以上、忌憚無い人生でした
「——破道の三十二、黄火閃」
死なせたくない。そう強く思ったら、自然と体は動いていた。ひよ里さんへトドメを刺しに向かおうとしていた虚が、ゆっくりとこちらへ進路を変える。大きな体に、発達した強靭な両腕。そこから繰り出される拳は見た目にそぐわぬ威力と速度で、簡単に人を殴り殺してしまう。もう何度も見たその攻撃を完璧なタイミングで跳躍して避けて、始解していない斬魄刀で斬りつけた。だが、虚の方が反応が早く、私の攻撃は簡単に躱されてしまう。何度繰り返しても、動きが早くて斬撃も鬼道も当てられそうにない。……こんなに強い虚、今までで初めてだ。さっきの黄火閃は不意打ちだったから当たっただけ、そもそもそんなに効いてなさそう。……なら、どうやって倒せばいいんだろう。
——そこでふと、頭の中にとあるシーンが思い浮かぶ。
「——よし。つーかまーえ、たっ」
……うん、そうだ。それがいい。そうするしかない。
試行錯誤している余裕なんかないんだ。早く、早くコイツを倒してひよ里さんを助けなきゃ。
「——グォオォオオ!!」
「ぐっ、……!」
虚を挑発するように目の前を細かく動き回れば、苛立った虚はその巨腕で思い切り私の体へ掴みかかる。——私はそれを無抵抗で受け入れて、わざと虚に捕まった。
「……っ、ぁ、……!!」
力強く握られてギチギチと体が軋む。ああ、全身の骨が砕けてしまいそうだ。圧迫されて苦しくて、呼吸さえもままらない。だが、こうして捕まることが狙いのうちだったのだ。反撃の意志を持って斬魄刀を握り直すと、虚は危機を感じたのかさらにもう片方の手で私の左腕を掴み——ものすごく強い力で左腕を引っ張った。
「ぐっ、ああっ、……!!」
あっという間に肩が外れて、さらにどんどん肉が裂けていく。血管や筋肉が千切れていく嫌な音が、身体の内側から直接脳へ。虚はまるで人形遊びでもするように、私の胴体から左腕を引き千切ろうとしていた。
痛い。すごく痛い。想像を絶する痛みに情けなくも叫びそうになる。反撃をしたくて歯を食いしばって耐えるも、次第に意識が遠退いて上手くいかない。ああ、もう……! それでも気絶するまでにはいかなくて、激しい痛みですぐに意識が覚醒する。そんな状態を何度か繰り返すうちに気が付けば左肩から先の感覚はなくなっていた。……あーあ。たぶん、もう、腕の神経とかが切れてズタズタになっちゃったんだろうな。燃えるような苛烈な痛みの中、それでもなんとか気力を振り絞って体の底からありったけの霊圧を解放する。
「……っ、血肉の仮面……ヒトの名を、……者よ、」
「双蓮を、刻む……淵を、……待つ」
「……——破道の、七十三 双蓮蒼火墜……!」
完全詠唱の双蓮蒼火墜が、虚の仮面へと一直線に放たれる。周囲が眩い光に包み込まれるのと同時に——ブチッと肩から大量の血が吹き出した。
——ドサッ
「っ、はぁ、はぁ……っ」
虚が素早いならわざとこちらが捕まって攻撃すればいい。その名も“真咲さん戦法”、大成功だ。仮面を砕かれた虚はたちまち霊子の粒となり霧散し、私の体も解放されてそのまま地面へどさりと落ちる。落下の衝撃で地面からビチャっと跳ね返ったのは——雨水ではなく生暖かい血液。きっと私のなんだろう、千切られて有り得ない方向に折れ曲がった左腕がそこに落ちていて、大きな血溜まりを作っていた。
しかし、そんなもの今はどうだっていい。もはや手の施しようがない自分の腕には目もくれず、残った右腕を使って懸命に泥の上を這って進んでいく。……早く、早くひよ里さんを助けに行かなくちゃ。
「……ひよ、里、さん、」
「——っ、朝緋、お前、」
「いま、助け、ますからね。……待って、て……」
ガタガタと体が震え始めて、寒くて寒くてたまらない。目の前もぼやけてよく見えないし、ヒューヒューとおかしな呼吸音が聞こえてくる。それでもどうにかして体を前へと進めれば、いつの間に意識が戻っていたのか、苦しそうに顔を歪めているひよ里さんと目が合った気がした。——そこで、懐から取り出したものをグイッと強く押し付ける。
「……ひよ里さん、いいですか。よく、聞いて下さい」
「……っ、喋らんでええ、」
「い、から……聞いて、ください」
「もうええ、動くな!」
「うる、さい! ……お願いだから、聞いて、よ」
「……」
「これ、は、……簡易的な転送装置、です」
「転送装置……?」
「それを使うと、瞬時に“空間転移”出来ます。……転移先は、技術開発局になっていて……——緊急時はこれで離脱しろと、浦原隊長から、無理矢理押し付けられた試作品、です」
「——!」
「いいですか、これを使って——今すぐ、技局へ戻って下さい」
「……嫌や」
「戻って下さい、」
「嫌や、戻らん」
「戻って、お願いだから、」
「嫌や言うてるやろ!」
「っ、戻れよ、ばか! あほ、ハゲ!」
「……っ」
「副隊長、なんだろ、っ」
「……」
「私情を、挟んでる場合じゃ……っ、ないだろ、ばか」
「馬鹿はお前や……! 戦えへんくせに突っ込んでったのはお前やろ!!」
「ええい、うるさい! もう終わったことでしょ、それは! ……っ、げふ、ゴホ……っ!」
「朝緋!!」
「……っ、はやく、行って! 行け、ひよ里さん!」
あなたは十二番隊に必要な副隊長なんだ。ひよ里さんがいなくちゃ、曳舟隊長がいなくなっても残った隊士達が大勢悲しむし、静かになった隊舎はきっとすごく寂しくなる。真子さんだって喧嘩する相手がいなくなってハゲちゃうかもしれないし、あの人なんてきっと、すごく落ち込むはずだ。自分のせいだって後悔するかもしれない。いや、絶対する。だって“あの時”も自分が行けばよかったって後悔してたんだもん。……だから、あなたにもし万が一なんでことがあったら困る。すごく困る。本当はこの世界に存在していないの私のことなんて気にしないで。早く、早くそれで仲間の元へ戻って。自分が助かることを、考えてくれ。
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