必然の中の偶然を願って
「……ありゃ、どうしたんスか?皆でここに集まって」
「「う、浦原隊長!」」
隊首会を終えて技局に戻ると、研究室内にはこれでもかというくらい局員が集まっていた。室内を漂う空気は騒然としていて、何かが起きたのは明白だった。しかしあえて気が付かないフリをして、おどけたように局員に声をかける。
「も、申し訳ありません!地下二階で管理していた擬似虚が……檻を破壊して脱走してしまいました……!」
「!」
「施錠はしっかりされていたはずなんですが……その、原因が分からなくて……」
声をかけたのは、十二番隊でも席官を務める優秀な局員。彼がこんなに狼狽えた様子を見せているのは、初めてかもしれない。自身の失態だと責任を感じているのか、表情は暗く苦悶の色が浮かんでいる。
「擬似虚の制御装置は、どうなってます?」
「ダメです、檻を破壊された影響でこちらからの遠隔操作は不可能でした……」
「なるほど。……地下で作業されてる方はまだいますか?」
「い、いえ!念の為、全ての局員たちにはこの研究室に避難してもらっています。ただ、」
「……?」
「く、涅副局長の姿だけ、確認出来なくて……」
「……まぁ、あの人なら自己判断で現場対応に向かってるかもしれないから大丈夫で――」
「待てや」
その瞬間、これまでずっと黙っていた副官のひよ里が、ようやっと口を開いた。その言葉は非常に鋭くて、どこか焦りを孕んでいる。
「お前、マユリ以外の『全ての局員は』ここに避難してる、言うとったな」
「は、はい」
「……朝緋がおらんやんけ。どこにおるん、あいつ」
「「!」」
ひよ里の言葉に、そんなはずはない、とバッと振り返って室内を探す。彼女は死覇装を着ていない。私服の作務衣の上に白衣を着ているから、比較的見つけやすいのだが。
……しかし、どれだけ目を凝らしてくまなく室内を探しても、彼女の姿はなかった。――そんな、まさか。背筋を嫌な汗がひたり、と伝う。
「『避難させた』んやなくて、お前らが勝手に虚の霊圧にビビって逃げてきただけやろ。あいつにはそんなん、分からへんのに!」
「「……っ」」
「まぁまぁ、ひよ里サン。こういう時こそ落ち着いて対処しましょ。……朝緋サンの居場所に、心当たりのある方は?」
「………」
「じ、自分は……随分前に研究室を出てどこかに向かうのを見たんですけど、行先までは……」
「……それじゃ、ひよ里サン。朝緋サンを探してきてください。現場にはボクが向かいます」
「任せとき。ウチが絶対あいつのこと見つけたる!」
「他の皆さんは、ボクの指示があるまで決してこの部屋から出ないで下さい。……それじゃあ、ちょっと行ってきます」
「「は、はい!」」
局員たちの不安を極力煽らないように、出来るだけ落ち着いた声で指示を出す。朝緋の安否も気になるが、自分にはこの事態を収束させる責任がある。……今一番、朝緋を心配して気が立っているであろう、信頼出来る副官に彼女を任せ、自分は現場を確認しに行く判断を冷静に下す。
そうして、局長室から斬魄刀を持ち出して虚の元に向かった。状況はあまり良くないが、局員のほとんどが避難しているというのは、不幸中の幸いだ。自分がいない間に起こった不測の事態に、嫌な汗が止まらず、地を駆ける足に力が入る。――早く、早く向かわねば。
今この場で虚の霊圧を感じない、ということは、霊圧遮断の加工が施された地下空間からまだ出ていない、ということ。技術開発局には実験体やサンプルというものが、無くてはならない存在だ。しかし、決してそれは無害なものばかりでは無い。それを、他隊に理解してもらおうとも思っていない。故に、霊圧遮断の加工が施された空間を地下に作り、実験体やサンプルを、中からも外からも守っているのだが。
こうした事態が起きた時、外から霊圧感知が出来ないのは厄介だと、自身の考えが裏目に出たことを少しだけ悔いた。もし、朝緋以外にも他の死神がまだ地下に残っていたとしても、自身の足で地下まで行かねば霊圧で探し当てられない。いつもなら何とも感じない地下までの距離が、今はやけに遠く感じた。
瞬歩を使いながら地下に続く通路を駆け抜けて、いざ、霊圧感知が出来るまで下りたその瞬間。
伝わってきた感覚に、思わずはっと息を飲んだ。
「――知らない霊圧。でもボクは……この霊圧を、よく知っている」
擬似虚の傍にある、もう一つの霊圧。遠くからでもはっきりと感じとれるくらい膨れ上がったこの霊圧は、今までの彼女からは想像もつかないもの。だけど、間違いない。間違えるはずもない、これは――
「っ、朝緋サン……!」
最も危惧していた最悪の状況が頭に浮かんで、紅姫を握る手に力が籠った。
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