知らぬ存ぜぬ愛など要らぬ



「……朝緋サン?!どうしたんスか、それ――」
「あれ、似合ってませんか?私は結構気に入ってるんですけど」
「確かにお似合いっスけど、そうじゃなくて……どうして急に、」


 私は昨日、喜助さんから話を聞かされたあと。仕事を終えて自室に戻った後にバッサリと髪を切った。自分で自分の髪を切るなんて初めてで、切り口を調整しているうちに予定より短くなってしまったが、それなりに気に入っている。胸の下まで伸ばしていた髪は、今や肩にもかからない長さになった。


「『覚悟』を、お見せしようと思って。髪は女の命ですから」
「……!」
「――私は、死神になる道を選びます」


 この先どうするか。このまま技術開発局の局員として変わりなく過ごしていくか、地獄を見る覚悟で死神になるか。そんなの、最初から答えは決まってる。けれど、あの場で即答しても私の覚悟は伝えられないと思ったから。
 この道を選ぶ理由の全ては話せない。けれど、ただの興味や好奇心などでその道を選んだわけではないと証明したかった。力を手にすることへの責任も、その道を私が選ぶという意味も。力を持ったとしても、この先の戦いで不用意に手出しをせず、見て見ぬふりをする覚悟も。とうの昔に決まっていたから。簡単に答えを出した訳では無い、熟考の末の覚悟なのだと見せたかった。


「運命って、決められた定めじゃないと思うんですよ」
「……何故?」
「自分ではない誰かに決められた未来。それが運命なんです、きっと」
「………」


 局長室に二人きり。この状況、きっと三ヶ月前の私ならドキドキしていたかもしれない。けれど今はもう違う、ただの恋する翡葉朝緋ではない。恋情にうつつを抜かす乙女では、到底戦場になど立てるはずもない。戦いに身を投じると決めたからには、自分の中でもけじめが必要だった。髪を切ったのは、そのためでもある。
 椅子に座っている喜助さんの元へ、ゆっくと近づく。私は覚悟を見せに来たのだから、今くらいは、貴方の反応を近くで受け止めるをどうか許して欲しい。


「自分で自分の道を選ばなければ、誰かの物語に飲み込まれて終わり。その為に、自分の目で見て、触れて、考えて選び取る」
「………」
「それが、"生きる"ということ。……そう、思いませんか?」
「――!」


 はっとしたように顔を上げた喜助さんと、視線が絡む。その瞳に浮かぶのは、驚愕と困惑。……そして、その刹那。すっと細められた双眸には、次第に燃えるような好奇心が映し出されていく。――その瞳に私が映っていることに、少しは自信を持っても良いでしょうか。


「もしかして、そっちがホントの朝緋サンなんスか?」
「……前に言いましたよね、頑固で負けず嫌いだ、って」
「だからじゃないっスか。貴女がそうして"自分の道を選べる"のは。誰かの期待じゃなくて自分の理屈で動ける証拠っスよ」
「……っ、」


 まるで挑発するように不敵に笑うその顔に、思わずどきりと心臓が跳ねる。慕情の類のそれではなく、ずっと隠していたものを見つけられた時のような、核心に触れられたような感覚。目は口ほどに物を言う、というが、まさにこの男にこそお似合いの言葉だろう。目を逸らしたくない、ずっと見ていたい。その目に映るものを、いつか私も見れる日が来るようにと強く願った。
 ふっ、と小さく笑った喜助さんは、徐に椅子から立ち上がる。そして、すぐ後ろの壁に立てかけてあった愛刀を手にして、振り返ることなく言葉を続けた。


「いいスか。死神になるというのは、覚悟だけでやっていける程甘くない」
「……はい」


 いつかの、書庫で庇ってくれた時のような。剣より鋭く、氷より冷たい。低く、澄んだ冷気を孕んだ声。丁寧な口調の中には一切の甘さがなく、彼をよく知る私でさえ、体の芯から底冷えするような威圧感がある。だからこそ、私は。それに負けないよう、こちらを一瞥した彼の双眸を強く真っ直ぐ見つめ返した。――そして、


「貴女が言った"自分で自分の道を選ぶ"という言葉がどれほど重いか、身を持って知ることになる」
「――!」


 音はしなかった。ただ――彼から真っ直ぐに向けられた紅姫の切っ先から、僅かな風と共に凍てつくような殺気を感じた。私の目には、その動きを捉えることは出来なかったけれど。確かに彼は斬魄刀を抜いて私に突きつけていた。殺気を感じたのは一瞬だけだったけれど、その一瞬でも十分私には伝わった。――私に切っ先を向けた意味、それが浦原喜助の"覚悟"であり、私が臆するかどうかを試したのだと。 
 
 
「それでも……朝緋サンは選ぶんスね?」
「はい。地獄に落ちる気は更々ありませんが、地獄を見る覚悟はあります」


 だから私は、向けられた切っ先から身を守るような姿勢を取ることなく。眼前に止められている刃から、まっすぐに喜助さんを見つめる。そして、この場に不釣り合いなくらいの笑顔を浮かべて返事を返してやった。髪を切り、自分で選んだ道だと伝えてもなお、私の覚悟を試してくるのが彼だというのなら、その度に私は何度だって見せつけるしかない。この覚悟は、決して折れないのだと。


「――いいでしょう。貴女の"覚悟"、受け取りました」
 

 そうして彼も、笑った。いつもの下がり眉ではなく、ただただ純粋な笑顔だった。不敵に、しかしどこか安心したように。私の大好きな、太陽のような笑顔。私はその太陽に照らされてるおかげで、自分の選ぶ道を歩んでいけるのだと改めて思い知らされる。

 力がないことを嘆いて、どれだけ一人で泣いたか分からない。無力さに打ちひしがれて、どれだけ気持ちを飲み込んだかわからない。けれど、そんな自分とはもうさよならだ。これからはただひたすらに、強くなる。弱音など吐いてる暇はない。強くなって、両手で抱えられるだけの人たちを支えて、守りたい。そしてなによりも、太陽のような貴方と、同じ景色を見ていたいのです。もう、隣を歩けないなんて言いません。どうか、隣を歩けるようになる未来を掴む我儘を、許してください。……私は、死神になって、強くなります。

 

 ――そう、我々に運命などない
 無知と恐怖にのまれ
 足を踏み外したものたちだけが
 運命と呼ばれる濁流の中へと
 堕ちてゆくのだ


 
 「いつの日か、君に花を」第一章 [完]



- 35 -


戻る  |  次へ


表紙

TOP