一緒に終末を過ごしませんか
――コンコン
「浦原隊長、翡葉です。書類をお届けしに来ました」
「………」
「……浦原隊長?いらっしゃいますか?」
「………」
「(聞こえてないのかな…)……失礼します」
ガチャ、とドアノブを回して局長室の扉を開ける。ノックをしても声をかけても、反応が返ってこないことは稀にある。そういう時は鍵が開いてれば入っていいと言われているので、遠慮無しに局長室へと踏み入った。すると、外はもう日も落ちて月が明るくなってきた頃だというのに、室内には明かりがなく薄暗い空間が広がっていた。
前方に見える机に伏せている背中に向かって「浦原隊長?」と声をかけてみても反応がない。恐る恐る近づいてみれば……
「………」
「(……ね、寝てる……!)」
薄く開いた口で深い呼吸を繰り返し、すぅすぅと寝息を立てている喜助さんの姿があった。机の上には資料やら道具やらが散乱したままで、その上に倒れ込むように顔を伏せて寝ていた。……寝落ちしたのかな。まぁ、日頃から睡眠が足りているようには見えないし、こうして局長室で寝てしまうのは彼にとって日常茶飯事なのだろう。しかし、一介の平局員の私が、そんな場面に遭遇することなどありえない話で。彼が眠っているのを目の前で見るのはこれが初めてだった。
私がすぐ傍に立っているというのに、身動ぎ一つもせず寝入っており起きる気配が全くない。うーん、こりゃだいぶ熟睡してるだろうし、起こすのも忍びないなぁ。仕方がないので、ガサゴソとポケットを漁ってメモとペンを取り出し、ささっと言伝を書き留める。彼がすぐ気がつくようにと、散らかった机の分かりやすい場所へ書類と書き置きをそっと並べた。
「………」
「……(可愛い、なあ)」
あまりジロジロ見てはいけない、と思いつつも。無防備に寝ている彼の姿からはどうしても目が離せない。意外と睫毛が長いなぁ、とか、鼻が高いなぁ、とか。薄暗い室内、あまりはっきりとは見えないけれど、この先見ることはないかもしれない彼の寝顔を目に焼き付ける。
『寝顔が愛おしいと思える人と一緒になるといい』だなんてことを、昔見たテレビドラマで聞いたことがある。それはつまり、きっと、寝顔を愛おしく思える人ならば、どんなことがあっても許すことが出来るから。人生の伴侶にはそういう人が良いとか、そんな意味なんだろう。しかしまあ、人の寝顔なんて家族でもなければ簡単に見れるものじゃないのだから、寝顔を晒せるくらいの関係になるまでが一番難しいだろうと。そんな屁理屈を捏ねて、友人たちと恋愛トークに興じていたのを思い出す。
「………」
浦原隊長は、私が思っていたよりもずっと難しい人だった。何を考えてるか分からないし、それを探ろうと思っても、簡単には踏み込ませてくれない人。おおらかに見えて、それは愚鈍なフリをしているだけで隙なんて一切ない。そんなのは最初から分かっていたけど、やはり、先を捉えすぎてしまう彼の行動を見て、一から十まで察して動くのは中々どうしたって、関係の浅い私では難しい。
しかし、こうして眠っているのを傍で見ると、彼がただの人であるのを嫌でも思い知らされる。何を考えているか分からない、建前ばかりの人だけど。そんな彼が本当は誰よりも人間味のある性格なのを知っているから。人間らしい人の人間らしい部分、この無防備な寝顔に、どうして『愛おしい』以外の感情を抱けるだろう。愛おしい、守りたいと。そう思わずにはいられない、ずっと見ていたい寝顔だ。私はこの先の人生で、こんなにも愛おしく思う寝顔を見ることはおそらく無いだろう。それはすなわち、私にとって、全てを許せるぐらい愛情で包み込める相手は、生涯にこの人以外は存在しない、ということで。
「……いつも、お疲れ様です。ゆっくり休んでくださいね」
自分の着ていた羽織を脱いで、そっと肩にかける。今晩は一段と冷え込むのだと、他ならぬ彼が今朝教えてくれたから。寒さで目を覚まさぬよう、せめて少しでも長く寝られたらと願って。愛おしい寝顔を名残惜しく感じながら、緩んだ口元を誤魔化すように手の甲で隠し、薄暗い局長室を後にした。
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