どうか永遠に憎んで、そして忘れないで
「ほな、そろそろ帰ろか」
「そうですね」
一通りの買い物を終えると、西の空にはいつの間にか赤みが差し込んでいた。流魂街の通りには、日没を前に家路を急ぐ人々の足音がちらほらと混じり始め、かすかに夕餉の支度の匂いが漂ってくる。私たちも、自然とその流れに倣うように瀞霊廷への帰路についた。
「ん、そっち貸し」
「え、いや、いいですよ。自分の荷物くらい自分で持ちますって」
「あかんわ、朝緋チャンは隠しとるかもせんけど、まだ左手治ってへんのバレバレやで」
「……」
隣を歩く彼の視線が、包帯の巻かれた私の左手に向く。そして、有無を言わせずに私の持っていた荷物をぐいっと引き寄せ、そのままするりと持ち上げてしまった。
少し前に、ひよ里を庇って出来た左手の火傷。技局特製の薬を塗り、包帯を頻繁に取り替え清潔を保ち、順調に治っていた……はずだった。
――しかし、片手しか使えないというのは想像以上にものすごく不便で。『片手でやるより両手を使った方が早いから』と横着をしていた結果、当然、言うまでもなく。傷の治りはどんどん遅くなり、今もこうして包帯を外せない状況だ。
だが、こうして他人から怪我を気遣われると……いつになったら治るのやらと、大して治そうとも思っていないくせに煩わしく思う。私に霊力があったら、こんなのすぐに治ってたんだろうか――なんて、どうにもならない事が頭を過った。
「うーわ、重た!何買ったらこんな重たなるんや」
「……技局の皆さんへの差し入れと、あと上新粉です。もうすぐお月見でしょ?お団子でも作ろうかと思って」
「そういえばせやったなぁ、でも買いすぎちゃう?」
「一人分なわけないでしょう。お団子たくさん作って、みんなでお月見するんですよ。普段はデータと試験管にしか向き合ってない人達ばかりだし、たまに夜空を眺めてもらうのもいいかな〜って」
「……ほんまに技局のみんなの為、なんかいな」
「失礼ですね。そんな盲目の恋してるように見えます?」
呆れたように彼の顔を見上げれば、どこか探るような三白眼がこちらを向いていた。ふん、私の行動全てがあの人のためだと思ったら大間違いだ。私はその目線をまっすぐに受け止め、肩を竦めてため息を吐いた。
「そーか。ほなら、俺も食べに行ってええか?」
「まあ、お仕事の都合がつくなら是非」
「え、」
「え?」
「……いや、てっきり断られるんかと思てたわ」
「なんだ、断って欲しいならそう言ってくださいよ」
「いや、行く。絶対行くで。たとえひよ里に何を言われようとも、絶対行くって今決めたわ」
「はあ……まあ、来てもいいですけど。あんまりひよ里さん怒らせないでくださいよ」
技術開発局への帰り道。今朝この道を通った時はこんなに重たい手荷物はなかったけれど、私の心はほんの少しだけ、軽くなっていた。……理由は、言うまでもなく。
「真子さん、今日はありがとうございました。荷物も持ってもらって助かりました」
ご丁寧に朝と同じ場所まで送ってもらい、感謝を込めて頭を下げる。なんだかんだ、一日中付き合ってもらってしまった。彼にとっては仕事だったのかもしれないが、それでもきちんとお礼は伝えたい。それが礼儀というもの。
「ええよ、そない気にせんで。俺もなんだかんだいい気分転換なったしなァ。礼なら喜助に言うとき」
「……そう、ですね」
「ほな、またな。月見、楽しみにしとるわ」
真子さんはいつものように、口角を上げてにっと笑った。そのままヒラヒラと手を振り、足取り軽く背を向けて歩いていく。
――その後ろ姿を、今日だけは最後まで見送っていようと思った。
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