世界が広がるほど縛られた
「それじゃ、次は霊圧を"抑える"練習しましょっか」
「大きくした次は小さく、ですか」
「はい。朝緋サン、力とは、強くて大きければいいってものではないんです」
「……ほう」
「弱い、小さな力も出せる。そうやって"加減"が出来るようになって初めて、その力が自分のものになるんスよ」
なるほど喜助さんらしい、先に理屈を説明して理解を深めさせてくれるやり方だ。道場の中央で向かい合って座ったまま話す彼は、どこか生き生きとした顔でこちらを見据えていた。その眼差しの奥には、確かな観察眼と洞察力が光っている。
「さっきと同じ要領で……これくらい小さく出せるように、出来ますか?」
「やってみます」
喜助さんの手の上には、掌に収まるくらいの小さな霊圧が集まっていた。確かに小さいけど決して脆くはない、これが力を制御しているということなんだろう。
彼のお手本を真似るように、私も同じくらいの小ささになるよう意識を向けて、霊圧を掌に集める。やがてイメージ通りの小さな光が掌に集まるけれど、「出来た!」と思ったのも束の間、すぐに霧散して消えてしまった。
あれ、と思わず口にして、もう一度挑戦してみる。しかし、幾度挑戦してみても小さな霊圧はすぐに消えてしまい、やはりこちらも"維持"が出来なかった。
「……さっきの比じゃないくらい難しいですね、これ」
「いやぁ、でも朝緋サン、筋はいいっスよ」
「……どの辺が?」
「朝緋サンの扱う霊圧は、未熟さから来る不安定な部分はありますけど、込められた力そのものにはブレが少ないんスよ」
「……うーん、それを聞いてもあんまりピンと来ませんね」
筋がいいと言ってくれる根拠を聞いてみれば、少しは解決するかと思ったけれど。褒め言葉のようでいて、どこか雲を掴むような説明だ。具体的に何が良いのかを聞いてみても、納得しきれない。結局、自分の感覚で掴むしかないのだろう。ええい、こんな時はトライアンドエラーだ。とにかくやって感覚を養うしかない。なんたって私はまだまだ初心者なのだから、数をこなしてなんぼである。
「浦原隊長、一つ聞いてもいいですか?」
「はい、なんでしょ」
「この霊圧制御は、どのくらいで出来るようになったらいいでしょうか」
「タイムリミットがあったほうが燃えるっスか?」
「……まあ、そんなところですかね」
勉強しかり、仕事しかり。明確な締め切りがあると、ぐっと集中力が増す。昔からそうだった。プレッシャーを与えられるほど、燃える性質。負けず嫌いな私が一番力を発揮できるのは、追い詰められた状況というわけだ。
「朝緋サン、負けず嫌いっスもんね〜。期限とか決めちゃうと、無理してでも乗り越えようとするでしょ」
「その方が性に合うんですよ。負けるもんか、って思えるのが一番の原動力になるっていうか」
「無茶しないって約束出来ます?」
「無茶しないと越えられないような課題が出てこなければ?」
「いやァ〜それはどうでしょ?」
「じゃあ、その時はお互い様ということで」
呆れたように笑う喜助さんに、私もつられて小さく笑う。限界を超えねば成長出来ない壁もあるということを、喜助さんも分かっているんだろう。彼の軽口の裏には、私が無茶をすることへのやりきれなさのようなものが滲んでいた気がした。
今どき、無茶をするなと言ってくれる上司がいる職場は貴重である。当たり前に限界を超えることを要求してくる現代社会で育った私には、些か彼の優しさはむず痒い。
「ひとまず、三日にしましょうか。それ以降はボクがやり方を変えて教えます。それでどうっスか?」
「あれ、意外と長めですね。てっきり今日中とかって言われるかと思ってました」
「霊圧を抑えるって、実はかなり高度な技術なんスよ。見た目は地味だけど、"意図して弱さを保つ"っていうのは、むしろ強さの証でもあるんス」
「……なるほど、つまりそんなに簡単には行かないんですね」
三日、か。三日のうちに、霊圧を抑えられるようにしなくては。かつて現実世界で何度も味わった、仕事の期限を言い渡された時の背筋がヒリつくような感覚。時間はあるけれど、三日とは言わず一日半、明日の午後には出来るようになりたい。負けず嫌いに火がついたように、私は再び目を伏せる。心の中にイメージを描いて、もう一度霊圧を小さく維持する練習に取り組んだ。
***
「……今日はここまでにしましょうか」
「……はい」
夕暮れの光が道場に差し込む頃、そう声をかけられて私は小さく頷いた。
――出来なかった。今日は一度も“抑えて維持する”ことは成功しなかった。何度も、何時間も挑戦したけどダメで。コツも上手く行きそうな感覚も掴めなかった。
はあ〜〜、と、心の中でため息をつく。やる気だけが先行して上手くいかない時、重く捉えすぎるのが私のよくないところだ。悔しいけれど、まだ落ち込む段階じゃない。いち早く霊圧操作を習得する為に、何が出来るか、何をすべきかを考えよう。
悔しさは小さな吐息と共に吐き出して、すっと目を開く。黄金色に照らされた喜助さんを、力強く見据えた。
「浦原隊長、明日もお願い出来ますか?」
「もちろんっスよ。朝緋サンの基礎が出来上がるまでは毎日修行にお付き合いするつもりっスから」
私の死神修行のために、ある程度スケジュールは調整しているのだという。隊長であり局長という、ただでさえ多忙な立場なのに。私のせいで余計に忙しくさせてしまうのではないか、そんな不安がずっと喉元で留まっていたけれど。どうやら彼自身に負担はかからないように調整してるらしい。
喜助さん曰く、「朝緋サンがどっちを選んでもいいように事前に準備してたんで、気にしなくていいっスよ」と。たしかに、用意周到で何手も先を読む彼のことだ、私が死神になるかならないか、どちらでもいいように準備してたというのは納得が出来る。
「……お世話になります。明日も、よろしくお願いします」
道場の戸を開けて廊下に出ると、師走の風がぴりりと頬を刺した。立ち止まって隣に立つ喜助さんの方へしっかりと向き直り、深々と一礼する。
挨拶と感謝は最低限の礼儀だから。ましてや、隊長から直々に教わるのだ、これだけは忘れないように、欠かさないようにしよう。そんなことを思いながら、凍てつくような寒さが吹き付ける廊下を進んだ。
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