如何なる手管を用いようとも
二人の間に、私の立入る隙なんて無いことは初めから分かっている。私の恋は報われない。でも、私が彼を愛し続けることは出来るから。奇跡に奇跡が重なり、この世界に来て力を手にすることが出来たのだから。強くなって、貴方の守りたいものを一緒に守れるようになりたい。ほんの少しでもいいから、貴方が頼れる存在になりたい。隣に立って、同じ世界を見てみたいんだ。その為なら私は何だって出来る。
想う力は鉄より強い、と言うのなら。想いだけで“世界”を飛び越えてきた私は――
「なんじゃ、こんな場所で二人でコソコソしおって」
「!?」
「よ、夜一サン!?」
双極の丘の地下に作られた、例の遊び場で。彼と浅打や真央霊術院について話をしていた時だった。突然、後方から活気のある弾んだ声が聞こえて、驚いて振り返った。そこには、したり顔で快活な笑顔を向ける、褐色肌の美しい女性。凛とした立ち姿からは気品が溢れ、隠しきれない高潔な雰囲気が、私と天と地ほどもある格の差を醸し出していた。
(……きれいな、人だな)
「――逢引でもしておったか?邪魔して悪かったの」
ニッと悪戯っぽい笑みを向ける彼女に、同性の私ですら見惚れてしまうほどに目を奪われた。スラリと伸びた手足、艶のある外に跳ねた髪、透き通った黄金色の瞳。そして、今まで出会った死神達とは、纏っている空気が明らかに違っていて。――これがきっと、四大貴族という隔絶された存在なんだろう、と。ひと目ですぐに納得した。
しかし、彼女の口から発せられた言葉に、驚きと困惑、激しい動揺――すべてを飲み込んで押し殺して、首がとれそうになるぐらい、勢いよくブンブンと首を横に振った。
「や!そんな!とんでもない!!ぜんっぜん!違います!」
「なんじゃ、そうなのか?喜助の方は満更でも無さそうじゃが」
「いやぁ、まぁ、状況的にはあんまり否定は出来ないなぁ〜って」
「は、ちょ、一番否定しなきゃいけない人が何言ってんですか!!」
逢引だなんてとんでもない。いや、ただの冗談であることぐらい分かっているけれど、冗談にしてはタチが悪いというかなんというか。絶対に弁解しなければと意地になって首を横に振って否定しているのに、彼がさらに冗談を重ねるものだから、私の顔色は赤から青へ。顔面蒼白とはまさにこのこと。冷や汗なのか脂汗なのか分からないものが背筋を伝った。
「かっかっか!いやーすまんのぉ、喜助がこんなに可愛らしい女子と一緒におるなんて珍しくてな。つい意地悪してしもうたわ」
「……い、いや、そんな……私なんて、」
「照れるな照れるな!もしやあれか?お主、初心なのか?」
「ち、ちが……!」
「そう慌てて否定せずともよい!女子は皆、そうして恥じらう姿が一番可愛いものよ、なぁ喜助?」
「もー、夜一サンってば、あんまり朝緋サンのこと揶揄わないで下さいよ〜」
私が一人で百面相をしているのが面白いだとかで、夜一さんは機嫌良さそうにニコニコと笑い、喜助さんの背中をバシバシと叩いている。それに負けず、彼も夜一さんの方を指さして小言を返していて。――そんな二人の自然な距離感を目の前にして、すっと全身の力が抜けていった。
「お主の事は喜助から聞いておったが、直接会うのはこれが初めてじゃったな」
「……申し遅れました、翡葉朝緋です。よろしくお願いします、四楓院隊長」
「なんじゃ、儂の事知っておるのか?」
「……そ、砕蜂から、色々お話聞いてまして」
「お主、砕蜂と仲が良いのか!いやぁ、世間は狭いのぅ」
「あれ、朝緋サン、いつの間に砕蜂サンと仲良くなったんスか?」
「じ、実は綜合救護詰所に入院した時に……色々……」
実際は私が一方的に砕蜂へ話しかけていただけで、知り合いではあるが友達と言えるかは微妙なラインである。まぁ、もっと言えば夜一さんについて話した事なんてほとんどないけど。ってこれ、砕蜂にバレたら怒られるんじゃ……
「おっと、儂からはまだ名乗ってなかったな。知っていると思うが、四楓院夜一じゃ。堅苦しいのは苦手での、気軽に『夜一』と呼んでくれて構わんぞ!」
「いえ、流石にそれは……」
「なんじゃ、遠慮なぞいらん。儂がよいと言ってるんだから素直に言うことを聞かぬか」
「私なんかが下の名前で呼ぶなんて、お、恐れ多いですって」
「お主は喜助にここへ立ち入るのを認められた奴じゃろ。立場なんぞ気にせずともよい」
「!」
「ほら、返事は」
「わ、分かりました……よ、夜一さん」
私がそう言えば、夜一さんはすっと手を差し出してやや強引に私の手を握る。ぶんぶんと上下に強めに振られて豪快な握手を交わした後はパッと手を離され、彼女はそのまま勢いよくドカッと岩場に腰を下ろした。
「喜助とはまぁ、古い馴染みでな。腐れ縁というやつじゃ」
「そう、だったんですね(……知ってるけど)」
「喜助の奴、お主の事を聞いてもちっとも話してくれなくての〜。気になってつい覗きに来てしもうたわ」
「……!」
「だって、朝緋サンは修行で忙しかったし、紹介してる時間なんてなかったっスもん」
「お主が面倒くさかっただけじゃろ」
「違いますって」
喜助さんは眉を下げて笑いながら「いずれ手が空いた時にちゃんと紹介しようと思ってましたよ」と、両手を広げて肩を竦めた。その顔は、嘘をついてたり誤魔化してるようには見えなくて。……本当にそうしようと思ってたんだろうな、という表情だった。その場合、私の事は夜一さんに向けてなんて紹介するつもりだったんだろう。それだけが少し、気になった。
目の前にいる二人は、一緒にいるのが当たり前な二人。砕けた態度で言葉を交わし、お互いにくるくると表情を変えながら他愛もないやりとりを続けている。前に見かけた時は遠くから見ているだけだったけど、近くにいれば分かる。この二人の間にある、目には見えないけど確かに存在するものの大きさが。
――こういう人たちの事を、俗に言う『お似合い』と呼ぶのだろう。それを目の当たりにしたって、私の胸はちっとも痛まない。……痛んでくれたら、楽だったのにね。
自然と会話を続けている二人を、ただただ眺めていることしか出来なかった。
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