一緒に終末を過ごしませんか
――バシッ!
「〜〜〜っ、!」
「!すいません、」
脳天に雷が落ちたような衝撃が走る。星が飛ぶってこういう感覚だったっけ、と妙に冷静に思いながらも、叫び声にならない呻きだけが喉の奥から漏れ出る。私の竹刀は彼の容赦ない一撃を受け止めきれず、空中でくるくると見事なアーチを描いて飛んでいった。
目の前には、こちらに向かって勢いよく振り下ろされる竹刀が、まるでスローモーションのようにゆっくりと迫ってきていて。あぁ、こりゃモロに当たるだろうなぁ、なんて、まるで他人事みたいに思って身構えたその刹那。彼の表情が強ばり、眉間に皺を刻んだかと思えば、竹刀の鋒がわずかに逸れる。彼が咄嗟に力を緩めたその動きが、やけに鮮明に焼きついた。
――痛い。かなり痛い。言葉にならない呻きを噛み殺しながら額を押さえる。その瞬間、痛みに加えてさらに自分の失態への情けなさが一気に込み上げてきて。ぐしゃっ、と前髪を握りしめた。……はぁ、何やってんだ。
「だ、大丈夫っスか?」
「……っ、大丈夫です。油断した私が悪いので、」
「でも、結構すごい音が――……」
私の様子にただ事じゃないと感じたのか、覗き込むように屈んだ彼の声がすぐ上から聞こえてきた。大丈夫、大丈夫。こんなのは直後が強烈に痛いだけで、すぐに痛みは引くはずだ。ほら、肘とか足の小指とか、ぶつけたらめちゃくちゃ痛いけどすぐに治まるでしょ?あれと一緒だ、うん。
心配させないよう痛みを誤魔化して、頭上にあるであろう彼の顔を見上げた。すると、思ったよりも顔が近くて「わ、」と小さな声が漏れる。――しかし、驚いたのは私だけではなかった。
「!……っ、」
「………?」
「………」
「……浦原隊長?」
私の顔を見た彼が、はっと息を飲んだのがすぐに分かった。目を丸めてぴしっと動きが止まり、言葉もなくただ一箇所をじっと見つめている。
その視線の先は辿るまでもない。――擬似虚との戦いで出来た額の傷跡が、握りしめた前髪の隙間からでも見えたんだろう。……いやいや、ちょっと待ってくれ。修行を始めてから今まで、特にこの斬術の稽古が始まってからは散々傷ついてきた。腕とか見えるところに痣だってあるし、毎度怪我が増えてることぐらい彼だって知っている。その度に口で心配する事はあっても、顔色を変えたことなんてなかったのに。そんな彼が今、あからさまに気まずそうな顔をしている。眉間に皺を寄せて、バツが悪そうにぎゅっと唇を引き結んで、慈しむような目で。私の額にある、生々しい傷でもなく、ただの傷跡を見ている。
「……もしかして、浦原隊長も『女が顔に傷を作るもんじゃない』……とか思ってます?」
「あ、いや……」
ぴくり、と。彼の肩が僅かに弾む。
「……ありがとうございます、気にかけて下さって。でもこれはね、私が頑張った証なんですよ。お転婆な私の、勇気の証なんです」
「………」
「だああ、もう!いいんですって、私はこれっぽっちも気にしてないんだから。そんな顔しないでくださいよ、ほら、笑った笑った!」
「い、いひゃいっすよ、」
燃え尽きた炭のように覇気のない顔に向かって、むにっと頬を摘んで無理やり口角を上げさせる。心配も気使いも嬉しいけど、でも私は、そんなしょぼくれた顔よりも笑ってる顔の方が見ていたいよ。貴方の笑顔が好きなの。
「顔の傷がなんだってんですか。そもそも、顔というか頭は急所なんですから狙われて当然でしょう。私を鍛える側のあなたがそんなの気にしてどうするんですか、戦いはそんなに甘いもんじゃないでしょう?ええ?」
「そりゃそうっスけど、」
「浦原隊長が優しいのは分かってます。でも私には、遠慮も配慮も必要ありません」
「――!」
「ビシバシ鍛えて下さいよ。そのつもりで来てますから」
「……今でも、それなりに厳しくしてるつもりなんスけど…、」
「あら?そうでしたか。でも、まだまだいけますよ」
服の下に隠れている打ち身も痣も擦り傷も、一旦は全部無かったことにして、ピカーっと光るような笑顔を向けた。きっと彼のことだから、出会って数ヶ月の女に対して一切の配慮も抱かずに接するなんて難しいだろう。それを否定してる訳じゃない。ただ私は、ゆくゆくは、貴方の手となり足となり、命を賭して戦う“駒”になるのだから。貴方は戦場で生まれる温情なんてものを、最も嫌うタイプでしょう。……未だに気を使われているという事実に、チクリと胸が傷んだ。
それでも私は、えっへん、と言わんばかりに。竹刀を片手に携えたまま両手を腰に当てて胸を張れば、彼は僅かに目を細めた。そして、いつものように片手で頭の後ろをガシガシとかきながら、気まずそうに私から目を背ける。
「無茶言わないで下さいよぉ。それ以上朝緋サンの傷が増えたら、ボクがひよ里サンに怒られるんスから」
「あはは、そりゃ困ったな。あ、じゃあ先に回道のお勉強しましょうよ」
「んー、まぁ確かにそれはアリかもしれないっスね」
「でしょう?ささっと治しちゃえばバレませんって」
「いやぁ〜、でもボク、回道は扱えないから教えられないんスよ」
「な、何ですと……!じゃあ、どうやってひよ里さんを黙らせるか考えるか……」
「論点ズレちゃってるじゃないスか」
そういえば、私の怪我が増える度に、ひよ里は「根性が足りてへん!」とか「そんなもんやったんか!」とか言ってきてたな……私がそれを笑って適当に返していた裏で、彼曰く「朝緋の事なんやと思てんねん!この前まで大怪我して入院してたん忘れたんか、このハゲ!」と小言を言われていたらしい。いやぁ、なんだか二人に悪いことしちゃったなぁ。ひよ里にもちゃんと元気なところ見せないと。
「……ああ、それと。この際だから言っておきますけど、」
「……?」
「私は、正義感とか献身とか、そんな理由で強くなろうとしてる訳じゃないですよ」
「……ありゃ。ボクはてっきり、朝緋サンならそう言うのかと思ってましたけど」
「違いますよ〜、そんなんじゃない」
私は軽く肩を竦め、視線をまっすぐに彼へ向ける。
「自分に負けたくない」
「――…」
「私は、誰よりも強くて格好いい女になるんです」
「………」
「夢はでっかくなきゃ。一度きりの人生ですし」
「………」
「……ってあれ?聞いてます?」
「ええ、聞いてますよ」
「なんだ、吃驚した。もう、何か言ってくださいよ」
「いえね。……いや、うん。なんでもないっス」
「……?」
静かに、けれど、真っ直ぐに。そう口にすると、彼の瞳がふと揺れた気がした。何かを言いかけて、けれど飲み込んだその沈黙。彼がそんな曖昧な態度をとるなんてあまり見た事がない。
……一体、何を思っていたんだろう。何言ってんだこの女、とでも思われてしまっただろうか。あぁ、なんか恥ずかしくなってきた、なんて考えているうちに。上から大きなため息がひとつ。
「……はぁぁ」
「……?」
「そんじゃもう一回、やりましょうか」
「……はい?ええっと、お願いします」
「お望み通りビシバシと、今日はもう立てなくなるぐらいまでお付き合いしますよ」
「……え゛」
先程の沈黙はどこへやら。彼はしれっとした顔で竹刀を拾い上げ、涼しい顔で構えを取った。――そして宣言通りに、いや、私の希望通りに。日が暮れるまでたっぷりとしごかれ、私がボロ雑巾のように道場の天井を仰ぐまで稽古は続いた。
……も、もしかして私、とんでもない人に喧嘩を売ってしまったんじゃ……?(滝汗)
***
茜が差す空、浮かんでいる雲は夕陽で染まり、美しい紅霞が広がっていた。稽古が終わって道場の外に出てみれば、中庭は見違えるように深い雪が積もっていて。せっせと雪かきをしている十二番隊の人に声をかけて道具を借り、疲労の滲む身体を労りながら、彼らに混ざって雪かきに参加する。
ざく、ざく、とスコップで雪をかき分けて、捨て場になった雪山に投げ捨てる。しっとりと水分を含んだ雪は重たくて、でも、限界まで竹刀を振るった腕ではもはや何とも感じなかった。もちろん体はしんどいし、疲れている。けれど、悴む手に息を吐きながら懸命に雪かきをしてるのを見てしまったら、自分だけ部屋に帰って休む気にはなれなくて。雑用係をしていた頃の記憶は曖昧になりつつあるというのに、下っ端根性だけはまだまだ健在だった。
「眠い……夜ご飯、何食べようかな」
最近は食堂に行くのも億劫で、局員達が差し入れてくれたお茶菓子で空腹を誤魔化す日が続いていた。鍛えてるんだからしっかり食べないと、と思う反面、自分のことになるとつい疎かになってしまう。自炊をすればいいって?はは、ご冗談を。自室に戻ってやる事を終えたら泥のように眠るのが習慣になりつつあった。
ざく、ざく。……ああ、でも、たまには人が作ったご飯が食べたいなぁ……。
――ドシャ!!
「ぶへぇっ!?」
「……あ、」
スコップで掬った雪を捨てようとした時。考え事をしていたせいでつい、とんでもない方向に投げ捨ててしまったのだが。
(……やっべ)
「………」
「……ゆ、雪も滴るいい男を演出してみようかと……」
「……ほんで、かっこよぉなったんかい、俺は」
「も、もちろん!」
「せやねん、俺は元からな……ってんなわけあるかボケ!!」
投げ捨てた先、そこにはちょうど真子さんが立っていた。ものの見事に頭から雪を被った彼は、美しい長い金髪が雪に隠れ、隊長羽織も相まって全身真っ白だ。不格好な雪だるまみたい。そして、どうやら雪が服の中にまで入り込んだらしく、「ギャーッ、冷たァ!!」と、軽やかなステップで跳ね回っている。とてもあれが護廷十三隊の隊長には見えない。周囲の隊士たちも「え、何あれ……」みたいな目で見ている。もちろん私もその内の一人だけど。
雪を払い落としている真子さんに「……いやぁ、アハハ、わざとじゃないんですよ。ちょっと上の空だっただけで」と声をかければ、彼は思いきり眉間に皺を寄せて大きなため息を吐いた。
「そないにボロボロな体で雪かきさせられとるとは、十二番隊は人使い荒いなァ」
「違いますよ、私がやりたくてやってるだけです」
「そーか、そらご苦労なこった」
「真子さんこそ、何の用です?ひよ里さんも浦原隊長も、こっちには居ませんよ」
「アホ。お前が見えたから、わざわざここまで来たんや」
「……はあ、そうですか」
「ほれ。これ、喜助に渡してき」
ひら、と数枚の書類を差し出され、おずおずと受け取る。別に、ここまで来たなら自分で渡せばいいじゃないか。急いでる様にも見えないし、私に頼む程のことじゃないだろう。――もしかして、“これで喜助んとこ行く口実が出来たやろ”的なこと?……はぁ、まったく。余計なお世話だと何度言えば伝わるんだこの人は。受け取った書類をきゅっと握りしめて、小さく息を吐いた。
「自分で渡しに行けばいいじゃないですか。何故私が」
「誰かさんのせいで雪まみれやからな、俺は」
「……(そりゃそうだわ)」
「あーあ、死覇装も隊長羽織も濡れてもうたなァ」
「……………すんません」
「なっがいな、間が。しゃーなしで謝ったやろ」
「い、いえ。そんなことは」
「はぁ。もうええから、はよ行き」
そう言って、まるでさっさとしろと言わんばかりに、くいっ、と顎で隊舎の方を指し示す。不服ではあるが、まぁこれ以上気にするのも野暮というもの。「それじゃ、失礼します」と一応真子さんに一礼をして、隊舎に向かうべく歩き出したところで。普段より低い声で名を呼ばれ、反射的に振り返った。……ん?何だ?
「……朝緋」
「はい――っ、ぶへえぇ!」
っ、冷たぁあ!!!な、なに……!?
「油断したらアカンで、まだまだ鍛え方が足りひんのちゃうか?」
「……っ、こんのやろ!」
「ふん、残念やったなァ!お前のへなちょこ投げに当たるわけないやろ!」
「はん!あなたは私がどれだけ鍛えられているか知らないでしょう!今こそ積年の恨み辛みを――!」
「お前がいくら鍛えたとて俺に当てれるわけないやろ!ちゅうかなんやねん、俺はお前に恨まれるようなこと――ぶふぉ!!」←屋根の雪が落ちてきた
「――!」
「………」
「っぷ、っ、くく……っ、あはは……!」
まさか真子さんがやり返してくるとは思わず、そこから戦いの火蓋は切って落とされ、低レベルすぎる雪合戦が始まった。知ってると思うが、私は大の負けず嫌いだ。売られた喧嘩は買いますとも、ええ。
そうしてお互い遠慮なしにビュンビュンと手元の雪を投げ合っていたのだが、突如として屋根から落ちてきた雪に真子さんが埋もれたことで事態は収束した。ドカッと大量に落ちてきた雪のせいで、真子さんは漫画のようにピクピクと動いている。やっべ、面白すぎて笑いが止まらない……!お、お腹痛い……!!
「鍛え方が足りないのは真子さんじゃないですかぁ?雪だるまみたいで可愛いですよぉ。写真に撮ってあげたいくらい」
「っうるさいわ!ええからはよソレ渡してこんかいボケェ!」
「は〜い、そんじゃ失礼しますね、“平子隊長”」
辛うじて頭だけ出ている真子さんをニタニタと見下ろす。いやぁ、普段見上げるしかない人をこうして下に見て揶揄えるのは気分がいいなぁ。あはは、写真に撮ってひよ里にも見せてあげたかったのに、手元にスマホもカメラも無いのが残念だ。
先程までの疲労はどこへやら。軽い足取りで喜助さんのいる局長室へと向かった。うん、心做しか体も軽くなった気がする。
「……なんや、思てたより元気そうやんけ」
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