或いはそれが情であろうか


「なんやねん、アレ」
「『どっちがより幸せになれそうな四つ葉のクローバーを見つけられるか選手権』……だそうっスよ」
「……なんやねん、それ」


 綜合救護詰所の中庭。秋晴れの心地よい陽気に包まれながら、地面にしゃがみ込んでクローバーを探している二つの背中がある。一つは、黒髪で幼さの残る少年のもの。もう一つは葡萄色えびいろの髪を揺らす女のもの。……大怪我をして入院しているはずの女が、中庭でしゃがみこんで阿近と何やら楽しそうにはしゃぎながら、四つ葉のクローバーを探していた。


「あ!ねえこれどう?虫食いも少なくて綺麗!」
「俺の方が葉の形が均一で綺麗だな」
「何……!?た、確かにそうだな……くそう、せっかく見つけたのにな……」
「いい加減負けを認めろよ、どんだけ探し続けるつもりだ。俺の勝ちでいいだろ」
「嫌だね!私は負けず嫌いなんだ、私が納得出来るものを見つけるまで終わらない!」
「……それってつまり、これより綺麗なやつ見つけるまで俺も付き合わされるってことかよ」
「ん〜?んー、そうかもねえ……あ!」


 しゃがんだまま、目を凝らして足元の草むらを見渡す。どれも似たような白詰草の中から、わずかに違う"幸運の兆し"を見つけ出すのは、想像以上に骨の折れる作業だった。でも、その手間こそが、見つけた時の達成感を際立たせてくれるというもの。
 そうして見つけた幸運の兆しを手に取って、じっと見る。四つ葉のクローバーなんて、見つけるのが大変なのだからどれを選んでも等しく幸せになれると思っている。しかし、だからこそ。これがいい、あれがいいと選び探すことに価値があるような気がした。


「ほら、形も綺麗だし色も均一だし。うん、これがいいね」
「俺のより小さい」
「ばっかもん、幸せは大きさじゃ測れないもんなのよ」
「………」
「まぁ、お子様には分からないかもしれないけどね〜」


 ほら、あっち戻ろう、と。立ち尽くしている阿近少年の手を引いて、離れたところのベンチに腰掛けている喜助さんの元へ向かう。よく見ると隣にはもう一人、金髪ロングでぱっつんの隊長さんの姿もある。……あの人、いつもこう、気がついたらいるよな。暇人なのかしら。

 綜合救護詰所に入院して二週間。きちんと治療に向き合ったおかげか、回復は順調で、最近ようやく一人で身の回りのことが出来るようになってきた。こうして病室の外にも出られるようになったし、個人的にはもう退院しても問題ない気がしている。だが、内臓の損傷はまだ完全には癒えておらず、おまけに頭も打っているからと退院はまだまだ先らしい。
 
 動けるようになってからというもの、入院生活が本当に退屈で仕方がなかった。面会に来てくれる人はいるものの、皆仕事の合間を縫って来てくれているから、精々一時間とかそれくらいだ。だからこうして貴重な面会時間を楽しむために、いつも不服そうな顔をしつつも来てくれる阿近を連れ出しては、暇つぶしに付き合ってもらっていた。
 阿近はいつも、ひよ里や喜助さんに連れられてしぶしぶといった様子で着いてきていた。そうまでして二人がわざわざ阿近を連れてきてくれるのは、おそらく私が技術開発局で気兼ねなく話せる唯一の相手が彼だということを、ちゃんと気がついているんだろう。


「浦原隊長〜!はい、どうぞ。こちらの審査をお願いします」
「『どっちが幸せになれそうか』……っスか?」
「ええ。浦原隊長の審美眼なら私も阿近も異論はないですからね」


 私と阿近、それぞれが選んだ四つ葉のクローバーを差し出すと、喜助さんはそれを受け取ってまじまじと観察をはじめた。「う〜ん、そうっスねぇ〜……」と悩む彼の、非科学的でロマンチックな話にノリよく付き合ってくれる姿が微笑ましくなって、思わず頬が緩む。


「どっちも素敵っスけど、あえて選ぶなら……ボクはこっちっスかね」
「!」


 両手にそれぞれもった四つ葉のクローバーを、ああでもないこうでもないと、空に掲げたりして吟味したあげく、喜助さんが『幸せになれそうな四つ葉のクローバー』として選んだのは……私が見つけた方だった。


「よーし!残念だったな阿近。この勝負、私の勝ちだ」
「……別に俺は勝負してたつもりねえんだけど」
「なんでよ、阿近だって探してる時ちょっとノリノリだったじゃん。楽しそうだったじゃん」
「んなことねえよ、怪我人のお前に付き合ってやっただけだ」
「はいはい、拗ねないの。ありがとうね。……ほら、これ、阿近の分」
「……」
「そしてそれは、浦原隊長にプレゼントします」


 喜助さんの手から、阿近が選んだ方のクローバーを受け取って阿近の手に握らせる。そしてもう一つ。彼が手にしたままの『より幸せになれそうな四つ葉のクローバー』として選んでくれた方を、そっと手を添えて、彼の胸元まで持っていくように贈った。


「勝者の私から、ハッピーのお裾分けです。きっと、良い実験結果が出たり、寝付きがよくなったり、ささやかな幸せが訪れますよ」
「……俺には無いんかい」
「ええ?あ〜、そうですね、じゃあ真子さんにはこれで」ブチッ
「……じゃあ、てなんや、じゃあって。しかも、目の前で現地調達しなや。せめてこう、俺の見えへんところから持ってきてくれへんか」
「なんですか、文句でもあるんですか?蒲公英たんぽぽの花言葉にだって『幸せ』があるじゃないですか。それに、この季節に咲いてる蒲公英なんて珍しいですよ。ご利益ありそうでいいじゃないですか」


 二つしかないクローバーをそれぞれ阿近と喜助さんに手渡すと、あぶれた真子さんが文句を言うので、仕方なく足元に生えていた蒲公英を渡す。あなた、さっきまで居なかったじゃない。最初から居たら三つ探したのに。……とは、決して言ってやらないけど。


「よし、阿近。手を洗いにいくぞ〜院内では清潔に〜」
「手くらい一人で洗える」
「なんでよ、一緒に行こうよ。という訳なので、それじゃあ失礼しますね、浦原隊長。……と、真子さん」


 ――そう言って、彼女は律儀に一礼をしてから阿近の袖を引き、詰所の奥へと姿を消した。彼女はああして、どんなに緩やかな雰囲気でも、挨拶や礼儀などは欠かさない真面目な子だ。ボクはそんな彼女の礼儀正しい一面を、彼女の長所として気に入っていた。しかし。


「……大怪我してた本人が、幸せを受け取らないのは何でなんスかねぇ」


 彼女から贈られた、四つ葉のクローバーをじっと見つめる。くるくると指先で茎を摘んで転がしながら……左右対称で綺麗に動く四枚の葉を、意味も無くぼんやりと見つめる。


「……"自分"が勘定から抜けとるアホやからやろ」
「……それが卑屈さから来てるんじゃなくて、朝緋サンの本質なのが困ったところっスね」


 自分なんか、という卑屈なものではなく。周りに与えたい、と思う純粋な気持ちから来ているというのは、彼女を見てきたこの二ヶ月弱でよく分かっていた。自己犠牲と表裏一体の彼女の本質に、この先の彼女に強いるであろう選択に、より一層責任が付きまとう。その重みをいま、自分自身で噛み締めているところだった。


「お前、朝緋に霊力のこと話してへんのやろ」
「……よくお気づきで」
「あないにガタガタで不安定な霊圧垂れ流しとったら、誰だってすぐ分かるわ、ボケ」
「……そうっスかね。ああ見えてボク、朝緋サンが霊圧を垂れ流しすぎ無いように薬で調整してるんスけど」
「……よう女に黙って薬盛れるなぁ、お前。正気の沙汰やないぞ」
「仕方ないんスよ。……ああして隠さないと、もっと厄介な事になっちゃいますから」
「アホぬかせ、お前が朝緋に話せんと後回しにしとるからやろ。いつまで逃げとるつもりや」
「………」


 いつまで。……それは、ボクが彼女に真実を話すまでの期間のことか。それとも、彼女が「技術開発局の局員ではなくなる」までの期間のことだろうか。


「……霊圧操作ぐらいは、教えるつもりっスよ。あんな無意味に霊圧流されてたら、嫌でも人目に着きますしね。でも今はまだ……回復に専念して欲しいんスよ」


 朝緋に宿った霊力は少なく見積っても十等霊威。彼女が完全に回復したら、あるいはもっと大きいかもしれない。それは一般隊士の倍ほどで、霊圧だけなら席官にすら届くレベル。……予想外ではあるが、彼女は間違いなく"逸材"だ。そんな霊圧を不用意に垂れ流していたら、たとえ本人が怪我をしているからとはいえ、周りは不審に思うだろう。おそらく力を自覚していない彼女に、それをどうにかしろと言っても無理な話で。卯ノ花の協力を得つつ、自身が開発した彼女の霊圧を制御する薬を投与してもらっていた。……これは、不用意に彼女を危険に晒さないためだ。
 
 
「ろくに見舞いも来えへん奴が、よぉ言うわ」
「ハハ、痛いところ突かれちゃいましたねぇ……いいんスよ、ボクは。朝緋サンの怪我はボクの責任ですし、ひよ里さん達がお見舞いに行った方が彼女も喜ぶでしょう」
「それはお前が朝緋と向き合うことから逃げてもええ理由にはならへんからな」
「逃げてないっスよぉ。……考え中、ってだけっス」


 考え中。なんて都合のいい言葉なんだろうと、言いながら苦笑する。ここ二週間あまり、この件についでずっと頭を悩ませてきたが、未だに自分が結論を出せずにいることを、目の前の男はとっくに見抜いている。今回ばかりは、平子サンも黙ってはいられないだろう。――今まで技術開発局で匿ってきた身元不明の朝緋サンを、やむを得ず四番隊に搬送したことで技局の外に存在が漏れてしまったのだから。
 重症を負った彼女の命を助けるためには、技局ではなく治療専門の四番隊の力がどうしても必要だった。だから、これは正しい選択だったと自信をもって言える。平子サンもそこには同意しているはずだ。

 問題なのは、"瀞霊廷の侵入者"として危険視していた朝緋サンに、死神と同等の霊力が宿ってしまったことだった。今までの人畜無害な彼女だったら、身分を捏造して匿い続けることは不可能ではなかった。しかし"力を持った侵入者"となってしまった今、その事実がもし四十六室の耳に入れば、彼女の身柄を技局に置き続けることは困難になるかもしれない。

 こうなってしまったのも、この二ヶ月弱の間、どれだけ彼女について調べても「どうして急に瀞霊廷に現れたのか」「彼女は一体何者で、どこから来たのか」を説明できる理屈や根拠が何一つ見つからなかったからだ。黒ともつけられない代わりに、白ともつけられない。彼女に危険性が無いと証明出来る前に――この最悪の事態が起こってしまった。彼女が命を懸けてまで技術開発局を守ろうとしてくれた事など、ボクが一番、痛いほど分かっているのに。彼女の潔白を証明出来る根拠を、ボクは見つけてあげられなかった。


「……根拠なら、あるやろ」
「……?」
「お前が、あいつを……朝緋を、信用出来るかどうかや」
「………」


 ビュウ、と吹き抜ける冷たい風が、羽織を大きくはためかせる。陽射しはあたたかくとも、霜月の木枯らしは身を切るように冷たい。
 擬似虚が脱走してしまった事も、そのせいで朝緋が巻き込まれ重症を負い、さらに霊力まで宿ってしまった事も。そして命を救うために、朝緋の存在を外部に漏らすことになったのも全て、技術開発局の責任者である自分のせいだ。そう、この問題はとっくに、ボクと彼女の間で謝罪を伝えて終わりに出来るほど、簡単なことではなくなっていた。


「お前はたしか、隠密起動出身やったな。なるほど、疑り深い奴なんはそのせいなんやろなァ。ナンギな奴っちゃ」
「平子サンだってボクとそんなに変わらないじゃないスか」
「俺は"慎重"なだけや。一緒にせんといて」
「大体一緒じゃないっスか。薄情っスねぇ」
「薄情やったら誰がお前みたいな面倒な奴のケツ叩くねん、ボケ」


 木枯らしが止んで静寂に包まれる中庭に、枯葉が転がる小さな音が微かに響く。そこに、いつもより鋭く真剣な彼の声が重なった。

 
「俺は絶対に無いと信じとるけどなァ。それでも、万が一、ほんまに朝緋が俺らの敵なんやったら――」
「………」
「……そん時は、俺があいつを斬る。朝緋を最初に見逃したんは、俺やからな」
「――!!」


 「それぐらいの覚悟はもうとっくに出来とるで、俺"は"……な」と。平子サンはそう言い残して席を立ち、中庭から姿を消した。


「……発破かけにきたんじゃなくて、脅しじゃないっスか」


 霊力を持った朝緋をどうするのか。力のある者には、正しい扱い方を教えてやる隊長としての責務がある。しかし、巻き込んでしまった彼女の立場や居場所を守るという、局長としての責任もある。そして――異常魂魄に宿った霊力の成長を、自分自身の手で見届けたいという欲望も。その全てを満たせる"答え"が、この二週間ずっと出せずにいた。だが、その答えを出すために一番必要なものを、それを見落としていたことに気が付かせてくれたあの男は――はやり食えない人だなと、心の中でほくそ笑む。
 
 彼女を信じて選択を託す。それが最善であると、自分も異論はない。ただ、それにはまだ――彼女を信じる"覚悟"が、どうしても足りなかった。




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