痞える情欲が口を塞ぐ



「ありゃ。……寝ちゃったんスね、朝緋サン」
「やっと静かんなったわ。ほんま、世話の焼ける奴やで」
「……とかいいつつ上着までかけてあげちゃって。なんだかんだ、ひよ里サンって朝緋サンのこと好きっスよね」
「あ?コソコソ遠目から様子伺ってた男に言われたないわボケ」


 目の前には、スヤスヤと寝息を立てている朝緋の姿。今日は生憎の曇り空で、昼寝をするにはあまり向いていない。おまけに寒がりな彼女のことだ、ひよ里の上着一枚だけじゃ足りないのだろう。もぞもぞと身じろいで体を縮こませる彼女に、すかさず自分の羽織りも上から掛けてやった。

 初めて見る朝緋の寝顔。普段は気丈に振舞い他人に弱味など見せない彼女の寝顔は、野良犬が懐いたような微笑ましさを感じた。こうして静かに寝ていれば可愛いのに。頑固で負けず嫌いで、真面目で働き者。寝ずに準備でもしたのだろうか、目元には濃い隈が刻まれている。霊術院を卒業する頃にはこの猪突猛進癖も少しは治るだろうか。相変わらず、彼女はブレーキを踏んで休むことを知らない。


「……でも、珍しいっスね。朝緋サンが人前でそんなにお酒飲んで寝ちゃうなんて」
「……そら、技局ここから離れんのが寂しいんやろ。コイツ、普段は絶対そういう事言わへんけど、自分の居場所はここにしかないって顔しとるしな」
「……え」
「じゃなかったらこんならしくもない飲み方せえへんやろ」
「……」
「ええやん。朝緋にもそういう可愛いところがあったっちゅうことや」
「…………そう、っスね」
「……」
「……」
「……寂しなるなァ。ウチも、オマエも」
「……そうっスね」
「朝緋もきっと、こんな気持ちなんやろな」
「……そうっスね」
「……」
「……」


 ひよ里に寄り添われながら、静かに涙を流していた彼女の姿が脳裏に焼き付いている。喉奥をぎゅっと掴まれたように、上手く言葉が出せない。言いようのない焦燥がじわじわ広がっていくのを感じながら、ただひよ里の言葉に相槌を返すことしか出来なかった。


(もしも立場が逆だったら、)
(朝緋サンならなんと声をかけたんだろう)



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