黄昏が囁いた




 なぁにが『似合うとらんで、その短い髪』だ!人様の容姿について言及するなんてデリカシーが無さすぎるだろ。お母さんに教えてもらわなかったのか?それじゃあ私だって「そのロン毛似合ってないですよ」って言ったっていいんだぞ。似合ってるかどうかなんて聞いてもないのに、余計なこと言いやがって……ああ腹立つ!


 ――バシンッ!!

「〜〜〜っ痛ぁ!!」
「……何やってるんスか、いきなり自分の頬叩くなんて。怖いっスよ朝緋サン」
「き、気合いを入れようと思ったら……あ、案外自分の力が強くて……」
「(こんだけ毎日特訓してるんだからそりゃ強くなってるでしょ)」


 金髪ロン毛の言葉がぐるぐると頭の中を過ぎる。言われた言葉もそうだし、それを忘れて切り替えられない自分にも腹が立つ。修行の最中に他人の言葉に気を取られるなんて私の方こそデリカシーが無い奴になってしまう。そう思って気合を入れるため勢いよく頬を叩いたのだが、思ったよりも力が強くてビリビリとした刺激が顔中に広がる。痛む頬を擦りながら彼の顔を見上げれば、呆れたように肩を竦めていた。


「よ、よし。さあ、続きいきましょう、浦原隊長」
「平子サンとなんかあったんスか?」
「……!」
「朝緋サンって、あからさまに平子サンのこと遠ざけてますよね」
「そりゃ、まあ。当たり前じゃないですか」
「……なぜ?」
「苦手だからですよ。とっても、すごく」
「え、ええ……そうだったんスか……」
「ほら、あんな金髪ロン毛のことなんかどうでもいいんで続きやりましょうよ」


 催促するように私が構えをとれば、おずおずといった様子で喜助さんも構える。一呼吸置いた後に、彼に向かって真っ直ぐに踏み出して拳と蹴りを打ち込んでいった。白打の練習は始めたばかりで、まだまだ下手くそだ。それでも、浦原喜助に修行をつけてもらうなら白打は上手くなりたいし、何より、剣もいいけど拳で戦えるのもかっこいいから。私の脳裏に強烈に焼き付いている、彼の幼馴染を思い出す。


「せいっ!」
「……」
「やあっ!」
「……全然届いてないっスよ、ホラ」
「っ、今度こそ――!」
「そっちじゃないっスよん」
「ぐっ……!」
「あともう少しなんスけどねぇ」
「浦原隊長、避けるの上手すぎませんか……!ぜんっぜん、当てれる気がしないんですが……!」


 ゼェハァと肩で息をする私を他所に、彼は涼しい顔で悠々と立っている。そんなすぐに上達するとは思ってもないけれど、全く攻撃が当たらないというのは流石に悔しい。ぎゅっ、と膝元を握ってしばらく俯いていると、不意に名前を呼ぶ明るい声が頭上から降ってきた。


「朝緋サン。追いかけっこしましょっか」
「……はい?」
「ルールは簡単。朝緋サンが鬼で、ボクを捕まえてください。ただし、お互い走るのは禁止で、歩きながらにしましょ」
「え、あ、歩きながら……でいいんですか?」
「ハイ。ボクの手でも服でも、掴めたら勝ちです」
「そんなの余裕じゃないですか」
「……さあ?案外難しいと思いますよん。ま、やってみましょうか」


 突拍子もない提案に驚きつつも、“歩きながらの追いかけっこ”なんて生ぬるい提案に興味をそそられて乗ってみる。そもそも、歩きは追いかけっこになるのか?なんて悠長に考えながら、人一人分の距離が開いた状態で喜助さんを追いかける。服を掴むだけでもいいと言っていたし、こんなのすぐに出来るに決まってる。

 ――と、最初はそう思っていたのだが。これが不思議なことに『全く捕まらない』のである。かれこれもう五分は必死に歩いて追いかけているのだが、一向に捕まえられる気がしない。何これ、めっちゃ難しいんですけど……!


「……」
「……」
「っ、あーもう!全然捕まらない!なんで!」
「ね?言ったでしょ、案外難しいって」
「追いかけっこなんて逃げる方が有利すぎるんですよ。逆にしません?」
「お、いいですよ。それじゃ、ボクが鬼で」
「よぉし、かかってこい!」
「――はい」
「え、ちょ、は、早すぎません!?」
「え〜、じゃあもう一回やりましょうか?」


 ニコニコと楽しそうに目を細めて聞いてくる彼は、どこか悪戯を楽しんでいるようにも見える。ふん、そりゃそんだけ圧倒的な差を見せつけて捕まえられたら楽しいでしょうなぁ!と、つい意地になってしまう。まったく、私は本当に単純な人間だ。


「一応確認ですけど、私の知らないところでなんかしたとかじゃないですよね?」
「当たり前じゃないっスか。そんな卑怯なことしませんよ」
「(どうだかな……)」
「ちょっと、なんスかその目は」
「……いんえ、別に。じゃあ、もう一回お願いします」
「はーい。んじゃ、行きますよ〜」
「(今度こそ逃げてやr)」
「はい、捕まえた」
「………なんで?」
「さあ、なんででしょ?」


 もう一度やっても、およそ十歩も歩かないうちに捕まる。条件は同じはずなのに、喜助さんは捕まえるのが早すぎる。もはや早すぎて、五分も捕まえられなかった私との違いがなんなのか、まるで分からない。ひとしきり頭を悩ませたあと、顎に手を置いたまま、ぱっと彼の方を見上げた。


「浦原隊長、もう一回私が鬼やるんで逃げてくださいよ」
「ええ、もちろん」
「(落ち着け、集中しろ――考えるんだ)」


 私が出来なくて彼が出来ることは、山のようにたくさんある。しかし、きっと、こんな単純な『追いかけっこ』でここまで差が出るのは、私がなにか重要な事を見落としてるに違いない。今まで彼から教わったことを一つ一つ思い出して、彼の言葉を噛み砕きながら、スタスタと前を歩いて逃げる彼の後を追う。
 右へ左へ、上手いこと方向転換をして私の追求から逃れている。そのタイミングが絶妙で、私が捕まえられる!と思って手を伸ばそうとした瞬間だったり、不意を突かれたりして上手いこと躱されてしまう。うーん、私と何が違うんだろう。……いや、喜助さんはどうやって、私を捕まえたんだろう。ただ追いかけて、じわじわ距離を詰めて捕まえた訳じゃない。むしろ、そんな時間はなくて、喜助さんは私が動いたタイミングで一発で捕まえて――……


(そういうことか……!)



「っ、捕まえた!」


 ――よく見て、考えて、手を伸ばした。そうして私の手はしっかりと、彼の右手を捕らえている。


「おお、お見事!ちゃんと気がついたみたいっスね」
「はい、お陰様で。……随分時間はかかりましたけど」
「いいんスよ、貴女が自分で考えて気がつくのが目的だったんスから」
「………」


 こてん、と首を傾げて「もっと喜んでいいのに」と言う彼に「これでも喜んでますよ」と返せば、彼はふっ、と息を吐いて柔らかく微笑んでくれた。……今日は随分、彼の笑顔が見れるなぁ、なんて。あまり直視ができなくて、私もふんわりと笑って誤魔化した。


「朝緋サン。貴女はこの二ヶ月、ボクの予想を遥かに超える成長速度で教えた事を吸収しています。斬術も、鬼道も、白打も、まだまだ見習い程度ですが『一通り扱える』と言っても差し支えないでしょう」
「……はい、ありがとうございます」
「そんな貴女に圧倒的に欠けているもの、それが『経験』なんス」
「………」
「『経験』を補うには、『知識』が必要っス。知識とは色々ありますが、最も有効なのが“相手を知る事”。観察して、動きを捉えて、『予測』するんスよ」
「……浦原隊長があんな一瞬で私を捕まえられたのは、私がどう動くかをよく知ってるから。私が捕まえられなかったのは、浦原隊長の動きを見てないし、予測もしてなかったから……って事ですよね」
「その通りっス。よく気が付きましたね」


 喜助さんは追いかける側になった時、私の動きに翻弄される事なくすぐに捕まえていた。それは、私が動くタイミングと方向を予測、あるいは先読みしていたんだろう。だから十歩も歩くまでもなく捕まえることが出来たのだ。それに気がついてから実際に先読みをして彼を捕まえるまでには、かなり時間がかかってしまったけれど……どうやらそれが正解だったらしい。彼の意図を上手く汲み取れたことに、一先ず安堵する。
 
(あれ、でも。だとしたら……)
 

「……もしかして今日、ひよ里さんと組み手をしたのもそれに気が付かせる為だったんですか?」
「まぁ、相手の動きをよく見る練習になればいいなぁ、とは思ってましたよ」
「……すみません。やらなきゃやられると思って必死で、そこまでは……」
「いやぁ、いいんスよ。ひよ里さんとしっかりやり合えた事もボクは嬉しいっスから」
「やり合えた……んですかね。ひよ里さん、かなり手加減してくれてましたけど」
「それこそ、ひよ里さんが本気だったら今日が朝緋サンの命日になってますって」
「こ、怖いこと言わないでくださいよ……」


 それからの朝緋サンは、不慣れながらもボクの動きを予測して立ち回るようになった。今までかすりもしなかった彼女の打撃が、ちゃんと躱さないと危ないな、と思わされるぐらいには、しっかり狙いを定められてきている。……朝緋サンはいつもそうだ。自分の中で掴んだ『感覚』を、理屈や実際の動きと結び付けて納得出来れば、そこからの習得はとても早い。飲み込みが早い、というよりは、“自分の形にするのが上手い”というべきか。それはきっと、彼女の努力の証でもあるんだろう。

 夕暮れになり、ボクとの修行を終えた彼女が「今日もありがとうございました」と一礼して立ち去っていく背中を――体中の怪我と痛みを庇うような、少しだけ不自然な歩き方で去っていく彼女を見送りながら。そういえば、出会った頃も左手の火傷を庇って不自然な動きをしていたなぁ、と。倉庫整理をしていた彼女が持っていた重たそうな箱を、咄嗟に奪ったのを思い出す。


 
「……もうそろそろ、潮時っスかねぇ」



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