷で百足ムカデの足を一本切り落とす。
 すると、痛みに反応してワサワサと体と足が動き始めて——……


「——ギャオォォオ!!」
「っ、ああああ無理! 気持ち悪いいい!! いやぁぁああ!!」


 思わず目を瞑りたくなるおぞましい動きに阿鼻叫喚しながら、切り落とした部分が霊子拡散してしまわないようにすかさず凝固剤を振りかける。もう既にここまでで限界で、ハァハァと肩で荒い息をしながら——最後は始解した翡芲ひばなで一撃で虚を倒し、無事に任務完了。
 ……あとはこの、切り落とした足を保護液の入った瓶に詰めるだけなんだけど……。


「し、失礼しますね〜翡芲ひばなさん……」
「(……も、ものすごく怒っているのを感じる……)」


 直接触りたくなくて、翡芲ひばなきっさきでちょいちょいと動かしてソレを保護瓶へ詰める。……ええ、分かってます。分かってますよ翡芲ひばなさん。そんなことに俺を使うなってあなたのお気持ちは正しいと思います。でもほら、背に腹は代えられないからさ……恨み言は今度そっち行った時に聞くから許しておくれ。
 無事に瓶詰めされたサンプルにササっとラベルを張って……間近で見ると本当に気持ち悪いので、薄目のままなるべく手早く保護ケースへ瓶を入れる。中身が万が一にでも出たら嫌なので、そこからさらに木箱の中へと倒さないように仕舞い込んだ。


「……ふう、」
「(……あとは……)」


 彼から頼まれた緊急任務はこれでお終い。こういうのは割とよくある事だから、何だかんだサンプル回収ももう手慣れたものだ。……ふと頭の片隅に『いつも任務が終わったら連絡入れて下さいって言ってるじゃないっスか』という小言が思い浮かんだが……面倒なので思い出さなかった事にする。それに何より、今は連絡そんな事よりももっと——大事なことに気が付いてしまったから。


「こんにちは。この近くに住んでる方ですか?」
「え、お、おう……」
「そうですか。じゃあ、念のためお伝えしときますね」
「?」
「ここから東へ進んだ先に——虚の霊圧をたくさん感じます」
「!」
「ああ、大丈夫。私が絶対にこっちには行かないように仕留めるので安心してください。……ただ、他の方々にこの辺りには近づかないようお伝えしていただけますか?」
「わ、分かった」


 野次馬の如く様子を伺っていた流魂街の住人へ声を掛けてから、複数の虚の霊圧を感じた現場へ向かう。……なんだかさっきの人に珍妙なものを見る目で見られた気がするんだけど……何だったんだろう。まぁいいか。
 ——東の方角へ五分ほど歩いた先、切り立った崖の中からは複数の虚の霊圧が流れてくる。……うーん、やっぱりこの辺りで何かが起きてるんだろうな。じゃなきゃ、虚がいるのにこっちに襲い掛かってこないで留まっているなんてあり得ないし。

 少し離れた場所から周囲の様子を伺えば——崖の隙間に、丁度人一人が入れそうな穴が開いているのを発見。適当に落ちていた枝を拾って、赤火砲をアレンジして松明の代わりにする。……そういえば似たようなことを原作で誰かがやってた気がするな……。誰だったっけなぁと思い出しながら、おそらく“虚の巣窟”と化しているだろう穴の中へと進んでいった。



 ***



 ——翌朝。


「! ……朝緋サン!」
「あれ。おはようございます、浦原隊長。……どうしたんですか、そんな漬物石みたいなどんよりした顔で」
「……」
「しばらく見ないうちにまた一段と……眉間の皺でも増えたんじゃないですか? 生活習慣見直さないとそのうち痛い目見ますよ」←無自覚ブーメラン
「……朝緋サン、何かボクに言うことは?」
「……は、はい? ……いや、別に何もないですけど」
「……」
「あ、もしかして昨日の件ですか? それなら、必要なことは全部報告書にまとめて昨晩のうちに提出しておきましたけど——」
「ええ、報告書は読みましたよ。隅々まで、きっちりと」
「? はあ、そうですか……」
「——でも、あの報告書にはボクの知りたいことはちっとも書いてなかったんで。ちょっと付き合ってもらっていいスか? いいっスよね?」グイッ
「だ、ええ、わ! ちょ、ちょっと……!? う、浦原隊長……!?」


 ——清々しい空気の中、朝日が差し込む隊舎の廊下。
 後方から声を掛けられて振り返れば、そこにはいつもより三割増しで疲れた顔をしている彼が立っていた。……私は日頃から隊舎を空けているから、ここのところ彼がどんな研究をしているのかを知らない。顔を合わせるのもひと月ぶりのような気がする。まったく、酷い顔だなぁ。少しぐらい休むことを覚えたらいいのに。——と、そんなことを考えながら問答に答えていると……有無を言わさない力でガシッと手を掴まれズルズルと廊下を引きずられる。とてもあんな疲れた顔をしていた人から出てくる力とは思えず——彼の横暴な態度から嫌な予感がして、背筋をヒヤリと冷たいものが伝っていった。

(……やっべ、もしかして茶屋の焼き団子を経費計上したのバレたか……!?)


「……朝緋サン」
「は、はい」
「昨日は緊急の討伐任務とサンプル回収、迅速に対応して下さってありがとうございました」
「え、ええ……な、なんですかそんな改まって。水臭いじゃないですか、それが私の仕事ですよ」
「……ええ、そうっスよね。任務をこなすのが朝緋サンのお仕事っスよね」
「(……な、なんか……あ、呆れられてる……!?)」


 廊下を引きずられた先、辿り着いたのはやはり隊主室だった。大きな実験装置が様々な音を立てて稼働している中で、彼は書斎へ腰かけるようにして腕を組み、じぃと私を見下ろしている。——その灰緑の瞳はまるで、言いたいことを言おうかどうしようかを迷うように揺れていた。


「……」
「……あ、あの……なにか……?」
「……」
「お、おーい。う、浦原隊長……?」
「……」
「……ああ、もう! い、言いたいことがあるならハッキリ言ってくださ——」
「……はああぁ、」
「!」
「いいんスか? 言いたいこと全部言っても」
「え、」
「ボクが話してる間、黙って聞いてられるんスか? アナタがボクの話を最後まで黙って聞いてた事なんてありましたっけ?」
「え、ええ、」
「まさかボクが『言いたいこと話したら終わり』だと思ってます? 人の話を聞くというのは、その話に対してアナタも——」
「ちょ、す、ストップ!」
「……」
「わ、悪かったって! サンプル回収が終わって連絡しなかったこと! 後回しにして悪かったです! ごめんなさい!」
「……へえ。ボクに怒られるって言う自覚はあったんスね」
「え、あ、……い、いやぁ、それはその、」
「……はああぁ」
「あ、あの、ごめんなさい。次からはちゃんと……ぜ、善処しますから」
「……違う」
「え? なに?」
「……その件もそうですけど、ボクが今言いたいのはそっちじゃないです」
「、え、ええ? じゃ、じゃあ……(やっぱり焼き団子の経費計上……!?)」


 そ、そんな大金使ったわけじゃないのにそこまであからさまな態度で怒らなくたっていいじゃないか……! なんだ、十二番隊は隊士の休息に支払う予算の余裕は無いっていうのか……!? ……い、いや、まあ……それはそうかもしれないけど……(資金調達の苦難に心当たり有)
 内心で慌てふためき、珍しく感情を露わにしている彼の様子を伺う。軽く嫌味を言い合ったり、冗談で揶揄い合うことは今まで何度もあったけれど、ここまで露骨に怒られたことは……今までなかったような気がする。多分。……いや、あるいは。彼がこうして怒りを表に出さないだけで、今まで何度も心の中で怒らせていてそれが積み重なった結果なのかもしれない……けど。
 やがて彼は目線を手元に落として、無言で資料をパラパラ捲っていく。……見覚えのあるそれは、まさしく私が昨晩提出した“もうひとつ”の報告書だった。


「……この『未知の虚集団について』って報告書なんスけど」
「え、あ、はい」
「状況は分かりました。かなり厄介なことになってそうだということも。……なんで、もう既にこちらで情報の解析は進めています」
「そ、そうですか。引き続き、私に出来ることがあればなんでも——」
「ですが」
「……、」
「——どうしてアナタは、想定外の出来事が起こっているのにそれすらその場で報告出来ないんスか」
「……そ、れは……」
「いいから。黙って聞いて下さい」
「……はい」
「予測不可能な現場でアナタの単独行動を許しているのは、朝緋サンの実力と判断力を信じてるからなんスよ」
「……はい」
「どうせアナタはボクがあれこれ言ったって少しも聞いちゃくれませんからね。アナタの独断に任せて、多少の不利益は覚悟の上で自由にやらせるほうが朝緋サンの性に合うって、ボクもこの数年で学んだんです」
「……は、はい」
「だというのに、まったく……」
「……」
「いいスか。ボクは別に、アナタが“未知の虚集団”に向かったことを責めてるんじゃあない。——それに関しての情報を、一切こちらに“報告せず向かったこと”に問題があるって言ってるんです」
「……はい」
「分かっていただけました?」
「……ええ、まぁ」
「……ものすごい言いたいことがある、って顔してますけど」
「……べ、別に……」
「……『別に』、なんスか?」
「……さい、」
「はい?」
「面倒くさいんですよ! あの端末で連絡とるのが!!」
「!」
「入力方法は複雑で覚えるのも一苦労! 一文字間違えたら全部消さないと書き直せないのも使いづらい! 短文しか送れないから何かを伝えようとする気が削がれる!!」
「ちょ、あ、あの、」
「こんなややこしい通信端末、他に使ってる人いるんですか!?」
「そ、それは朝緋サンが面倒くさがりで使いたくないだけじゃ……」
「はい!? ……目線も両手も塞がるんですよ、わ、私以外の誰だって、一刻を争うかもしれない緊急時にそんなことしてる暇あるわけないでしょう!?」←それっぽい事を言い返してどや顔
「……確かに」
「護廷十三隊への普及を考えてるなら、もっと直感的に使いやすい仕様に改良しないと——」


 息巻いて反論を述べていたその時だった。ダダダッという慌ただしい足音共に「浦原隊長ッ!」という隊士の切羽詰まった声が隊首室に届く。


「——はい。どうしたんスか?」
「翡葉四席が昨日向かった警戒中の領域に、新たな虚の反応が出ました!!」
「!」
「……あ〜ららぁ、やっぱりそういう感じの場所だろうな〜とは思ってたんですよね」


 そう言って肩を竦めて、早速出陣へ向け身に付けている装備品の確認をする。……言われなくたって私は現場に向かうつもりだし、彼もその意図を汲んでいるのだろう。その上で、もうとやかく言うことを諦めているのか、報告に来た隊士へ「ありがとうございます。管制室で引き続き警戒を続けて下さい」と落ち着いた声で指示を出していた。


「——何かあったら、出来る限り報告して下さいよ」
「はーい、善処します!」
「……念のため言っておきますけど、隊長への報告は“義務”ですからね」
「はは、そっちは何かあっても本当のこと話さないくせに。ズルいなぁ、隊長って」
「……」
「へいへい、分かってますよ。……ああ、長期の調査になるかもしれないし、装備の予備は多めに持って行きますね」
「……朝緋サン」
「ん?」
「工具箱、貸してください。……出立の準備に時間かかるだろうし、そっちはボクが用意しときます」
「? そうですか。なら、まあ、遠慮なく。お願いします」


 意図の読めない提案に首を傾げつつも、まぁこの人が無意味な事をするはずないもんな、と躊躇うことなく持ち歩いていた重たい工具箱を差し出した。
 準備が出来たら隊舎の門で待ち合わせると軽く約束を交わして、『未知の虚集団』——謎に虚が湧き出る異変の元へ向かうべく、気合を入れて隊主室を後にした。


 (——頑張る。頑張るよ、朝緋)


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