目を瞑れば不幸なんて映らない(1)




「……おい」
「……」
「おい、起きろ」
「……ん?」
「いつまでそこで寝てるつもりだ。怠けるのもそこまでにしろ」
「……あれ、」


 気がつくとそこは辺り一面真っ白な世界。前後も、上下左右も真っ白で何も無い。聞き覚えのある声に霞む目を擦って目を凝らせば……


「翡芲(ひばな)? ……ってことは、ここは、」
「お前の精神世界だ。死にかけて、意識だけがここに飛び込んで来たんだろ」
「……え」
「なんだ」
「いや、……私、てっきり死んだのかと思ってた」
「あの程度で死ぬ訳ないだろう。何を言っている」
「え、ええ〜……? 結構瀕死だったと思うけど……三途の川とか見えてたけど……?」
「死にたかったのか?」
「まさか。……別に、そういうわけじゃないけど」
「……」
「……」
「……逃げたいのなら逃げればいい」
「は?」
「自分がいなきゃ誰も死ななかった、これからもその可能性に怯え続けなきゃならない」
「!」
「自分が関わる事であの物語の筋書きを変える可能性が本当にあるんだって、この期に及んでやっと気がついて怖気付いたんだろ? 今、死んだ方が楽だったのにって少しでも思わなかったって言えるか?」
「……」
「もう義務になってるんじゃないのか? あの男が好きだから。愛してるから頑張らなきゃ、と」
「……違う」
「どうだかな。お前の覚悟が足りていれば、あの場で始解出来ていたと思うぞ」
「……あんたに何がわかんの」
「——人を殺す覚悟もなく死神になったのか、と問うている」
「……誰も死なせない覚悟、だよ」
「ハッ、甘いな。そんなんだから無様に死にかけるんだろ」
「なんとでも言えば。……私は、目の前で人が死んで冷静に刀を振るえるほど、無感情な人間じゃないよ」
「……」
「まあ、それが仇になってひよ里さんまで失いそうになった事は……心の底から後悔してるけど」


 何もない空間の中、倒れていた体を起こして翡芲と向かい合う。上半身が妙に軽くて、はたと違和感へ視線を向ければ——やっぱり、左肩から先は失くなっていた。


「……死にたくなんかないよ。逃げるつもりもない。命拾えたならラッキーだ、まだまだたくさんやりたいことあったし、次はもっと頑張るさ。……まあ、また同じ状況になったら同じことすると思うけど」
「……いい加減、自分の本心に見て見ぬふりをして努力する理由を探す癖、どうにかしたらどうだ」
「ああん? 私が何のために努力して生きていくかなんて、あんたには関係ないでしょ」
「……」
「痛いのは嫌いだよ。辛いのも苦しいのも嫌い。だけど、それでも私には愛したい男がいるの。どっちも私の本心なの」
「……」
「分かったら黙って私に力を貸しなさい。主人に逆らうのも程々にしないと本気で怒るからね」
「……いつからお前の方が偉くなったんだ。私はまだ小指の爪先ほどしか力を貸してやってないぞ」
「へえ〜〜? じゃあ、私はまだまだ強くなれるってことだ。うわ、頼もし」
「お前の態度次第だがな」
「けっ、相変わらず性根の曲がった斬魄刀ですこと」
「誰のせいだと思っている」
「へいへい、すんませんね卑屈な女で。……けど、まあ、確かによく分かったよ。私のせいで物語が変わる可能性が十二分にあるってことは。これからはもっと慎ましく生きていくことにする」
「……無理だろ」
「ああん? なんだって??」
「お前に慎ましく生きるなんて無理だろ。どうせなら麗々しく華やかに、灰になっても派手に舞うぐらいのつもりで生きてみろ。その方が私も退屈せずに済むからな」
「……無茶言わないでよ」


 まるでどこかの国の皇帝のように、気高く人を見下すその態度は相変わらずだ。……でも、最後のあれは、きっと私とよく似て不器用な翡芲(ひばな)なりの励ましなんだろう。まったく、わかりづらいにも程がある。
 私がやれやれと肩を竦めれば、彼は不遜な微笑みを浮かべる。その瞬間、ぐらりと視界が揺れて次第に意識が遠のいていった。

 ——ああ、目が覚める。
 途端にずっしりと体が重く息苦しさを感じて、瞼の向こうにある光がどんどん強くなった。





「(麗々しく、華やかになんて……)」
「……朝緋?」
「(部外者の私が、そんな生き方出来る訳ないのに)」
「……!」


 ぼんやりとした意識のまま、薄く目を開く。
 誰かに呼ばれた気がして、声の方へ視線を這わせた。


「朝緋! 朝緋……!」
「……しんじ、さ、」


 声を辿れば、そこには情けない顔をした真子さんが、いて。
 よかった、と声を震わせながら、既に握られていた右手をより強い力で握られる。眉を下げて、顔をくしゃくしゃにして、無事を確かめるように何度も名を呼ばれた。心配でたまらないのだと、そんな気持ちを隠しもせずにまっすぐ伝えてくる真子さんが、すぐ傍にいる。……それなのに。


「痛いのは嫌いだよ。辛いのも苦しいのも嫌い」
「だけど、それでも私には愛したい男がいるの。どっちも私の本心なの」


 ——こんなにも私を心配してくれている人が目の前にいるのに。私の目は虚ろに周囲へ向けられて、あの人を探してしまう。結局のところ私は、私の人生は、この恋慕を切り離すことは出来ないらしい。……そんな行為は無駄だと分かっているのに、それでも探してしまう。馬鹿なわたし。

 真子さんの奥。隣のベッドには、ムスっとした顔のひよ里さん。……ああ、よかった。ちゃんと生きてた。その隣には、リサさんやローズさん、愛川隊長が椅子に腰かけていて。さらに壁際には、六車隊長に白(ましろ)さんと、お馴染みのメンバーが集まっていた。その輪の中にこっそり紛れるようにしてニコちゃんも、姉妹仲良く隣同士で座っている。彼女は愛らしい丸眼鏡の向こうでポロっと涙を流していて、途端にいたたまれなくなった。ああ、すごく心配かけちゃったよなぁ。申し訳ないや。


「(……だけど、やっぱり)」


 浦原隊長は、どこにもいない。


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