溜息の隙間に海を見る



 西の空に真っ赤に広がっていた夕焼けも、徐々に彩度を失って星が瞬き始めた頃。技局の裏庭には、ちょうど良い具合にススキが茂る一角があり、そこを即席のお月見スポットに仕立てていく。机を運び出して、その上には三方を置き、白く丸い団子を十五個きっちり並べる。隣には、彩りとして柿や栗など、秋の恵みもさりげなく添えておいた。


「……うん、すごいそれっぽくなった。いや、結構本格的かも」

 
 自分の人生を振り返っても、ここまできちんと月見の準備を整えたことなんて、思い当たる限りではなかった。せいぜい、窓越しに月を見上げて写真を撮る程度。子供の頃にそういう経験があったような気はするが、はっきりとは記憶に残っていない。ならば私がどうやってここまで細かく準備が出来たのかというと、技局の書庫に季節行事について語られている本がたくさん転がっていたから。それを見て思ったのだ。

 殺伐としたこの世界にこんな本があるのは、季節行事を大事にしようという心意気があるからなんだと。死した者の魂を導く調整者として、魂魄の均衡を保つ死神達が季節行事を楽しもうとするのは、彼らが常に死と隣り合わせだからなんじゃないのかと。何十年、何百年と生きる彼らにとって、季節の移ろいを感じるというのは平和の象徴なんじゃないのだろうか。
 ――だからこそ、生き急いでばかりの人たちには、たまには立ち止まって季節の移ろいを感じて欲しかった。貴方たちが命懸けで守っている平和は、確かにここにあるのだと。


「あとは……団子を運ぶだけか」


 即席のお月見会場は、概ね形になった。あとは、先ほどまで調理場で黙々と用意していた団子と、軽食の数々を持ち込めば準備完了だ。調理場からこの裏庭までは少し距離があるから、全て運ぶのは時間がかかりそうだけど……まぁ、まだみんな仕事中だしちょうどいいだろう。


「おっ、翡葉さんおつかれ〜」
「先始めちゃってるけど、いいよね〜?」
「あら、お疲れ様です。……あれ、お酒なんてありましたっけ」
「いやぁ、隊長から今日はみんなで月見だ〜って聞いて、家帰って持ってきたんだよ。やっぱ月見には酒がないと……」
「「ねえ〜〜?」」


 団子を運んで裏庭に戻ると、すでに数名の局員たちが集まって宴モードに突入していた。……言っておくが、今は一応勤務時間中である。たしかにお酒はあった方がいいだろうなとは思ったけど、風紀を考えて準備しなかったんだが……まさか持参する人が現れるとは。まぁ、皆が笑って楽しんでくれているなら、それでいいか。


「月見団子、ここに置いておきますね。軽食もあとでお持ちしますから、お好きなようにどうぞ」
「ん、ありがとう〜助かるよぉ」
「翡葉さんって本当に気が利くよねぇ、いいお嫁さんになりそうっていうか」
「ああそれ!たしかに、分かるわぁ」
「……それは、どうも。そんなことないと思いますけど、」


 酒の入った局員達の会話を適当に聞き流して、再び調理場へ。本当は一度に全部持ってきたかったけれど、左手のこともある。無理は禁物と喜助さんに釘を刺されているので、素直に少しずつ運び出すことにした。
 
 そうして何度も調理場と裏庭を行き来するうちに、月見会の会場には次第に人が増えはじめ、用意した品をすべて運び終える頃には、ほとんどの局員が顔を揃えていた。皆それぞれ月見を楽しんでおり、喜助さんやひよ里はもちろん、いつの間にか約束通り真子さんも来ていて。そして驚くことに――マユリの姿もそこにあった。


「なんや、やっと主役のおでましかい」
「主役じゃなくて主催です、忙しいので構わないで下さい」


 縁側に腰掛けたまま、真子さんは顔だけこちらに向け、お得意の不敵な笑みを浮かべて話しかけてくる。私はその視線を受け流し、彼の目の前を素通りして奥にある作業台の上へ、持ってきた団子の乗ったお皿を、一つ一つ盆から取って並べていく。

 
「ここ呼んでくれたん朝緋チャンやんか、そない冷たいこと言わんといてや」
「いやぁ、真子さんが本当に来るなんて思ってなくて、はは」
「笑って誤魔化す事ちゃうからな?!オレいま、むっちゃアウェイやなって気にしとるのに!!」


 じゃあなんで来たんだよ、と突っ込みたくなったが、今は楽しいお月見のひととき。いつものトゲはしまい込んで、ケラケラ笑いながら、真子さんに団子を手渡した

 
「冗談ですよ、冗談。はいこれ、真子さんの分の団子です」
「……ちょっと見いひんうちに、オレへの当たりどんどんトゲトゲんなってへん?」
「私は仙人掌じゃなくて蒲公英らしいので、気のせいだと思いますよ」


 にこりと営業スマイルを貼り付けて、私も縁側に腰掛けて月を見上げる。今夜は空気が澄んでいて、瞬く星々もいつもより輝いている気がする。雲は少なく、風も穏やか。そよそよと流れる程度の風が、程よく涼を運んでくれる。まさに絶好のお月見日和だ。
 一部ではすでに酒宴が始まっており、あちらこちらから賑やかな笑い声が聞こえてくる。喧騒を遠くに感じながらぼんやり浮かぶ月を眺めていると、ふと前方に人影を感じた。満月からすーっと下に視線を動かすと、お供えに手をつけようとしている子供を発見。



 ***


 

「こら、阿近。そっちのお団子は食べちゃだめだよ。お供え用なんだから」
「どうせ後で食うんだし一緒だろ。なんかこっちのが美味そうだし」
「そりゃそうだ、ちょっと上質な粉を使って私が丹精込めて作ったんだからな。それを食べる権利は私にあるんだよ」


 お供え用といっても、いつかは自分たちで食べるもの。けれどそこに気持ちを込めるのは、日本古来からの文化でもある。豊作を祈り、邪気払いの意味が込められているのだから、より良いものを捧げようというのは至極真っ当である。……決して私が、美味しい団子を食べたかったわけでは、ない。そういうことにしておく。
 
 
「……お前が食べたいだけじゃねえか」
「ふん、いいでしょそれくらい。私が準備したんだか、」
「あ、虫」
「え?!!どこ?!!」
「ほら。……鈴虫だ」
「ひ、ひいい!!や!見せなくていいから!!」

 
 阿近は机の上にいたソレに手を伸ばすと、躊躇いもなく掴んでこちらを向く。その手には長い触覚と、大きな羽の……うわああやっぱダメだ!本当に勘弁してくれ!私はどうしても、む、虫だけは苦手なんですぅぅ!!(泣)

 
「なんでだよ。月見に鈴虫なんてお誂え向きじゃねえか」
「おま、お前、たまにそうやって難しい言葉使うよね。よくないよ、子供のくせに大人ぶるのは」
「うわ、お前って呼ぶなって言ったやつがお前って言った」
「い、いいんだよ私は!大人なんだから!!早くその鈴虫を草むらに返してきなさい!」
「大人のくせに虫苦手なんだ。へえ」
「そ、それは大人も子供も関係ないだろ!す、好き嫌いくらいあるわ!!」
「(翡葉さんが……)」
「(阿近に言い負かされてる……)」


 ひいい!もうやめて!!これからちょっとくらい優しくしてあげるから!心の中でそう叫びながら、阿近が鈴虫をじっと観察している隙にズババっと遠い縁側まで逃げる。やっぱり男の子って虫が好きなものなの?興味ありありって感じ?ていうか、なんだかんだ言って阿近ってまだまだ子供っぽいよな。口だけ達者なガキんちょじゃないか。
 ぜぇぜぇと肩で息をしていると、ふと視線を感じる。俯いていた顔を上げると、そこにはものすご〜く何か言いたそうな、楽しそうな顔で私を見つめる二人が立っていて。……笑いたいなら笑ってくれた方が、いっそマシなんですけど!


「なんですか。なんなんすか、その顔は。言いたいことあるなら言ってくださいよ」
「はん、虫が苦手なんて情けないなァ?あんなちっこいモンにビビる理由がウチには分からんわ」


 ひよ里は両腕を組んで眉を釣り上げて、心底情けないものを見る目で私を見る。そりゃ、あなたくらい強いひとなら怖いもの知らずになれるでしょうよ!と突っ込みたかったが、息苦しくて何も返せない。
 
 
「せや、鈴虫くらいこの時期ようさんおるやんけ。ま、虫が苦手なんも女の子らしくてええと思うけどなァ」
「ああ?なんや?ウチは女の子らしない言いたいんか??」
「別にそこまで言うてませんけどォ〜?」
「言うてるやんけ!その顔が!!腹立つ顔しやがってェ!!」――バシッ
「っ痛ァ!!!何すんねんひよ里!!」


 ひよ里の蹴りが真子さんの鼻に直撃して、すごく痛そうな音が聞こえた。ひよ里を煽るなんて真子さんには千年早いのに。……だいたい、彼女にだって女の子らしいところはちゃんとあるんだぞ。髪はサラサラだし、褒められると赤くなったりするし、花の刺繍がついた手拭いを使ってるのだって見た事ある。まぁこんなこと言ったら、この蹴りが私に飛んできそうなので言わないけど。


「ひよ里さんだって女の子らしいじゃないですか。ほら、手先が器用で細かい部品の組み立てとか得意だし」
「はっ、ウチより器用なヤツにそんなん言われたってなんも嬉しないわ!てか、なんのフォローにもなってへん!」
「ぷ、朝緋チャンから見ても、ひよ里には女の子らしいとこそんなないんやって。残念やなぁ、ひよ里」
「ちょっと余計なこと言わないでくれます?真子さん最低!見損なった!」
「ぷ、朝緋にフラれてやんの。ざまぁないな、ハゲシンジ」
「(なんでいっつもオレばっかり……!)」


 最低だ、デリカシーが無さすぎる……!流魂街に連れてってくれた時、ちょっと良い人かもなって思ったのに見損なった!やっぱりこの人はこうやって、周りにデリカシーの無さを叩かれて過ごしてるのがお似合いだよ。

 はぁ、と一つため息を吐いて、草履を脱いで縁側に上がる。喉乾いたし、ついでにみんなのお茶でも淹れて回ろうかな。
 保温ポッドから、急須にお湯を注いでお茶を淹れる。ちなみにこれは、技局の発明品の中で私が一番よく使っているものだ。文明のあまり進んでない尸魂界にいると、こうした現代の便利家電が如何に画期的な発明品なのかがよくわかる。私に技術力があれば、便利家電を作りまくって天才発明家にでもなれそうなのになぁ。


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