わたしの入る隙なんて在りはしないのに


「九十一、九十二、きゅうじゅ……あ、今ずるしたでしょ。戻りが浅かったよ」
「うるさい!貴様に言われると腹が立つ!」
「ええ、ひどいな……こうして善意で手伝ってあげてるのに」
「私がいつ貴様に鍛錬を手伝って欲しいなどと言った!邪魔だからどこかへ行け!」
「そんな悲しいこと言わないでよ。あ、はい、これで百回目。凄いね、砕蜂」


 今日も変わらず中庭で筋トレをしている砕蜂。そんな彼女の元へ赴き、鍛錬の手伝い(回数を勝手に数えているだけ)をしつつ、雑談をするのが最近の日課になっていた。真子さんやひよ里が見舞いに来てくれるまでは、こうして砕蜂で暇を潰している。彼女は相変わらず素っ気ない態度だけど、そこはまあ、ツンデレということにしておこう。


「一応聞いておくけど、砕蜂も怪我してるんだよね?そんなに無茶して平気なの?」
「問題はない。それに、貴様もこうしてフラフラと出歩いているだろう。心配される筋合いはない」
「無茶して努力してる姿みたら、誰だって心配するよ。馬鹿だなぁ砕蜂は」
「ばっ……私は馬鹿ではない!」
「はいはい、ごめんって」


 夜一様へ敬愛を向けている砕蜂は、とてもいじらしくて共感出来る部分が多く、つい自分を重ねてしまう。だから放っておけないんだろう。彼女に邪魔だと言われて私が立ち去ったことは、出会ってから一度もなかった。まぁ、中庭で鍛錬をする砕蜂の様子を見て、私がほぼ一方的に話しかけてるだけなんだけど。


「……難しいよね、背中を追いかけるって」
「いきなり何の話だ」
「遠くて届きそうもない背中を、走って追いかけて誤魔化してる。孤独で独りよがり。そう思わない?」
「思わぬな」
「あら、そう。……どうして?」
「あのお方は、部下の努力に知らん顔をするようなお方ではないからな」


 中庭にしゃがんでいる私を見下ろす砕蜂の表情は、とても生き生きしていて、誇らしげだった。


「それに、強くなるための努力など、そもそも当たり前の事だからな。独りよがりではない、義務だ」
「……やっぱすごいね、砕蜂。……すごいや」


 強くなるための努力は当たり前と言いきれる彼女が、私には本当に眩しくて、羨ましい。砕蜂にそう思わせているあの人は、私がこの世界で最も憧れる女性だ。浦原喜助の幼なじみであり、過去も罪も共有している、彼にとっての唯一無二。そんな彼女に向ける私の気持ちは、嫉妬でも羨望でもない、憧れだ。


「なっ――、あれは!」
「(ん…?)」


 隣に立っていた砕蜂が突然、ガバッと勢いよく動いた。何かと思って砕蜂の視線の先にあるものを辿ると――意外も意外、今まさに話をしていたご本人様の登場だった。
 中庭から続く道の先。綜合救護詰所の正門には夜一さんの姿が。そしてその隣には……気の抜けた緩やかな顔の、喜助さんも一緒にいた。そういえば隊首会があるからと、先刻卯ノ花さんも詰所から出ていくのを見かけた。おそらく、隊首会が終わったついでに二人で砕蜂の見舞いにでも来たのだろうか。彼は元二番隊第三席。夜一さんが砕蜂の見舞いに行くと言ったら、ついて行くには十分な理由だ。
 
 ――喜助さんと夜一さん。この世界に来て初めて、二人が並び立つのを見た。初めて見るはずなのに、懐かしいような、しっくりくるような。そこではたと思い出す。ああ、そうか、そうだった。あの二人は隣にいるのが当たり前なんだった。なんて、そんなことをこの期に及んで思い知らされてしまった。
 互いにころころと表情を変えながら話をする様は、友達や家族、恋人のどれにも当てはめられないような、二人だけの世界がある。きっと彼の表情をあんなに変えることが出来るのは、あの人だけなんだろう。その事がたった一瞬でもよく分かるくらい……とっても、眩しくて。私の立ち入る隙など、在りはしないのだと。

(……ああ、そうか)


「砕蜂、病室戻らなくていいの?ここで鍛錬してるのバレちゃうよ」
「フン、夜一様がお目見えになっているのに出迎えない家臣などどこにいる!馬鹿者が!」
「ああ、はい……すいません」
「貴様こそ良いのか?あの愚鈍な男は貴様のところの隊長だろう」
「大丈夫。あの人は私のところまで来ないから」
「……?まあ良い、私はもう行くぞ。邪魔だから着いてくるなよ」
 

 砕蜂はそれだけ言い残して、目にも止まらぬ速さで夜一さんのいる正門の方へ走っていった。本当に怪我人か?と疑いたくなるくらい元気だ。彼女のああいう、自分の慕っている気持ちを素直に表に出せるのもまた、羨ましいと感じてしまう。
 ……砕蜂は私に似ているのに、私にないものたくさん持ってたんだな。この世界に来てまたひとつ、新しいことを知ることが出来た。


「………」


 中庭にぽつん、と一人。しゃがみこんで空を仰ぐ。今日はまさに、雲ひとつない青空で、秋晴れの清々しい太陽が中庭を照らしている。木枯らしが指先の熱を奪っても、その光がすぐに体温を取り戻してくれる。


「……なァんちゅう顔してんねん、お前」


 ――そんな秋の暖かな陽気を感じていると、横から声がかかる。振り向かなくとも、その声の主が誰かは明白だった。そっちから私の顔、そんなによく見えないでしょう、という小言を飲み込む。
 私が一人で空を仰いでから、ずっと声をかけるタイミングを伺っていた事を、なんとなく気配で察していたから。


「……真子さん。サングラス持ってませんか?」
「ハァ?まぁ、部屋には何個かあった気するけど」
「さっすがお洒落さん!でもそっか、今は持ってないのか」
「持っとるわけないやろ。大体、何に使うねん」
「何ってそりゃ、眩しいから使うんじゃないですか」


 私がそう答えると、心底意味のわからないものを見るような目で真子さんは私を見下ろした。
「そないにしてまでお日さん見なアカンのか」と問うてくる彼に、はは、と曖昧に笑って誤魔化す。

 私の眩しいお日様を見ても、目が合うことはなくて。ただただその眩しさで、私の方が溶けて消えてしまいそうだった。



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