ヘリオスコープのその先で
「朝緋サンは『義骸』についてご存知っスか?」
喜助さんに連れられて技局の奥へと進む途中、不意にそんなことを尋ねられた。遠くから微かに機械の駆動音が届く、静かな廊下を進みながらなんと答えるかを考える。
うーん、ご存知か、と問われると難しい。なにせ、義骸はこの人の専売特許のような得意分野そのものだ。それを、上っ面で得た知識だけで「知っている」と答えるのは、なんだか烏滸がましい気がした。貴方に比べたら、貴方の目線で捉えたら、私は何も知らない赤子も同然ですから。原作から知り得た知識など、この世界に生きる人達からしたらわずかな断片でしかないと、この一ヶ月で学んできた。
「……いえ、名前くらいしか聞いた事ないです」
二人分の足音だけが、廊下に静かに響く。彼は私の少し前を歩いていたけれど、ふと振り返ってこちらを一瞥し、また前を向いて話し始める。その些細な仕草の中に、こちらの様子を気にかける彼の素が垣間見えた気がして、自然と頬が綻んだ。……大丈夫だよ、私は貴方の声を聞き漏らしたりしないから。
「『義骸』というのは、簡単に言えば“死神の仮の肉体”の事っス。高濃度の霊子で構成されていて、戦闘などで負傷した死神が霊力を回復するまでの間に使います」
「……なるほど。だから、代わりの体、と書いて“義骸”なんですね」
「その通りっス。義骸は、霊感のない人間でも視認できるようになっていて、比較的人間の肉体に近い性質を持ってるんスよ」
「……へえ。霊子で出来ているのに、人間にも見えるんですね」
「はい。なので、主に現世に長期滞在する死神たちが使うものなんスけど……」
そこで彼の言葉が途切れ、同時に足も止まった。私が普段はあまり立ち入ることのない場所にある、見慣れない部屋の前だった。扉は他よりもひときわ大きく、隣には電子錠のようなものが設置されている。彼は迷うことなくすらすらと暗証番号を入力し、程なくしてカチャリ、と小さな音を立てて解錠される。重たそうな扉を押し開き、真っ暗な室内にそっと立ち入った。
「――その全てを作っているのがここ、技術開発局なんスよ」
「……!」
ぱちん、と照明が点くと同時に目に飛び込んできた光景に、驚きのあまり目を見開く。
――そこには、部屋の隅から隅まで、まるで陳列されているかように義骸が並んでいた。中央の大きな作業台の上には、箱に入れられた義骸が整然と並べられている。彼に促されるようにその中のひとつを覗き込んだ私は、思わずはっと息を飲んだ。
……本当に何も知らなかったら、この光景を見て間違いなく絶叫していた気がする。そこに命もなく動かない人形だと頭で分かっていても、リアルな肉体を模した人形が何体もすぐ側に置かれているというのは、不気味で異様な光景だった。例えるなら、そう。夕暮れの理科室で人体模型と目が合って思わずどきりとするような、そんな感覚。じんわりと汗ばむ掌を誤魔化すように、白衣の裾をぎゅっと握る。
「……こ、これ、動いたりしない…ですよね?」
「大丈夫っスよぉ、ここにあるのはただの人形みたいなもんスから」
知識として知っているのと、実際に目の当たりにするのとでは、やはり全く違う。義骸が並んだ空間に立つというのは、まるでホラーゲームのそれとよく似ている。いつか、勝手に動いて目が合ったり、気が付いたら背後に立っていたり……なんて、考えすぎなのは分かっているが、どうしてもそんな可能性が頭を過ぎる。
彼が一緒にいるからこうして平静を保っていられるけれど、この部屋にひとりで入れと言われたら……正直、かなり勇気が要る。いや、べ、別にビビってる訳じゃないけど……!
一方の彼はというと、初めて義骸を目にした私の反応をどこか楽しげに眺めているようだった。……そうだった。この人、原作の中で悪趣味なイタズラして楽しんでる場面が結構あったな……。彼のああした無邪気で人騒がせな一面は、この時から既にあったのかと、また一つ、知らなかったことが増える。
「ここにあるもの全部、浦原隊長が作ったものなんですか?」
「いやぁ、さすがに全部が全部ボクの手作りって訳じゃないっスよぉ。けど、皆さんにも教えながら手伝ってもらって、ほとんどはボクが作ったものっスかね」
「……すごい、」
こんなものをどうやって一から作るのか、私には皆目見当もつかない。けれどそれを平然とやってしまうのが、この男、浦原喜助だ。彼がこの世界で随一の頭脳を持った科学者であるということは、私の世界がひっくり返る程には分かっていたつもりだった、けれど。
いざそれを目の当たりにすると、今まで漠然と感じていた私と彼の差が浮き彫りになる。曲がり形にもこの一ヶ月、技術開発局にいたから尚のこと。この人は、私とは天と地程も違う、どこまでも遠い人なんだと突きつけられる。
――でもこれは、決して悲観したり落胆ばかりすることではない。浦原喜助という人物を知りたいと願う私にとって、こうして彼の技術力の高さを目の当たりに出来るのは、喜ばしいことでもある。同じ目線に立ちたいと願うなら尚更、落ち込んでる暇なんてない。
「……私に教えたい事って、義骸を作るお手伝い、でしょうか?」
「そうっスねぇ、作る方もゆくゆくは。左手が治ってからっスかね」
「え、ほ、本当に私も義骸作るの手伝えるんですか…?」
「もちろんっスよ。朝緋サンが望むなら、ボクは大歓迎っス」
「なんと。それなら尚更、早く治さないとですね。今から全力で、治療に専念させていただきます。あ、もちろん、右手で出来ることは何でもやりますよ、仕事はします」
「……」
意気揚々と答えた私に、喜助さんはふいに黙り込んだ。視線は、目の前の義骸に注がれたまま。
「浦原隊長?」
「……朝緋サンって、」
「……?、はい」
「義骸作ったりとか、そういうの興味あるんスか?」
「……?もちろん、当たり前じゃないですか」
「『局員だから』……っスか?」
「あれ、そんな風に見えます?」
「いえ……朝緋サンなら、そう言うかなって思っただけっスよ」
「……浦原隊長は、私が局員だから、仕事を教えようとしてくれたんですか?」
「……!」
「見てるばかりじゃつまらないですよ。ここは、自分で何かしたいと思う気持ちが溢れる場所ですもん」
そう言って、へらりと笑った。ちょっと格好つけすぎちゃったかな、と後から恥ずかしくなってくる。
新技術の開発だ、研究だと、一丸となって取り組んでいる彼らを見てきた。ずっと傍らで手伝って来たんだ、私でもやってみたいと思うのは、ごく自然な感情だと思うのだけれど。無力な自分を嘆く気持ちも相まって、私の中には“変わりたい”という強い思いが育っていた。何かを自分の力で成し遂げたい。やれることがあるなら、何だってやってみたい。
「…...朝緋サンなら、腕のいい技術者になれそうっスね」
「本当ですかぁ?私が落ちこぼれても責任とってくれます?」
「大丈夫っスよ、ボクが教えるんですもん」
「……そりゃ、落ちこぼれるわけにいかないですね」
あぁ、この人は今、自分がどれくらい残酷なことを言っているか気がついているんだろうか。……私が立派な技術者になるのに、何年かかるだろう。この平和で暖かな日常は、そう多くは残されていないのに。……貴方の元にいられる時間は、こうしてる間にも、刻一刻と終わりに近づいているのに。
(そういえば、ここは今、何年前になるんだろう)
願わくば、貴方が十二を背負える時間が限りなく多く残されていますように、と。そっと目を閉じた。
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