如何なる手管を用いようとも



「――あ、そうだ。浦原隊長」
「はい?」
「中庭、見てくださいよ。だいぶ桜も咲き始めましたし、来週あたりに皆でお花見しませんか?」
「……もうそんな時期なんスねぇ。もちろん、やりましょうか」


 彼女の言葉に促されるように窓の外へ目を向けると、中庭はすっかり春の陽気に色付いていた。きっと彼女に言われなければ、とうに冬が過ぎ去っていた事すら気が付かなかったかもしれない。しかしそれはあくまで、自分に季節を感じる余裕が無いだけで、決して興味が無いわけではない。……正確に言えば、興味はなかったが“今は違う”。


「……ふはっ、桜が咲いてるなんて知らなかった、って顔してる」
「この前まで雪が積もってませんでした?」
「いつの話してるんですか。もうとっくに三月ですよ」

 
 技術開発局を創り上げてからというもの、この組織を軌道に乗せる事に必死で頭の中は常にそればかりを考えていた。隊士達との交流なんて全く頭になく、席官達の名前と顔を覚えるのですら精一杯の状況。とても『隊長』としては褒められたものではないと自覚もしていた。
 そんな中で出会った目の前の少女は、僕が忘れていた『人との交流』の大切さを教えてくれた奇特な存在である。彼女の提案により月見をしたあの夜から、年越しや節分など、事ある毎に彼女の主催で局員達と集まる事が増えたのだ。自分を含め、忙しない日々を過ごしていた局員達にとって『季節行事を楽しむ』ことは良い気分転換になり、今となっては恒例行事になっている。もちろん、研究や実験を後回しにしてはしゃぐ僕たちをよく思わない局員達もいる。科学者や技術者とは頑固でこだわりが強い者が多く、涅サンなんかが良い例だ。しかし、行事に参加する局員たちは都度増えていき、そんな彼らが自身の作業の手を止めて季節行事に参加するようになったのは、彼女の人柄故なのだろう。


「……朝緋サンが技局うちに来てから、もう半年も経つんスね」
「そうですねぇ。あっという間だったな」
「――でも、まだ半年なんスね」
「……はい?」
「いやぁ、朝緋サンと出会ってから色んなことがあったから。もっとずっと一緒にいたような気がしたんスよ」
「……なんか、お騒がせしてしまってすいません……?」
「はは、なんで謝るんスか。それだけ朝緋サンとの出会いが特別だったって事でしょう」
「……良くも悪くも?」
「良い意味に決まってるじゃないっスか」
「えー、どうだかなぁ」


 そんな彼女が、三日後の入学試験に合格すればこの春から霊術院に通うことになる。実力も知識も豊富な彼女が試験に落ちることは無いから、受験さえすれば入学は確実だ。――だからきっと、この花見が僕達が彼女と過ごせる最後の集まりになる。

 
「それじゃ、私はどんな花見がしたいか皆さんに聞き込み調査してきますので。失礼します!」
「……予算は程々にしてくださいね〜」
「はい!検討します!」
「(……朝緋サン、こういうの意外とちゃっかりしてるんだよなぁ)」

 
 次々と局員達に声をかけて、花見の計画を立てている彼女の姿を遠目からそっと見守る。肩の下まで伸びた髪を揺らして楽しそうに笑う様子からは、ちっとも不安や緊張は感じられない。責任感の強い彼女のことだから、入学試験を控えてプレッシャーを感じていないかと心配していたのだが……どうやら余計なお世話だったようだ。

 もう一度、窓の外を覗き込み、中庭に植えられている桜の木を見た。まだまだ蕾ばかりで、枝の先々にある濃い桜色が僅かに視認できる程度。大体二分咲きといったところで、おそらく花見をする頃には五分咲き程度にはなるんじゃないだろうか。
 
 ――そして、きっと。ボクはあの桜が満開になったことにも気が付かないまま過ごしていくのだろう。いつの間にか、雪が解けていたのと同じように。


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