目を瞑れば不幸なんて映らない(1)
「さ、猿柿副隊長!? 大丈夫ですか!!」
「喜助は!! 喜助はどこや!!」
「浦原隊長は一刻程前に現世へ向かわれました……!」
「……ックソ、朝緋が……っ、朝緋がウチのこと庇って……!」
「お、落ち着いて下さい副隊長! まずは手当を……!」
「ウチはええから先に朝緋を! 四番隊呼んで助けたってくれ……!」
足元がフラついて立っていられない。その場に倒れそうになるのを壁に手を着きなんとか支えて、自分に出来ることを必死に考えた。ウチを庇って瀕死に陥った朝緋を戦場に置いたまま、自分だけノコノコと戻ってくるなんて。痛みよりも怒りで体が打ち震えた。
「っ、なんでこないな時に限っておらへんねん、あのハゲ……!!」
「猿柿副隊長!」
「っ、なんや!? あんましデカい声出すなやボケ!!」
「先程から涅三席の姿が見えなくて……もしかしたら翡葉四席の元へ向かっているかもしれません!」
「! ホンマか!?」
「確証は無いのですが、お二人の霊圧が下がったことにいち早く気がついていた様子だと、他の隊士から証言があったので……」
「っ、そうか、」
なんやアイツ。普段は妙な実験ばっかりしとる根暗かと思っとったけど、少しは三席らしいところもあるやんけ。
「……っ、頼んだで、マユリ……!」
なんの躊躇いもなく腕一本を犠牲に出来るような、無茶苦茶な女やけど。肝が座ってて仲間思いで、『お悩み受付係』なんて呼ばれるぐらいお人好しで、胡散臭い男に惚れてしもてる、普通の女なんや。あんな終わり方させるわけにはいかへん。ウチらにとってまだまだ必要なヤツなんや、アイツは。だから早く助けたってくれ。肝心な時に限って頼りにならへん、あの胡散臭い男の代わりに。朝緋を、まだ、死なせんといてくれ。
***
「……フム。妙な霊圧移動の反応を感知して来てみれば……一体何かネ、この無様な状況は」
既に息の絶えた十二番隊隊士二名の亡骸を見て、マユリは
「たかだか虚のサンプルひとつも採取出来ずに壊滅とは、情けなさ過ぎて反吐が出るヨ」
「——……聞いているのかネ、四席。お前に言っているんだヨ」
「……」
「……フン。まだ息があるかと思えば、ただの死に損ないか」
虚ろな目で浅い息を繰り返す朝緋を一瞥した後、水溜まりの中に落ちている“あるモノ”を見つけたマユリは、それを淡々と回収する。予め用意していた保存液の入った瓶へと詰めると、ゆるりと口角を上げた。
「……だが、私の研究に役立ちそうなサンプルを“落とした”その功績に免じて、特別にこの薬の被検体をやらせてあげようじゃないか」
「本当は意識のあるうちに使いたかったのだがネ。……まァ、規定量の二倍希釈の投与で手を打つことにするヨ」
遠くから近づいてくる四番隊の霊圧を感じながら、マユリは大雨の中でただ一人ほくそ笑んだ。
***
それは突然だった。
ひよ里と朝緋が任務で負傷して四番隊へ運び込まれたと、その知らせを受けて仕事など構わずに隊舎を飛び出した。一体何があったんや。アイツらが二人揃ってやられるなんて余程のことがあったに決まっている。負傷の具合も何も分からないまま、とにかく救護詰所へ急いだ。どうか無事であってほしい。ただ治療が必要な深手を負っただけで、案外ケロっとしていて、焦って様子を見に来た俺を見てアイツらに笑われるならそれでいい。その方がいいのに。頭の中では必死にそう考えても、朝緋はともかくとして、長年付き合いのあるひよ里が四番隊に運び込まれるなんて只事じゃないと己の勘が告げていて。
——ガチャ!
「——! ひよ里、」
「ああ? ……何しに来たんや、ハゲ」
案内された病室。そこには、目が覚めたひよ里がベッドで起き上がってこちらを睨んでいて。……その顔には包帯が巻かれており、どことなく顔色も悪い。たったそれだけで、コイツが無理して起きているのがすぐに分かった。——そして、
「ハゲの入室はお断りて書いて表にあるやろが」
「書いてへんわボケ。ほんでオレはハゲてへんわボケ」
「ボケボケ言うなやハゲ、うっとおしいねん」
「……なんや、思うてたより元気そうやんけ」
「……」
「……ひよ里?」
急に表情を変えて黙り込んだひよ里は、神妙な面持ちで俯き、やがてそのまま一言も喋らなくなった。明らさまに様子のおかしいひよ里に違和感を感じ、何があったのか探ろうと周囲へ目を向ける。——ひよ里には点滴が刺さっているものの、見た目からはよほど酷い怪我は見当たらない。ならば、なぜ、コイツはこんなにも辛そうな顔をしているんだろう。
——そうして視界の端に映ったのは、もうひとつのベッド。この病室にはもう一人患者がいるらしい。考えてみればそれが誰かなんて、もはや確認するまでもないのに。きっと、そこがあまりにも静かだったから、認識出来なかったんだろう。そこにいるのがアイツだなんて、認めたくなくて、見ないフリをして、気が付きたくなかったんだろう。
「——……朝緋、?」
呼吸器を付けられて、何本も管に繋がれたまま眠っている——
布団からはみ出ている肩には、血の滲んだ包帯が分厚く巻かれている。——そこにあるはずの左腕は、肩から先は失くなっていた。
「……朝緋、お前、」
「……」
「……お前、左腕はどうしたんや」
「……」
「……なんでや。なんでお前が、そこまでして——」
そこまで言いかけて、はたと気がつく。
ひよ里が先程とは比べ物にならないぐらい、悔しそうに苦しそうに顔を歪めていることに。
——ああ、そうか。そういうことか。たったそれだけでコイツがどうして腕を失くしたのかに察しがついてしまい、酷く吐き気がする。途端にいたたまれなくなって、嗚咽を堪えるようにグッと奥歯を噛み締めて朝緋の傍へと近寄れば——その痛々しい姿に思わず目を閉ざした。
「……コイツがほんまに命を賭けることがあるとすれば、それは、喜助の為なんやろなって思っとった」
「……」
「なんでウチなんかのためにこないボロボロなって、片腕まで失くして、」
「……」
「ほんまに阿呆や。阿呆すぎて呆れることすら出来ひんわ」
「……ちゃうやろ」
「何がちゃうねん」
「……コイツはきっと、戦場で守りたいもんに順番なんてつけられへん」
「……」
「真っ直ぐで融通の効かない、馬鹿正直で究極のお人好し。——目の前に助けたいと思った奴がおったら迷わず手を伸ばす。それが朝緋やろ」
「……」
「喜助の為に生きたいからって、目の前におる仲間を守らへんなんて……そない器用なこと出来る女やあらへんよ、コイツは」
「……オマエが偉そうに語るなや」
「ハッ……それはそやな」
——俺んとこ来とったら、絶対にこんな怪我させへんかったのに。お前がこんなになっても、アイツはここに来てへんのに。……一番に会いに来たんは、俺やのに。せやのに、いつまでそうして頑張るつもりなんや。
そんな負け惜しみにすらならない痛切な想いを胸の奥底で抱えながら、祈るように朝緋の右手を握った。けれど、その右手があまりにも冷たくて、より一層胸が締め付けられるだけだった。
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