痞える情欲が口を塞ぐ


 ガチガチに緊張しながら受けた入学試験。勉強なんて何をすればいいか分からなくて、とりあえず書庫にあったそれっぽい本を読んだだけ。あんなに周りから『受かって当然だ』と言われていたのに落ちたらどうしよう!と体をガタガタ震わせながら筆記試験に挑んだ。

 ……ところが、そんな私の緊張と不安を他所に。なんとびっくり、目に入る問題を脳が勝手に理解して、スルスルと手が動いてしまうのである。脳内に細かく刻まれた原作知識という名の“カンペ”がフル活用され、罪悪感を抱きつつも気分は天才。今ならどんなに難しい試験でも合格出来る気がするし、彼でさえ驚くような発明品すら作れる気がする。

 ――そうして調子に乗って受けた実技試験で、私は“つい”手加減を間違えてしまい、曲がりなりにも“霊圧だけは一般死神以上”の私が全力で鬼道を放ってしまった。私の両手から放たれた渾身の「双蓮蒼火墜」は、けたたましい轟音と共に正確に的を撃ち抜き、更にそのまま壁に特大の穴をぶち開けてしまったのである。


「(やばいやばい……!)」
「(か、完全にやらかした……!!泣)」


 唖然として引きつった表情を浮かべていた試験官の顔が今でも忘れられない。筆記試験で我天才無敵モードに入っていた気分は一気に地の底まで落ちて、冷や汗はダラダラで胃が痛い。私があんまりにもゲッソリした顔で帰ってきたものだから、喜助さんやひよ里には未だかつて無いほど心配されたのが記憶に新しい。(まあもちろん理由は話してないけど)

 掟や仕来りが厳格に守られている尸魂界で、無法者のように『壁に大穴をぶち開けた』小娘は果たして合格出来るんだろうか……。いやでも受かって欲しい、でなければ非常に困る。――と、藁にも縋る思いで結果を待ち続けていた。


「(いやでも落ちたらマジで洒落にならん)」
「(修繕費は私が払いますから!って交渉するか……?)」
「……、サン。――朝緋サン?」
「! はい?」


 いつものように秘密の遊び場で刀の素振りをしていると、ふと背後から聞き慣れた声。構えていた浅打を鞘に戻して振り返った。


「……おや、珍しいっスねぇ。考え事でもしてました?」
「え、あ、いや……」
「何度か呼びかけたんスけど返事がなかったので」
「す、すみません。なにかご用でしたか?」
「ええ。入学試験の結果が届きましたよん」
「!?」


 彼はそう言って見せびらかすように、大きな封筒をヒラヒラと顔の横で揺らしていた。……何かを企んでいるのか、楽しそうな笑みを浮かべている。彼の表情から考えている事を読み取れないのはいつもの事だが、今はなんだかわざとそうしてるように思えた。


「自信のほどは?」
「あ、あんまりない……です……」
「ええ〜、手応えとか感じなかったんスか?」
「……手応えは感じましたけど、それを台無しにした自覚もあるというか……」
「『壁に大穴を開けた』からっスか?」
「!?」
「いやぁ〜、随分ド派手にやっちゃったみたいっスねぇ。おかげで、今年の受験生には鬼道の使い手がいるって噂になってるみたいっスよ」
「は、恥ずかしすぎるんですけど……!」
「完全詠唱の双蓮蒼火墜。それも、威力は席官並!……推薦したボクも鼻が高いっスね」
「……も、もしかして怒ってます?」
「怒られるようなことをした自覚があるんスか?」
「…………」
「冗談っスよぉ、そんな顔しないで下さい」
「(目が笑ってないんですけど――!)」


 あれは事故みたいなものなんだ。ついうっかりしてて、悪意があった訳じゃなくて……。いやでも、試験で全力を出すのは普通の事じゃないか……?なら仕方ないよね?私は悪くない……よな?(この子は喜助に『お転婆はしないように』と釘を刺されたことを忘れています)

 ていうか、この人サラッと話してたけどなんで全部知ってるんだ。情報筒抜けなの?怖いんですけど!


「まぁ、その話は今度ゆっくり聞かせてもらうとして」
「(やっぱり怒ってるじゃん……!)」
「……貴女の意思も聞かずに、ボクが勝手に試験を受けさせたのによく頑張りましたね」
「……!」
「筆記試験は過去最高得点。実技試験も申し分無し。見事、首席で合格っス」
「え……」
「さすが朝緋サン。――本当に貴女は、すごい人だ」


 彼はそう言いながら私の元へ近づいて来て、ひらりと封筒を手渡した。受け取って中身を確認すると、そこには上質な素材で作られたような用紙が一枚。取り出して目を落としてみれば――一番上に書かれた表題には『合格通知書』と書かれていた。


「わ、私はそんな……すごくもなんともないですよ。平々凡々です」
「朝緋サンに自覚がなくとも、周りはそれを『才能』と呼ぶんスよ」
「……」
「それに、『平々凡々』な貴女がボクの弟子になれたのは、努力を重ねて来たからでしょ?ボクはそれを評価して、貴女が結果で示してくれる事を信じてたんスから」
「……」
「まあ、首席まで取ってくるのは流石に予想外でしたけどね」


 眉を下げて、へらりと笑うその顔は……とても穏やかで優しくて、暖かくて。太陽みたいな温もりと眩しさ。そんな顔を向けられてしまったら……もう、何も言えないよ。


「……だって、ほら。私は負けず嫌いですから。1番じゃないと気が済まなかったんですよ」
「朝緋サンのそういうところ、他の局員にも見習ってもらいたいっスね」
「はは、それはそれで厄介な集団になっちゃいますよ」
「厄介者の相手は慣れてますから」


 彼はいつものように片手で頭の後ろをかいて、苦笑いを浮かべた。けれどその笑みには誰かを偲ぶような切なさと暖かさを感じる。……きっと、技術開発局のみんなの事を思い浮かべているんだろう。彼が一から創りあげた、大切な組織の仲間たち。そこに彼自身の思惑があったにしろ、この半年の間だけでも彼が技術開発局と十二番隊を大切に想っていることはひしひしと伝わってきている。

 けれど、そんな大切な仲間たちと過ごせる時間は限られている。無情にも彼が大罪人として追放されてしまうまで、残された時間はあと七年半。つまり、私が六年制の霊術院を卒業した後に再び彼らと過ごせる時間は、たったの一年半しか残されていないということだ。

 自分で選んだ道。だけどやっぱり私は、この平和な日常がずっと続いて欲しいと願ってしまう。喜助さんだけじゃない。ひよ里も、阿近も、そして真子さんも。もっとずっと……一緒に過ごしたかった。


(これから六年間、霊術院に通うのかぁ)
(…………寂しいな、)



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