痞える情欲が口を塞ぐ
「ねー、阿近はつぶあんとこしあんどっちが好き?」
「どっちも好きじゃない」
「うわー、つまんな」
「面白さ求めてんならオレに話しかけてくんなよ」
「そんな寂しいこと言わないでよー。泣いちゃう」
「勝手に泣いてろ」
「ひどい!冷たい!そんな子に育てた覚えはない!」
「お前に育てられた覚えはねえよ」
「あー!またお前って言った!」
「(めんどくせぇ……)」
三月下旬。生憎の曇り空ではあるが、恒例行事となりつつある季節を楽しむ会(仮)でのお花見。技局のみんなで中庭に集まって敷物を広げ、五分咲きの桜を眺めながら酒を酌み交わして楽しんでいる。普段は主催側にいるので呑まない私だが、今回ばかりは無粋だろうということでそれなりに嗜んでいる。決して酔ってはいない。
「あ、ひよ里さーん!おかえりなさい!もー、御手洗って言ってどこまで行ってたんですかぁ?帰っちゃったのかと思いましたよ」
「……なんや、ちょっと目離した隙に随分楽しんどるみたいやな」
「そんなことないですってー!ひよ里さんが居なくて寂しくて、ぜんぜんお酒が進みませんでした!」
「嘘つけ。すげえ呑んでただろ。……オレもうこいつの相手無理。変わってくれ副隊長」
「ったく、しゃぁーないのォ〜〜。ほら朝緋!ちょっとこっち来ィ」
「はーい!行きます!」
親指を立ててピッと後ろを指し、着いてこいと促すひよ里に従って彼女の後を着いていく。立ち上がった拍子にぐらりと視界が傾いたような気がしたけど、無視してそのまま体を起こした。中途半端にひっかけた草履のせいで足の半分は地面に付いていて、ひんやりと冷たい土が少しだけ気持ち良い。時々小石を踏みつけて痛みに眉を顰めながら、縁側に腰掛けているひよ里の隣に腰を下ろした。
「ねえねえ、ひよ里さん。つぶあんとこしあんどっちが好きですか?あ、私はこしあんです」
「つぶあんやな」
「うわー!やっぱりー!そうだと思ったんですよねー」
「だったらなんやねん、気色悪いな」
いやぁ、だってつぶあん好きは関西に多いって聞いたことがあったから。関西弁を話すひよ里が噂通りにつぶあん好きかどうかって気になるじゃん?……え、ならない……?
「あ、ひよ里さん。あそこに置いてある桜餅食べました?あれ私が作ったんですけど」
「おー、食うたで。なんや形のちゃうやつ二つあったけど――」
「そうなんです!あれ、つぶあんとこしあんどっちも作ったんですけど気が付きました?」
「そら二つ食べたら分かるやろ」
「味は?味は?どうでした??」
「(コイツ酔ったらめんどいな……)……まあそれなりに美味かったけど」
料理はするけど和菓子なんて作ったこともない私が、何回も練習して作った桜餅。葉の塩漬けから中の餡まで、もちろん全部手作りだ。すごく時間と手間がかかったけれど、皆にとって花見が楽しい思い出になればいいなと丹精込めて作ったもの。それをまさか、あのぶっきらぼうなひよ里から『美味しい』と褒めてもらえるなんて!いやぁ、嬉しいなあ。寝不足になりながら練習した甲斐があったよ……(泣)
「ふふ、やったー!ひよ里さんからの『美味しい』頂きましたー!嬉しいー!」
「うわ!ちょ、待て!危な……!」ガシャン!
「あっ――」
嬉しくてつい感情のままにひよ里に抱きつくと、その拍子に傍へ置いてあった徳利やら湯呑みやらが勢いよく倒れる。こぼれた中身はじんわりと私の白衣に染みを作り、それと同時にお酒独特の匂いがぶわりと広がって思わず眉間を顰めた。
「うへ〜、くさい!それにびっちょりだ!へへ」
「『へへ』やないわボケ!あーもうめんどい奴やなァ!!」
「うひょー冷た!よかったー熱燗じゃなくて。また火傷するところだった」
「関心してへんでさっさと白衣脱がんかい!」
「え〜、そんな破廉恥なこと出来ないですよぉ〜」
「じゃかァしィ!!」ドス!
「痛ぁ――!」
ひよ里の容赦ない一撃が私の頬に飛んでくる。そ、そんな本気で殴らなくてもよくないですか?ひよ里さんが『脱いで』とか言うから、ちょっと揶揄っただけじゃないですか……。
イテテ、と頬をさすっていると、その間にもお酒はどんどん染みて素肌にまで冷たさを伝えてくる。かなりの量をこぼしてしまったらしく濡れて色濃くなった部分は広い。あー、勿体ないことしちゃったな。ごめんなさい。流石ににこのままという訳にいかず、しぶしぶひよ里の言う通りにして白衣を脱いだ。
すると彼女は懐から手拭いを取り出し、私の濡れた作務衣をごしごしと叩いて拭き始めた。その手つきはものすごく乱暴で「痛い痛い!ひよ里さんどさくさに紛れて殴ってません!?」と抗議の声が出るレベル。しかしひよ里は手を緩める事なく「これ以上力入れてほしないんやったら大人しくしとけアホ!」と怒鳴るばかりで聞いてくれやしない。仕方なく彼女が拭いてくれるのを大人しく受け入れて、黙ってその手の動きを見つめていた。
自分の手拭いが酒臭くなることなど気にもせず、濡れた私を気遣ってくれるひよ里。まるで子供の世話をする母親のように、当たり前に向けられたその優しさに思わず何かが込み上げてくる。だって、今でこそこんな風に接してくれるひよ里でも、最初は私を全く受け入れてくれなかったんだよ。ずっと警戒されていて、私を見る目はいつも睨んでいたし、挨拶だって無視もされてた。それなのに、今は――
「……ひよ里さん、優しい」
「あ?」
「ありがとうございます、」
「!」
突然。ぱたり、と何かが頬を伝ってこぼれ落ちたのと、ひよ里がギョッとした目でこちらを向いたのはほぼ同時だった。
(あれ……?)
「あ、あれ? なんで、だろ」
「……」
「泣くつもりなんか、なかったのに」
「……化粧落ちるで」
「や、やだな……って別に、い、いつもほんどすっぴんだし……」
訳も分からず頬を伝う涙。一体何があって私は涙をこぼしているのだろう?理由がわからないから止め方も分からない。私の目からはどんどん涙が溢れてきて、はらはらとこぼれ落ちていく。せっかくひよ里が濡れたところを拭いてくれたのに。これじゃあまた服が濡れてしまうよ。
「そーか。そら美人で羨ましいのォ」
「……ひ、ひよ里さん、だって……っ、」
「あ?お前にそんな世辞言われても――」
「ひよ里さん、だって……っ!」
そこまででもう、限界だった。震えた声で紡いだ彼女の名前に、これまでの全てを思い返してしまって。思い出という名の宝物は、離別を目前にして私の背に大きく重く伸し掛っていたらしい。
――自分は異世界人だから。これ以上怪しまれたくはないからと、距離を置こうと思っていたあの頃。壁を作って、誰とも一定距離で接しようと必死だった。今よりもずっと他人行儀な接し方で、堅苦しいと思われていただろう。そんな私に対して、一番最初に信用を向けてくれたのがひよ里だった。真子さんも喜助さんも私へ拭いきれない疑いの目を向ける中、ひよ里はいち早く私を信用して接してくれていた。私に雑用を任せられるように、一人でこなせる仕事をわざわざ見つけて頼んでくれたり。皆が私との関わりを躊躇する中でいつも一番に声掛けてくれたり。“副隊長”の彼女がそうしてくれたからこそ、私は技術開発局へ素早く馴染めたのだと思う。もちろんひよ里だけのおかげじゃないけれど、そうして馴染んで行くうちに私にとって技術開発局はかけがえの無いものへと変わっていったのだ。
そんな大切な
技術開発局から、離れなくてはいけないのが、こんなにも寂しいなんて。私を支えてくれたひよ里と会えなくなるのが、こんなにも寂しいなんて。見て見ぬふりをして居るうちに大きく膨れ上がった寂しさと不安で、この涙は暫く止まりそうにない。ごめん、ごめんね。迷惑だよね。
堰を切ったように泣き出した私に、それでもやっぱりひよ里は、茶化す事もなくただそっと肩に手を添えてくれる。私が泣いているのを周りから見えないように、その小さな体で隠すようにしながら。ただじっと泣き続ける私に寄り添ってくれていた。
「酒には強ないんやろなとは思っとったけど。まさか泣き下戸やったとはなァ」
「……、ご、ごめんなさ、」
「……別にええよ。どうせウチしか見とらん」
相変わらず皮肉めいた言葉だけれど、その声色はちっとも嫌な感じはしなくて。呆れたように笑うのに、肩へ添えられた手はとても暖かい。そんなひよ里の表と裏のギャップが、あの人にそっくりで余計な事まで思い出してしまって。更に涙が止まらなくなってしまう。
みっともなく泣きじゃくる私をひよ里は「めんどい奴やな」と言うけれど、彼女はずっと傍に寄り添い続けてくれた。
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