以上、忌憚無い人生でした
どうして。なんでこんな事になってるの。
水溜まりがいくつも出来た地面の上を、大雨と共にたくさんの血が流れている。泥水と血が混ざったものがどんどん足袋に染み込んで足元が汚れていく。冷たい。寒い。顔を滴る水がうっとおしい。——それでも、私の目線は血溜まりの中にある仲間の亡骸へ縫い止められたまま。
守れなかった。そんな言葉を使うことすら憚られるぐらい、私は何も出来なくて。ただその場に縫い留められたように立ち尽くしていた。雨の日にしか現れないという特殊な虚の調査。ここ最近はずっと雨が続いていたから、いつ正体を現してもいいようにしっかり見張っていたはずだったのに。虚はこちらの予想を遥かに上回る知能の高さで、驚くことに“雨に紛れて姿を消せる能力”を持っていた。突然姿を現した大きな虚に驚き、私も含め一緒に来た部下の二人は為す術もなかったのだ。
「……っ、灯せ、
無惨な亡骸を呆然と見つめたまま、まるでもう一人の自分が成すべきことをやれと言って、震える声で解号を口にする。抜刀して一文字に構えた斬魄刀は、情けなく震える手によってカタカタと音を立てていた。——たった数年、死神として経験を詰んだだけの私に命を預けてくれていた部下を、二人も死なせてしまった。……正真正銘、私が守ってあげるべき人達だったのに。
「……っあ、れ?
「……」
「……灯せ、翡芲。 ……灯せ、翡芲……!」
……それなのに。何度解号を口にしても、斬魄刀は少しも反応しない。——始解が、出来ない!
「っ、なんで、どうして……!」
「始解してよ、ねえ……!!」
その瞬間。禍々しい霊圧が一気に膨れ上がる。——本能で、それが今の今まで雨に紛れて姿を消していた虚が実体化したんだと分かった。
ぶわりと嫌な予感が背筋を駆ける。——同時に、自分の身に起きている事をすんなりと理解した。ああ、そうか。私は今、初めて目の前で人が死んで動揺してるんだ。自分では冷静なつもりだったのに。きっと、そう振舞おうとしているだけで、たくさんの感情に心を支配されてしまっているんだろう。
——ガキンッ!!
「!」
「何ボサっとしてんねんハゲが!!!!」
「——ひ、よ里、さ……」
「戦場で気抜いとるんちゃうぞボケ!! シバくぞ!!」
ハッと驚いて顔を上げる。
私へ向かって振り下ろされた虚の拳を受け止めてくれたのは、離れた場所で待機していたはずのひよ里さんだった。
「す、すいません、わたし、」
「こないな状況で始解出来へんってどないなってんねん、腑抜けにも程があるやろ」
「……ごめんなさい」
私よりも小さな体で、ひよ里さんは虚の力強い攻撃を必死に受け止めてくれている。……その後ろで、為す術無く立ち尽くしている私。ひどく情けなくて無様で、グッと奥歯を噛み締めた。……私はどうして、肝心な時に何も出来ないんだろう。何のために、力を手にしたんだろう。ギチギチと力が拮抗している音がひよ里さんの斬魄刀から聞こえてきて、やるせなさばかりが募っていく。
「ま、説教は後でええわ。今は一旦引くで」
「……引くって、どうやって、」
「ウチがコイツの注意を引いといたるから、その間に朝緋は逃げ」
「!」
ひよ里さんは鋭い目つきで虚を睨め上げながら、淡々とした口調でそう言い放った。……それが当然の判断だと。迷いのない、副隊長らしい命令だった。
——だけど、私に背を向けたままのひよ里さんが、大きすぎる虚の力に押し負けているのは一目瞭然だった。大雨で足元がぬかるんでるせいで踏ん張りが効かずに、じわりじわりと後退している。……ひよ里さんだけじゃ、きっと、
「……私が逃げたあと、ひよ里さんはどうするんですか」
「ああ!? んなもん適当になんとかしてウチも撤退や、当たり前やろ!!」
「っだったら! 今ここで二人で倒した方が——」
「何べんも言わすなやボケ!!!!」
「っ、」
「戦えへんオマエなんかいらへんわ!!!! 邪魔やからさっさと消えろ言うてんねん!!!!」
大雨にも負けない、思わず身が竦むような、切羽詰まった怒鳴り声だった。私の耳にはひよ里さんの声がハッキリと届いて、脳はその言葉の意味を正確に理解して。——ずがん、と胸に杭を打ち込まれたような、あるいはガッと首元を掴まれたような。頭が真っ白で、息が出来なくて、
——だけど、その瞬間
「——っ、ひよ里さん!! 危な——!!」
「!?」
必死に叫んだけど、ひよ里さんは回避しようと足を動かしたけど——ダメだ、間に合わない。ドンッ、という衝撃音と共にひよ里さんが勢いよく吹き飛んだ。一瞬も力を緩められない鍔迫り合いの中、もう片方の強靭な拳で殴り飛ばされたひよ里さんは、そのまま木の幹へ激しく体を叩き付けられる。
——カラン、とひよ里さんの手から斬魄刀が抜け落ちた。
苦しそうな呻き声を上げ、がっくりと俯いたまま、彼女の体は動かない。
(……ああ、ダメだ)
もし、こんなところでひよ里さんが死んでしまったら。一体この後はどうなるんだろう。物語はどのように進んでいくんだろう。あの日の夜、誰が現場の調査に向かうの?
——未来が変わったら、どうなるの?
「その猿柿さんってのも辞めや、気色悪い。ひよ里でええわ、アホ”」
「……っ、」
……ダメだよ、そんなの。
死なせたくなんか、ないよ。
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