如何なる手管を用いようとも
右手にぶら下がった荷物でいっぱいの籠を握り直して、私は大きく息を吐いた。
「よし、これで任務完了〜」
わざわざお店の外まで見送りに来てくれた、人の良さそうな笑顔の老婆へ丁寧に会釈を返す。店先の往来の邪魔にならないよう道の端へ移動して、メモに書かれた内容を上から順に一つ一つ確認する。買い忘れが無いことを確かめ、折り皺の通りに小さく折ったメモを懐へしまい込んだ。
喜助さんに頼まれた『おつかい』の為に、昼休みを使って流魂街に来ていた。私は今まで一人で外出することは出来なかったけど、どうやらその制約はもう必要なくなったらしい。詳しいことは教えて貰えなかったが、これからはいつでも好きに隊舎の外へ、流魂街にも出歩いて平気なんだそうだ。私の『不審人物疑惑』が晴れて少しは信用してもらえたということなんだろうか?そうだったら嬉しいな、と。流魂街の街並みを眺めながら、休日はどこへ出かけようかと考えを巡らせていた。
「結局、全部買う物は用意されてたな……」
局長である彼が珍しく私に直接与えてくれた仕事だからと、一時間ほど前に張り切って技局を出てきたのに。メモに記されたお店に入って店員さんに声をかければ、「あぁ、君、十二番隊の子でしょ?ちょっと待ってて」と突然待機を命じられて。言われるがままに待っていれば、目的の品をあっさり手渡されて「代金は前払いで隊長さんから貰ってるから。もういいよー」とすんなり取引が終わってしまった。以降、どのお店に入っても全く同じ対応で、どうやら購入予定のものは彼からの連絡で全て取り置きになっていたらしい。私はただ店に出向いてそれを受け取るばかりで、想像していたおつかいとは全く異なる状況で肩透かしを食らった気分だった。
(頼まれたものを買っていく、っていうのがやってみたかったのになぁ)
まぁ、ただ受け取るだけで済んだおかげで、想定よりもかなり早くおつかいを終わらせることが出来た。お昼休みが終わるまで、まだまだ十分時間はある。技局に戻ってからお昼ご飯を食べる余裕もありそうだ、と。様々な薬品や工具の入った籠を握り直して、お昼時で混雑し始めた流魂街の喧騒を聞きながら、技局に戻るべく瀞霊廷に向かった。
「あれ、ひよ里さんと真子さん……?」
そこで通りすがりに、暖簾のかかる店の入口前に立っていた見覚えのある後ろ姿を発見。『十二』の副官章をつけたツインテールと、隊長羽織と一緒に靡く金色の長い髪。ひよ里と真子さんは一緒に昼食でもとるのか、定食屋の前で並んでいた。
「お、朝緋やん」
「ほんまや。お疲れさん〜」
「お二人ともお疲れさま……で、……!?」
しかし、会釈をして視線を再び前に戻した瞬間。目に飛び込んできた光景に思わず息を飲んだ。
「あれ?誰誰?だれこの子〜!」
「見た事ねえ顔だな」
「なんだ、真子とひよ里の知り合いか?」
「その白衣、技術開発局のだよね」
「何や、その子。真子の新しい彼女?」
「んなわけあるかボケ」
並んでいたのは二人だけではなかったようで。ひよ里と真子さんの前にいたその人たちは、私たちの交わした挨拶を聞いて一斉に振り返って私を見ていた。
(ま、まさか……)
(
仮面の軍勢、大集合……なんですけどー!!?)
「は、初めまして!翡葉朝緋と申します、」
「コイツ、ウチんとこのアレや」
「……ああ〜、この子が例の?」
「こいつが例の女か……」
何故か鳳橋隊長と六車隊長からとても憐れむような視線を向けられているような気がする。……な、なんだ?
「ね〜〜〜誰?例のって何〜〜?何の事〜!?教えて拳西ーー!」
「うるせえな!お前は黙ってろ!」
「ヤダーー!拳西だけが知ってるのずーるーいーー!!」
「まあ仕方ないよ。例の話は隊長達しか聞いてないからね」
「だろうね。ウチは盗み聞きしとったから知ってるけど」
「じゃあなんでひよりんは知ってるのー?シンジがズルしたの?」
「アホ、なんで俺がそないなことせなあかんねん」
「コイツはウチんとこのやからな」
「ああ、思い出したぜ。たしかひよ里んところの隊長が――」
「お客様、お待たせしました!お席がご用意出来たのでご案内します」
「ほら、行くぞ白」
「そ、それじゃ私はこれで――」
「あ。……席一つ余ってるみたいだし、君も一緒にどう?」
「!?」
「朝緋。お前昼飯食うたか?」
「え、あ、いや、まだですけど、でもあの、」
「よし。ほな行くで〜」
「いや、ちょ、あの」
「そんな不安そうな顔せんでも安心せえ、朝緋の分は俺が奢ったるから」
「い、いや、そうじゃなくて――」
「朝緋、よかったん!ハゲが奢ってくれるらしいで、遠慮せんと一番高いの頼んどき」
な、なんか……すごく憐れむような目を向けられたかと思ったら、初対面の仮面の軍勢の皆さんと一緒にご飯食べることになってるんですけど――!?!?
「(ていうか、例の話って何――!?!?)」
あれよあれよという間に、真子さんに引きずられるようにして気がついたら店の中へ。店内の一番奥にある四人用の座席の二つが宛てがわれたようで、駄々をこねる白を除いて皆好きなように座っていく。え、うわ、どうしよう、と座る場所に困っていたら、真子さんのさり気ないエスコートにより一番端の席に座らせられた。そして、多少気を使ってくれたのか、隣にはひよ里が座り、真子さんは正面に腰を下ろした。……完全にアウェイなこの状況でもかろうじて、ギリギリ身が持ちそうな配置だ。
席について少し横を向けば、そこにいるのは紛れもなくあの仮面の軍勢の皆で。けれど、そこでふとある違和感に気がつく。――どうやら、あの愛くるしいマスコット的なポジションのハッチ……さんは今日は不在のようだ。忙しいのかな、どうせなら豪華絢爛なフルメンバーと食事を共にしたかったけどな、などと余計なことを考える。
……きっと、こんな機会はもう二度と無いかもしれないから。真央霊術院に入学したら、数年は死神の皆に会えなくなる。寂しいけど、どうしようもないからね。だから今はせめて、すごく気まずいけど出来るだけ楽しもう。――そう言い聞かせて、手元にあったお品書きを持って、注文を取りに来た店員さんに向けて「塩鯖定食お願いします!」とにこやかに答えた。……いやぁ、やっぱ魚だよね。
「そういや、朝緋はこんなところで何しとったんや?」
「浦原隊長のおつかいで、色々と買い物を」
「……相変わらず雑用ばっかりやな」
「まあ、雑用係ですから」
「それももうすぐ終いやけどな」
「あぁ、霊術院に行くんやったか」
「入学試験はこれからですけどね」
「「朝緋が落ちるわけないやろ」」
「……(デジャヴ?)その根拠は一体どこから?」
「喜助に散々鍛えて貰っといて、どないしたら落ちるねん。アホか」
「そもそも、霊力だけは一丁前にそこらの死神よりあるしなァ」
「(そ、そうなんだ……)」
「……へえ、真子とひよ里にそこまで言わせるなんて、よっぽど頑張ったんだね、君」
「へ?」
真子さんの隣、私の斜め前に座る鳳橋隊長が、手を止めてすっとこちらに視線を向けた。
「い、いやぁ、そんな、私はただ浦原隊長の指導に着いていっただけですよ」
「ぶはっ、オマエ自信なさすぎやろ!」
「だ、だって……烏滸がましいじゃないですか。ただでさえ私みたいなのが隊長から直々に鍛えてもらうなんて分不相応なのに……」
「ああ?ウチの前でビクビクすんな!イラっとくんねん!」バシッ
「痛っ……!」
「……まぁ、ひよ里の言いたいことは分かるよ。叩く必要はないと思うけどね」
「え、ええっと……?」
「僕は君と初対面だし、浦原隊長ともあまり関わりがないから、詳しい事は分からないけど……」
「……?」
「彼が君の指導をしているのは、君の“誠実な努力”を評価しているからじゃない?身分とか立場なんて、そこには関係ないと思うよ。あの人、暇な人じゃないし」
「……!」
「ローズの言う通りや。もっと自信持って堂々としとき。喜助が泣くで」
「な、泣かないでしょ、あの人は」
「ああ?例えや、例え!何真に受けてんねん!あのハゲが泣くとこなんか気色悪くて見たないわ!ヘンなもん想像させんなやボケ!」
「え、ええ……すんません……」
「大体、朝緋はなぁ……!」とひよ里の文句が続きそうになったところで、タイミングよく配膳をしにきた店員さんが登場。その後は自ずと提供された料理についての話になり、私の話題が出ることはなかった。
仮面の軍勢のみんなの和気藹々とした会話は、聞いているだけでも十分面白くて。なんだかアニメを見ているような感覚で、ニコニコしながら塩鯖定食に手をつけていった。初めはあまりにも場違いすぎる空気感に緊張して戸惑っていたけど、気がつけば私の口角は上がりっぱなしで。時折振られる簡単な質問にノリで答えれば、皆それぞれ違ったリアクションで笑わせてくれて。とても穏やかで楽しいひと時を過ごす事が出来た。
「本日はご一緒させて頂いてありがとうございました」
「はは、随分丁寧な嬢ちゃんだなぁ。気にすんなよ」
「愛川隊長のお話、すごく面白くて楽しかったです!」
「……なんかお前、あれだな」
「はい?」
「いや、なんつーか……技術開発局の実験に巻き込まれた可哀想な奴だと思ってたけど、楽しんでくれたんなら良かったたわ」
「!」
「じゃ、また真子の奢りで飯行こうな〜」
「ちょぉ待てやコラ」
……なるほど。私が哀れな目を向けられていた理由はそれか。そういえば、私の身の上話は捏造を含めある程度護廷十三隊に伝わってるって喜助さんが言ってたような……言ってなかったような?
片手を上げて踵を返す愛川隊長に真子さんがやいやい言いながら、みんなそれぞれの行先へ向かっていきこの場は解散となった。ひよ里と一緒に帰ろうと思ったが彼女はまだ寄りたい所があるらしく、仕方ないので一人で技局へ戻ることに。
”――彼が君を指導しているのは、君の“誠実な努力”を評価しているからじゃない?”
その道中、鳳橋隊長――ローズに言われた何気ない一言で私の頭はいっぱいだった。彼はあの時、ただ純粋に思ったことを口にしただけだったんだろう。しかしそれは同時に、あれが気を使った言葉でも、でまかせでもないことの何よりの証明なわけで。“努力を評価されていることにもっと自信を持つべきだ”――と。その言葉が無性に嬉しくて、私はあの一瞬、たった一言でとても勇気づけられていた。
(ああ、そうか。私は……)
「おかえんなさい、朝緋サン。――あら、何か良い事でもありました?」
「はい!とっても良いことがありました!」
楽しい食事と暖かい言葉は、確かに私の心に思い出として刻まれて。無意識に感じていた入学試験への不安もプレッシャーも、おかげで綺麗さっぱりどこかへ吹き飛んで行った。……ありがとう、これで私は頑張れるよ。
私からおつかいの荷物を受け取って、中身を確認する彼の横顔を「今日もかっこいいな」と盗み見る。陽の光を受けてキラキラと輝く、癖のある亜麻色の髪。少し猫背で、緩い袖から伸びる腕は白くて、顔色はいつも少し悪くて。目の下には常に隈が潜んでて、それでも目を細めて笑う顔は太陽みたいに眩しくて。言葉に隠れた本音はいつだって暖かくて優しくて。
「中身も問題なさそうっスね。ありがとうございます、朝緋サン。おかけで助かりました」
「いえいえ。私に出来ることなら、なんでも言って下さい」
そんな彼にとって、ほんの少しでもいいから、頼れる存在になりたい。……だからまずは第一歩。絶対に入学試験は成功させなきゃ。
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