以上、忌憚無い人生でした
——私の願いが通じたのか、否か。しばらくの沈黙の後、ひよ里さんは静かに立ち上がった。正確に見えたわけじゃないけど、そんな気がした。
「……死んだら許さへんからな」
「……」
「ええか、命令や」
……はは、それはどうだろう。少し難しいかもしれません。さっき血を吐いてから余計に息苦しくなったし、腕が千切れた左肩からはどくどくと出血が止まらない。呼吸の音もずっと変だし、寒くて寒くて仕方ないんですよ。残念ながら私は回道をろくに使えないので、自分の怪我を治すことも出来ませんし。……ああ、でも、そういえばあの通信端末なら助けを呼ぶことは出来たかもしれない。けれど、もう、体に力が入らなくてピクリとも動かせないのだ。
淡い光を瞼の向こうで感じたと同時に、ひよ里さんの霊圧が傍から消えた。よかった。これでもう、きっとひよ里さんは助かるはずだ。そう安心した途端、ふわりと体が軽くなった。……はは、もう、いよいよなのかな。そっか。そうだよね。私が原作の終わりを無事に見届けられる保証なんて、最初からどこにもないもんね。そう自分の死を悟っても、不思議と落ち着いたままだった。為す術がないだけ、といえばそうなのだけど……ああ、こうして大雨の中で地面に伏して倒れていると、この世界に来た最初の日を思い出すなぁ。あの時は、目が覚めたら訳もわからず真子さんに殺されそうになっていて、すごく敵対視されてたから必死に『違う、敵じゃない』って、なんとか伝えようとしてたんだっけな。——ってあれ、もしかしてこれが走馬灯ってやつ? まぁ、なんでも良いか。
あの時はただ、敵じゃないと信じて欲しかった。だけど、今はもうそれだけじゃない。あの日から“八年”が過ぎた今、私には命を賭けて守りたいと思う仲間がたくさん出来た。憧れた世界で、素敵な人たちに囲まれて、私は本当に幸せだった。……ずっとずっと、あなたたちの味方でありたいと、今もそれだけは願ってしまう。
「……でも、無茶は程々にして下さいね」
「アナタは、一人じゃないんだから」
(……ああ、やっぱり、)
それでも、今際の際になって思い浮かぶのは、やっぱりたった一人の男だった。この世界に来て最初に出会ったのも、最後に会ったのも彼じゃないと言うのに。素敵な人たちに囲まれて幸せだったなんて強がりで、結局この胸いっぱいに埋め尽くされていたのは彼との思い出ばかりだった。はは、本当に私は馬鹿だなぁ。この期に及んでもっと彼と一緒に生きたかったなんて、そんな素直な願いが顔を出す。私がこうして死にかけていたって、あの人は今頃研究にでも夢中になって、自分の世界を広げていくことを楽しんで生きているはずだ。別にそれでいいんだけど、そうでないと困るんだけど、それでも今この瞬間は寂しいと思ってしまう。……せめて一度くらい、これが私の愛なんだって伝えたかった。言葉になんか出来なくても、ただ抱きしめてあげたかった。謝りたかった。嘘ばっかりついてごめんなさいって。正体を明かせなくてごめんなさいって。——もっと、ずっと、たくさん伝えたいことがあった。もっと一緒に、この奇跡を噛み締めて、同じ世界で生きていたかったよ。あなたの傍でなくとも、横でなくとも、恋人でなくとも。
「——頼りにしてますよ、朝緋サン」
「……っ、うら、はら、さん」
あんまり役には立てなかったけど、せめて、あなたに降りかかる悲しみと苦しみは私が全部もらっていくから。……どうか、元気でね。
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