タイムアウトの続き




 ガン!ガン!と激しく木刀がぶつかる音が何度も響く。打ち込んでも打ち込んでも、彼は涼しい顔のままで攻撃が届くことはない。……私の“本気の一撃”は、まるで埃でも払うかのように、簡単に片手で往なされてしまう。


「いやぁ、随分力も強くなったっスねぇ。一撃が重たくなりましたよ」
「っ、全然、重たく感じてるようには……見えませんけど……ねっ!」
「いやいや、ホントですって。……っと、危ない」
「――!」


 木刀が弾かれ、重心が揺らぐ。その瞬間すら見透かしたように、彼の刃が横から迫った。反射的に飛び退くと、風が頬をかすり髪が揺れる。


「相変わらず、反射神経は抜群っスね」
「まぁ、私もまだまだ若いので」
「ええ〜?ボクだってそれなりに若手っスよ?」
「やだな、誰も浦原隊長が歳をとってるなんて言ってないです……よ!」


 空間を切り裂くように木刀を振り払う。しかし、繰り出した一太刀は弾かれ、手の中で木刀が跳ねた。その反動を利用し体を反転させ斬りかかろうとするが、彼の気配はすでに視界の外へ消えていた。

(――っ、後ろか……!)

 完全に動きを読まれていた。咄嗟に片手に持ち替え、右腕を引いて振り払おうとした瞬間。柔らかく、だが確かな力で木刀を握る手ごと掴み取られる。


「いい切り返しだったんスけどね。殺気でバレバレっスよ」
「そ、んなこと言われたって……!」
「ホラ、早く抜け出さないと。実践だったら死にますよん」
「っ、じゃあ離してくださいよ」
「え〜、嫌っス」
「……そんじゃ、力づくで……!!」


 体を落とし左手を床に着き、全体重を預ける。そして、浮いた足で下段へ回転蹴り。足払いのような一撃に、彼は掴んでいた私の右手を離して、ひらりと飛び退く。すぐさま体制を立て直して、そこへ踏み込み木刀を横一文字に振り抜いた――が。
 木刀はただ空を切るのみ。彼はわずかに体を引いただけで、刃は届かない。


「驚いた、力づくなんて嘘じゃないっスか。いつの間にそんな事出来るようになったんです?」
「回し蹴りの事ですか?貴方がいつもやってる事でしょう」
「あれ、ボクの真似だったんスか!?」
「『見稽古』って言って下さいよ」
「なるほど、やっぱり朝緋サンは優秀っスねぇ」
「……そりゃ、どーも!」


 彼はいつもと変わらず、口調は軽いまま。しかし、実際はその立ち位置も、刃の動きも、全てが計算され尽くしているのだ。……上手いこと、私に間合いを詰めさせないように立ち回っている。この数分間、何度木刀を振るっても“届かない”という事実だけが積み重なるばかり。


(私が優秀なら、とっくに勝負はついてるってば)
(……一太刀どころか、かすりもしない)


 チラ、とタイマーを確認すれば、残り時間は半分を切っていた。――焦りと一緒にじんわりと、口の中に血の味が広がる。

 でも、諦める気はない。体勢を低く保ち、勢いよく地を蹴って飛び上がる。大きく振りかぶって彼の頭上の遥か上から木刀を振り下ろす――ように見せかけ、人差し指を彼に向けて突き指した。

(――試してみる、か)
 

「破道の四、白雷!」
「――!」


 一筋の稲妻が、彼の眼前に響き落ちる。雷鳴が木霊するうちに、横から薙ぎ払うように一撃を打ち込んだ。しかし、すんでのところで彼も同じように地を蹴り、その場でぐるりと後ろへ飛び退く。ひらりと舞う隊長羽織の影から飛び出した、容赦ない突きが脇腹に深く刺さった。


「――ぐっ、!」
「ハァ。……まったく、いつも言ってるじゃないっスか。攻撃が実際に当たるまで、油断しちゃダメだって」
「……、ちが、」
「……何が?」
「白雷は、囮です。……当たるなんて、最初から思ってなかっ……、いてて」


 脇腹に走る痛みに、思わず顔が歪む。はは、真剣だったら内蔵までいかれてただろうなぁ、と。身が震えそうな痛みを想像して、冷や汗が滴り落ちた。


「……まぁ、その次の薙ぎ払いもお粗末な一撃だったっスけど。鬼道を混ぜて攻撃に転じたことは褒めてあげましょ」
「……いいです、褒めなくて。焦って失敗したんで」
「相変わらず頑固っスね……」


 制限時間が刻一刻と迫っている。痛みで手を止めてる場合なんかじゃない。……脇腹に添えていた手を離し、両手で木刀を握って構えを取る。上がり始めた息を整えるように、小さく深呼吸した。


「朝緋サンの“どうにかしたい”って気持ちはすごく伝わってきます。……だけど、そう焦ってばかりじゃ戦いには勝てないっスよ?」
「っ、戦術は教えてくれなかったくせに、」
「え〜?そこは『見稽古』してないんスか?」
「そんな事言うなら、是非とも浦原隊長が何を考えて戦ってるのか、頭の中を覗かせてもらいたいものですけど――ね!」

 ――ビュッ
 ――ガン!!
 

 言いながら、真正面から斬り込んだ。全身の霊圧を込めた押し込むような一撃に、木刀同士が弾ける音が響く。その瞬間、彼が初めて、わずかに体勢を崩した。

(今――!)

 ――鍔迫り合いは、体格の小さい私の方が不利だ。ならばそれを利用すればいい。
 
 全力を込めていた手元から、ふっと力を抜いた。力を込めたままの彼は当然、拮抗していた私の力が無くなり前に倒れていく。大きく体勢を崩した彼に向け、ありったけの力を込めた一撃を振り下ろした。
 しかし、私の木刀は僅かに届かず、彼の羽織を捉えただけ。惜しい、あとほんの少し早く振り下ろしていれば――でも、まだいける。


「まだまだ……!」
「――!」


 前方に倒れる力を上手く利用した、彼の回転蹴りをすんでのところでしゃがんで躱す。そこへ大きく踏み込み、体重を預けた肘を鳩尾に向けて突き上げた。
 ドス、という鈍い音と共に、彼の口から僅かに息が漏れる。――やっと、当たった……!でもダメだ、全然浅い……!
 次の攻撃に転じようとした瞬間、視界の端に下から振り上げた木刀が迫ってくるのを捉えた。受け止める余裕は無く、飛び退いてそれを躱す。……あーあ、せっかく間合いを詰められたのに。どうやら、そう簡単にチャンスはくれないらしい。


「ふぅ〜、今のは危なかったっスねぇ」
「当たってたくせによく言いますよ」
「だからじゃないっスか。結構焦りましたよ」
「そんなニコニコしながら言われてもなぁ……」


 いつものように頭をかいてヘラヘラ笑う彼に、小さく溜息をこぼす。すると、これまでと同じ声色なのに、どこか鋭い彼の声が耳に届いた。
 
 
「おやおや。随分余裕そうじゃないっスか」
「いや、別にそんなこと、」
「分かってるんスか?……貴女は今、最大のチャンスを逃した」
「……!」
「ボクの間合いに入ってこれたのは、さっきの一度だけ。……十分経って、やっとの一回だ」
「……っ」
「あと五分でもう一度、そのチャンスを作れないと――負けますよ」
「――!」

 ――ガン!!


 ダッ、っと勢いよく距離を詰めてきた彼の斬撃に、咄嗟に構えた木刀で受け止める。しかし、彼の斬撃の威力は凄まじく、一気に壁側まで弾き飛ばされてしまう。


「ホラホラ、後ろがガラ空きっスよん」
「――っ!」


 飛ばされてる最中、背後からの気配。反応なんて出来なくて、背面からの容赦ない蹴りをもろに食らってしまった。まるでピンボールのように、元いた方へ蹴り飛ばされる。背に食い込んだ強烈な一撃に、かはッ、と反射的な嗚咽が漏れた。
 
 受け身なんかロクに取れなくて、ごろごろと床に転がる。やっと勢いが止まったと思った瞬間、眼前には真っ直ぐに突き刺そうと落ちてくる木刀の鋒。ひっ、と息を飲んで咄嗟に顔を背けて躱した。――ドスッと鋒が床に突き刺さる音が、生々しく耳元で弾ける。

 背中に受けた一撃で肺が苦しくて、喉が痺れたように上手く息が出来ない。げほげほと、酸素を求めて咳き込んで思わず口元を押えた。彼の白打をまともに食らったのは、これが二度目だ。痛くて苦しくて、全身から力が抜けていく。


「あ〜あ、まともに食らっちゃって。痛いでしょ?もう終わりにしときます?」
「……っ、だれが、もう終わり……だって、」
「がっかりっスよ。ちょっと白打で押しただけでコレなんスもん」
「っ、同じ手は、もう食らいませんよ……っ、安心、してください……っ、げほ、ごほ!」
「そんな集中切れた状態で、まだ続けるんスか?」
「ふ、……私の根性、舐めてもらっちゃ、困るなぁ」
「――!」


 仰向けの状態で掌を天に向けて突き出した。もう片方の手で腕を掴み力を込める。


「そんなの、ボクには当たらな――……」
「破道の三十一、赤火砲!」

 ――ドォオン!


 今の私が詠唱破棄で放つ赤火砲に、威力はない。けれど、私の狙いは彼ではなく、その先――“天井”を破壊するには十分で。煙が立ち込め、一時的な目眩しになる。崩れ落ちた破片に当たらぬよう、彼が一歩下がった事でよりスモークの役割が効き、彼と私は互いの姿を視認出来なくなった。その隙に、木刀を支えにして起き上がる。


 ――この勝負に、勝てなかったら。私が、死神に向いてないと判断されてしまったら。喜助さんとの死神修行は、これで終わりになる。そういう約束、いや、条件だったから。
 でも、自分から『死神になる道を選ぶ』と啖呵を切っておきながら『素養がなくて破談になりました』なんて、情けないにも程がある。ましてや、そんな状態で『今まで通り』に過ごすなんてもっと無理だ。そんな生き恥を晒しながら堂々としていられるほど、私の精神力は強くない。
 
 ……だって、そんなのずるいでしょ。覚悟も責任も手放して、愛だの恋だのに縋るなんて。……彼の期待に答えられず、努力不足で修行が終わりになったのに。ぬくぬくと技術開発局に残り続けるなんて、ダメだよ。そんな甘えた気持ちで生きていける世界じゃないだろう、ここは。
 
 強くなりたいんでしょ、自分で立てる力が欲しいんでしょ。死神になってあの人を支えて、寄り添っていくって決めたんでしょ。

 ――だったら、決めなきゃ。
 彼と、さよならをする覚悟も。

 負けたら、終わりにしよう。
 私の物語を。

 だから、諦めない。絶対に。
 負けない、負けてたまるか。こんなところで終われない!


「絶対に、負けない!!」
「――!」


 土煙が晴れないうちに、木刀を構えて彼の方へ駆け込んだ。息は荒く、額を伝う汗が顎から滴り、体に張りつく衣が不快なほど重たい。それでも、私の足は止まらない。――残り時間は、あと二分。

 踏み込み、突き、斬り下ろし――連撃。風を裂く音と、刃が交わる硬質な衝突音が連続して響く。
 だが、すべて受け止められる。躱される。鋭いはずの一撃も、打ち込んだ瞬間にはすでに見切られている。
 
 
「……いい顔してるじゃないっスか」
「浦原隊長こそ。……絶対に私を勝たせたくないって、意地悪な顔してますよ」
「ええ〜?そんなことないっス……よ!」
「――っ、」


 横薙ぎに払った私の一撃が、彼の強烈な打撃で撃ち落とされる。その瞬間、僅かにできた隙を見逃さず、足元へ払うように一閃。咄嗟に飛び退いて躱し、すぐに反撃に転じた。


「この期に及んでまだ斬撃の速度が上がるなんて、大したもんスね」
「はは、そりゃどうも」
「――けど、“速さ”だけじゃ届かないっスよ」


 踏み込み、斬り下ろし、返し、また打ち込む。けれど、攻めるたびに崩され、打つたびに読まれる。普段の修行では味わえなかった、骨の軋むような全力の攻防。
 ――たった一撃でも受けてしまえば崩れ、チャンスは作り出せない。タイマーに表示された四桁の数字には、0が二つ並んでいる。絶対にミスは許されないという緊張感と、毎秒迫る終焉に焦燥が喉を焼く。けれど、そのプレッシャーがむしろ、心を研ぎ澄ませた。

 弱気になるな、止まるな、振り返るな。前だけ見ろ。
 何としても私が勝つ、絶対に負けない――!!


「“速さ”だけじゃ届かなくても――」
「!」
「“武器”には、なりますから……!」


 浅くてもいい、軽くてもいい。ただ、反撃されない斬撃を素早く重ねて、彼の行動の『選択肢』を狭める。防御に徹するしかない時間が続けば、自ずと“私に隙が出来たら反撃”してくるはずだ。――わざと攻撃を誘い込んで、そこを叩く。
 出来るか分からない、無茶苦茶だと怒られるかもしれない。けど、知略に富んだ彼の隙を着くには、彼が思いつかないような、“彼が知らない事”で攻めるしかない。
 チャンスは、一度きり。

 打ち込んで打ち込んで、何度も激しく木刀が衝突する。次第に手が痺れ、木刀がすり抜けそうになる。それを、意地と執念で握り続けた。私の覚悟を、願いを、届けるように。
 砕けぬ想いは刃となり、火花を散らしながらぶつかり合う。連撃の隙間に垣間見えた、彼の真剣な眼差し。その瞳の中に自分が映っていることに、喜びと哀しみが湧き上がり、心を締め付ける。

 ――あぁ、やっぱり、私は弱い女だ。
 貴方との未来よりも、別れを偲ぶなんて。

 どうか、この刃が
 貴方に届ける最後の愛になりませんように。


「“見えて”ますよ――!」
「――!!」


 連撃の最中、僅かに彼が怯んだ瞬間に木刀を高く掲げた。大きく振りかぶり、“強撃に見せかけた私の隙”に、彼は読み通り反撃を仕込んでくる。来ると分かっていれば、反撃を避けるのも容易い。挑発に成功し、迫り来る刃を無駄のない動きで完全に躱した。――そして、霊圧を最大限まで引き出して、言霊に乗せる。

 さあ、お願いだ。頼んだよ、朝緋。


「破道の六十三、雷吼炮!!」
「なっ――!」

 ――ドォオオンン!!
 

 激しい雷鳴が耳を劈く。衝撃で道場は激しく揺れ、眩い光が私達を包み込んだ。
 六十番台の破道、それも詠唱破棄。私みたいな死神見習いが使えるなんて、予想もしてなかっただろう。それもそのはず、だって黙ってたんだもの。これは私の、日々の自主練の賜物だ。まあ、完全詠唱でも成功したことは一度しかなかったけど。
 しかし、出来ないからと言ってやらない理由にはならない。戦いに使えそうなものは、なんだって備えておく。――そうでしょ?喜助さん。

 轟音と共に、揺れる床を蹴る。
 雷吼炮を制御しきれなかったせいで、焼け焦げた右手。息をするのもやっとなぐらいに消耗した、莫大な霊力。それらを犠牲にして作り出した、千載一遇のチャンス。――逃してたまるか。

 感覚の鈍った右手を補うように、左手で強く木刀を握る。鉛のように重たい体を、気力だけで動かす。鬼道が直撃して顔を歪める彼に『勝ちたい』執念で、『強くなりたい』覚悟で、想いだけで、刃を振り下ろした。













 

 

 ――ピピピピピピッ

「――っ!」
「…………」


 終わりを告げる音が、道場に響く。
 私の振り下ろした刃は、僅かに届かなかった。
 



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