地平線に咲く花
春爛漫。新芽の色付く季節、色とりどりの花が大地を彩り、冬を越した生き物達が心地良さそうに宙を舞う。道端に聳え立つ樹木たちは皆一様に桜色に染まり、清々しい青空とのコントラストが新たな一年に心を躍らせた。そこらじゅうを舞い落ちる桜の花びらを目で追いながら、シワひとつない制服を身につけて肩で風切って歩く。まるで自分が主人公のように歩く新入生たちの表情は、自信に満ち溢れていた。
趣のある荘厳な佇まいの校舎は、今日ばかりは微笑みでも浮かべているかのような雰囲気に包まれ賑わっている。敷地内に植えられた植物たちでさえ、まるで私たち新入生を歓迎するためにその花を咲かせているようだった。和紙で折って作った花飾りも、胸元に留められたコサージュもここにはないけれど、浮かび上がる懐旧に自然と頬が緩む。ここに来るまでに抱いていた不安と恐怖は、たちまち『新しい何かが始まる』という期待と希望に塗り替えられていった。
そんな春の祝福に包まれながら、足取り軽やかに向かった先はとても広い講堂。多くの座席が用意されていて、既に私と同じく真新しい制服を着た生徒たちがちらほら席に着いていた。まばらに空いている座席の間を通り抜けて、事前に確認した通り最前列の一番端に座る。すると、すぐ側で向かい合うようにして用意された座席にいる方々――今までの学生生活の経験からするに、教員や職員たちであろう方々が一斉にこちらを見る。まるで私は絵画か?銅像か?とでも言いたくなるように、頭のてっぺんからつま先までをじっと見つめてくるではないか。え、急に何?ものすんんごく気まずくて、私はその視線を視界の端の端で捉えつつも、気にしてない風を装って講壇の後ろにかかった垂れ幕を凝視していた。
な、なんだ、いきなり失礼だな。そんなにジロジロ見られるとむしろ怖いんですけど。あ、私の顔になんかついてます?それならそうと教えてくれたらいいのに……。と、妙な不安に駆られていると、いつの間にか学院長らしいおじい様の長くて為になる話が始まる。私はこういうの、なるべくちゃんと聞いておく派なんだよね。いや、聞いてるフリをしてる派、か。真面目に聞いちゃいないが、寝てしまうのは無礼なので必死に堪えているタイプだ。
そうして入学式のようなものを終えて、掲示されたクラス分けを確認してたどり着いた教室は、一年一組。――そう、いわゆる『特進学級』というやつだ。あれだよね、アニメの回想で出てきた、貴族のぼんぼんがいるクラスだよね。うわー緊張するな、私は貴族なんてものとは全く無縁の、ごく普通の庶民なんですけども……い、虐められたりしないよね?(滝汗)
奇遇にも、自席を確認すればまたしても最前列の一番端だった。どうせ一番前になるなら真ん中でいいのになぁ。端っこって黒板見えづらくて嫌なんだよな〜、と。心の中ではそんなことをボヤきながらも、席に着いてふぅ、と一息つく。こうして常に何かを考えていなければ、周囲の雰囲気――いわゆる貴族のぼんぼん達が醸し出すピリピリとした嫌な空気に耐えられそうにも無かったからだ。一言で言うならとても居心地が悪い。場違いとか、居場所がないとか、そんなんじゃなくて。心当たりはないけれど、明らかに自分だけがズレているなと自覚した時の戸惑いに近い。私とは違う環境で育ってきた彼らの空気に馴染めない。息苦しい。額からは変な汗が吹き出しそうだった。
――ああ、早くも将来が不安である。別にこう、皆と仲良くなりたい!友達が欲しい!青春したい!なんてこれっぽっちも思っちゃいないが。私はただ、当たり障りなくなんの問題もなく過ごしていきたいのだ。モブはモブらしく、空気に馴染んでおきたいのに。残念ながら早くもその空気に馴染めそうもない。これが令和の現代なら『なんかあいつ浮いてね?』と気がつけば除け者にされているやつだ。……いやリアルで怖!べ、別に今までそういう事があった訳じゃ……あれ、ど、どうだったっけ……!
なんて一人で将来の不安を抱えていた矢先。そんな嫌な空気を打ち払ってくれる救世主が現れた。
――ガラガラッ
「はーい、皆さんお静かに〜」
「「……」」
「えー、君たちのいるこの『特進学級』を担当することになりました、
輪堂です。気軽に輪堂先生って呼んでね〜」
「「……」」
「君たちは入学試験で特に優秀な成績を収めた、将来有望な未来ある生徒たちだ。その自信を持って、これから六年間一緒に頑張っていこう」
「「……」」
「てなわけで。どうぞよろしく〜!」
「(か、軽い……!そしてものすごく胡散臭い……!)」
年季の入った教室の扉を開けて入ってきたのは、物腰の柔らかい笑みを貼り付けた若い男性だった。品のある着流しを身に纏い、丁寧に纏め上げられた長い髪は落ち着いた銀色。丸眼鏡を正す姿はまさしく『貴族出身の気品』を感じさせてくる。しかし、貼り付けられた微笑みはどこぞの駄菓子屋店長を彷彿とさせるような胡散臭さがあるし、明るく軽快に私たちへ語りかける様子はとても馴れ馴れしい。装いはいかにも貴公子なのに、表情や態度には庶民的な親近感があるのだ。凄まじいギャップである。霊術院の教員とは山本総隊長のような、年配で威厳のある方ばかりなのだと勝手に想像していた私は、軽いカルチャーショックを受けてた。
「うわ〜、みんなのその顔、“特進学級の担任がこんな適当そうな奴で大丈夫なのか?”って書いてあるね」
「(それはそうでしょ。どう見てもベテランには見えないぞ)」
「えー、その通り!僕が特進学級を持つのは君たちが初めてです!いやー、実はすごく緊張してるんだよね。あはは」
「「……」」
「なんかさぁ、怖ぁ〜い先生たちに囲まれて、気がついたらこうなってたんだよねー。年功序列には抗えないし、断ったらクビにされそうだったし……」
「「……」」
「霊術院には絶対に逆らえない怖い人がたくさんいるんだよ〜。いわゆる“大人の事情”ってやつ?……あ、コレ秘密ね?」
「「……」」
「でも安心して!こう見えて僕、講師歴はこの学年の中で一番長いから!自称、親しみやすい講師ナンバーワンだから!安心して着いてきていいよ!」
「(もう何を言われても不安要素しかない……!)」
――果たして、この先生の元で私たちは無事に卒業出来るんだろうか。先程までとはまた別の意味で将来が不安になってしまった。全く、なんて幸先の悪い学生生活の始まりなんだろうか……。
***
技術開発局で雑用係をしていた頃は、局内の隅々まで駆け回って様々な仕事をしていたから、立場なんてものはあまり関係なく。みんなが友達!のような環境だった。掃除や洗濯、実験の手伝いから、寝坊した局員を叩き起こしに行ったり、局員の家族が風邪をひいたとあれば医者へ付き添いに行ったり。雑用というか、何でも屋のような都合よく使える下っ端だった。だからみんなは気軽に仕事を頼んでくれるようになったし、私も積極的に声をかけるようになった。ただの雑用係ではあったけど、顔だけは広かったと思う。私は死神でも科学者でもなかったけれど、そのおかげで局員の方々とは良好な関係を築けたと思っている。きっかけを作ってくれたひよ里には感謝してもしきれないね。
しかし、この霊術院においてはそんな親しみやすさなど皆無であった。この特進学級には貴族出身の生徒が大勢いる。大勢というか、むしろほとんど。私以外は全員そうなのではないだろうか。彼らはみな一様に傲岸不遜で高飛車で、自分さえよければ何をしてもいいと思っているんだろう。自身の成績や家柄をひけらかして優位に立とうとする人たちがひしめき合っている。言っちゃ悪いがかなりクレイジーな環境だ。
「おい、見たか?あいつが……」
「ねぇ、あの子って……」
「(……聞こえてますけど〜)」
毎朝教室へ入って席に着く度に、生徒たちのざわめきは驚くほど静かになる。そしてチラチラとこちらを伺うように覗き見しては、コソコソとお仲間同士でのおしゃべりを続ける。あー、私の噂話してんだろうな〜、怖いなーいじめられんのかなーと心にもない事を考えつつ、堂々と一匹狼を貫く日々。たしかにモブはモブらしく、目立たずに過ごしたいと切に願ってはいたけれど。彼らとは育ってきた環境があまりにも違うため、どうしようもない。そう割り切って、さほど気にしてはいなかったのだけど。
自然と頭に浮かんでくるのは、技術開発局での忙しなく賑やかな日々。喜助さんと修行を重ねて傷と疲労でボロボロなのに、それでもみんなの支えになるのが楽しくて、嬉しくて。調子に乗っていっぱい雑用を抱えると、加減を考えろ!とひよ里に怒鳴られる。それがついこの前の出来事なのに、もう恋しくてたまらなかった。ああ、みんなの声が聞きたいなぁ。実験失敗したときの、あの爆発音が懐かしい。って、私はいつからこんな寂しがり屋になったんだ。……も、もしやこれがホームシック……?異世界から来た、この私が……?(朝緋流特大ブラックジョーク)
(みんな、今頃何してるのかなぁ〜……)
(しっかり三食食べて、きちんと寝てくれてるといいんだけど)
そんな淋しさを抱えながらも、気が付けば霊術院での学生生活を送り始めて早くも一ヶ月が経っていた。今までの生活とはガラリと環境が変わり、肉体的な疲労も精神的な疲労も溜まっていく一方。しかし、不安に思っていた要素の一つである輪堂先生については、良い意味で裏切られることになった。
『講師歴はこの学年の中で一番長い』と自分で言うだけあって、確かに彼の話は聞いていてわかりやすい。要点がまとまっていて何を伝えたいのかはっきりしているし、回りくどい表現も少なく授業は実にシンプル。ほかの講師たちが彼に対して畏まった態度で接しているのを見ると、周囲からも随分信頼されてるのだろう。けれど、依然として馴れ馴れしい態度は変わらないし、丸眼鏡の下で微笑む顔は胡散臭くて、生徒からすれば頼りになる講師には見えないまま。現実世界でこの人が上司だったら、仕事ぶりには尊敬するけど近づきたくはないタイプだ。
「――というのが、輪堂先生の第一印象ですね」
「えーっと、つまり翡葉さんは僕のことが気になってるってこと?嬉しいねえ」
「なぜそうなる」
「照れなくてもいいよ。僕の教え子の女の子たちはみんな僕の事好きになっちゃうから」
「もしかして、輪堂先生がクビにされそうになったのってそれが理由なんですか?え、教え子たちに手出してたんですか?うわ、最低!」
「ち、ちちち、違う違う!ちょ、変なこと職員室で叫ぶのやめてー!」
「(動揺しすぎだろ。逆に怖いんだが)」
輪堂先生は大きく手を振って「わー!わー!違いますよー!」「冗談ですからねー!みなさん勘違いしないでくださいねー!」と必死に弁明している。周囲にいる講師たちの気まずそうな顔や苦笑を見るに、あながちこれは否定できない部分もあるのだろう。……まあたしかに、顔はかっこいいからモテそうではあるな。まあもちろん、私は全然タイプじゃないけどね。
「……ところで。話って一体何なんですか?まさか、私に自分の第一印象を聞くためにわざわざ職員室へ呼び出したとかじゃないですよね?」
「ああ、そうだったそうだった」
彼はそういってコホン、とひとつ咳ばらいをすると、先ほどまでの気まずそうな表情から一転。落ち着いた笑顔を浮かべて「明日からのことなんだけどね、」と話を続けた。
「実技の授業始まるでしょ?翡葉さんは実技には参加しないことになってるの、きちんと把握してるかな〜と思って。その確認で呼んだんだけど……」
「……え?」
「もしかして、何も聞いてない?」
「え、っと……すみません。輪堂先生、そんなお話されてましたっけ」
「ああいや。僕からじゃなくて」
「え。じゃあ誰にですか」
「誰ってそりゃあ、浦原隊長だけど……」
「……」
「その様子だと、特待生の話とか、何も聞いてない感じ?」
「……ええ。何のことかさっぱりですね」
「あー、やっぱり?そんな気がしたんだよねぇ。確認しといてよかった」
輪堂先生は苦笑を浮かべ「ほら、浦原隊長ってそういうところあるでしょ?」と言って肩を竦めた。「……大事な説明はいつも後回しなところ?」と聞き返せば「そうそう。困るよねぇ」と呆れたように笑っている。そして「まあ、隊長さんはみんな忙しそうだから。仕方ないよね」なんて小言を漏らしながら、机の引き出しを漁り始めた。……ええと、これはつまり。何かものすごく大切な説明を私は彼から受けるはずだった、ということなのかな?
輪堂先生はひとしきり引き出しを漁った後、やっと見つかったお目当ての書類らしきものをひらりとコチラへ手渡して「一応詳しいことはここに書いてあるから。後で読んでみて」と笑った。
「さて。それじゃあ、僕が浦原隊長の代わりに簡単に説明するね」
「はい。お願いします」
「君は今回、短期での卒業を見込める特待生に指定されている。これは主席で入学したからって誰でもなれるものじゃなくて、主席入学した者の中でも飛びぬけて成績の良かった、霊術院の中でも歴史に名を残すような生徒へ与えられる制度だよ」
「……恐縮ですね、」
「この制度の一番の特徴は、進級試験にさえ合格できれば必要な課程を履修しなくても良いこと。将来有望な生徒には早く入隊してもらうことが目的だからね」
「なるほど」
「翡葉さん、実技試験の結果はとても優秀だったから。とても。今更、基礎的な実技の授業なんか必要ないでしょ?」
「なんで同じこと二回言ったんですか。さては私が実技試験でやらかしたの知っているな?馬鹿にしてるでしょ!気にしてるのに!」
「いやあ、してないしてない。さすが、浦原隊長が推薦するだけはあるなって思ったよ。これは本当」
「これ“は”って言った。これ“は”って」
「……だって。翡葉さんは覚えてないだろうけど、僕はあの場に居たしアレ見てるから。直後の君の顔、めちゃくちゃ焦った顔してて面白かったなあ。今でも鮮明に覚えているよ」
「〜〜〜っ覚えてなくていい!忘れてください!」
「(揶揄うと面白いなあ、この子。そりゃあの人が気に入るわけだ)」
彼はケラケラ笑いながら「落ち着いて落ち着いて。まだ話の途中なんだから」と言って、どこから取り出したのか湯呑にお茶を注いで手渡してくる。「はい、どうぞ」と爽やかな笑顔を向けられた私は、それを受け取って口にしないまま「お茶なんていりませんからさっさと続き話して下さい」と勢いよく机の上に叩き戻してやった。こいつ、自分の顔がいいからって、笑えば誤魔化せると思うなよ……!
「だから、まあ。ええと、そんなわけだから。翡葉さんは実技の授業には参加しないで、これからその時間は座学の補講をしていこうか」
「座学の補講……なんですか?実践的な実技の授業を受けるとかじゃないんですね。……ていうか、『していこうか』って。あなたがやるんですか」
「もちろん五回生とか六回生がやるような実技の授業も今後受けてもらうことになると思うけど、まずは座学かな。翡葉さんに圧倒的に足りないのは、尸魂界の歴史とか虚や死神について学ぶことだと思うから」
「……そうですか」
「あれ、不服そうだね。歴史や知識は死神に必要ないと思ってるでしょ」
「いえ、そういうわけじゃ……。ただ、早く卒業して入隊するのが特待生なら、座学よりも実技に集中した方が即戦力になるんじゃないかなあ、って」
「ああ、そういうこと。まあたしかに、翡葉さんの言いたいこともわかるけど……。――この世界は、力だけじゃ生き残れないから」
「……」
「まあ、これから学んで色々経験していけばわかると思うよ。それこそ、どうして君が“霊術院に入学しなくちゃいけなかった”のかもね」
「……、」
「君が思うよりもずっと、この世界は複雑で残酷だから。ほかの特待生も座学だけは必要最低限、きっちりみっちり受けてるよ。まあ、つい最近の特待生はそれでも一年で卒業しちゃったけどね。いや〜、末恐ろしいねえ」
「(それって、)」
「……たしか、市丸ギンって言ったかな。入隊と同時に席官の座が用意されてるなんて異例の事態だったよ。知ってる?」
「へえ。そりゃすごい人もいるもんですね。はは、私ごときでは特待生なんて勤まる気がしませ、」
「いやあ、翡葉さんも十分すごい子だよ。まあ市丸ギンとはすごいのベクトルが全然違うけど」
「……それって褒めてます?」
「褒めてる褒めてる」
彼はそう言いながらずずっとお茶を啜り、「もっと自信持っていいのに」とニコリと笑った。
「特待生っていうのはさ。生まれながらにして強大な霊圧を持ってる上級貴族の子とかがなるんだよ」
「へえ。そうなんですね」
「まあ稀に、市丸ギンみたいな天性の才能に恵まれた流魂街出身の子もいるけど……うん、あの子は例外中の例外だね」
「……はあ。そうですか(興味なし)」
「でも君はそうじゃないでしょ?彼らみたいに、最初から霊力が大きかったわけじゃない」
「え」
「……って、おっと。この話は秘密なんだった」
「は、」
「あー……うん、まあいいか。うん。ほら、翡葉さんは流魂街の出身なんでしょ?だけど、あの人の話じゃあ、君のその霊力は彼との修行で身に着けたものらしいじゃないか」
「……まあ、はい。そうですね」
「――つまり君は、後天的な『努力』だけで特待生に選ばれたってことになる。それって本当にすごいことなんだよ」
「……そう、なんですかね」
「うん。そうだよ。だからもっと自信持っていいのに」
「……」
「……」
「……あの、」
「ん?」
「輪堂先生って浦原隊長と仲良いんですか?」
「……それ聞いちゃう?」
「もしかして、知り合いか何かだったりします?」
「どうしてそう思うの?」
「勘です。そんな雰囲気を感じたので」
「……フフ。さあ、どうだろうね?」
伏し目がちに目を逸らし、再び湯のみに口をつける輪堂先生はいつも通りに微笑んでいたけれど。その裏にはほんのりと哀愁が帯びていた。普段は楽観的な態度しか見せない彼がそんな顔をしている理由が知りたくて。いや、こんなところで出会うと思っていなかった、あの人の痕跡を辿りたくて。勇気を出して「誤魔化しきれてないんですから、隠さなくたっていいじゃないですか」と私が言えば、彼はまた笑って「うん。まあ、ただの知り合いだよ」と答える。……その顔はやはりどこか懐かしそうで、それでいてちょっぴり淋しそうだった。
(……ただの知り合いなら、なおさら隠さなくてもよかろうに)
「まあ、そういうわけだからさ。明日からの実技授業の間は、僕と座学の補講をしようか。それで座学の進級試験もささっと乗り越えて、ちゃちゃっと卒業しちゃおう」
「んな軽々しいノリで言われましても」
「大丈夫大丈夫。言ったでしょ?僕はこれでも講師歴は長いし、生徒からの評判もいいんだから」
ニコニコと笑う彼の机の上には、これまたニコニコと笑う彼が写った写真がいくつも飾ってあった。……おそらく、生徒たちと撮った写真なのだろう。手書きのメッセージが付け加えられたそれを、輪堂先生は大切に飾っているようだった。若干、女子生徒と写ってるものが多いことだけは気になるものの……彼が生徒たちに慕われている講師だというのは充分伝わるものだった。
「……輪堂先生」
「ん?」
「私は、どれくらいで卒業出来そうですか」
「……そうだなあ。翡葉さんの伸び代も考えると、なかなか難しいけど…………三年くらい、じゃないかな」
「……二年」
「……え、」
「それなら、二年で卒業します。絶対、必ず。……浦原隊長と連絡が取れるのなら、あの人にもそう伝えてください」
「……」
「私は頑固で大の負けず嫌いなんです。これと決めたことは絶対に曲げない、必ず有言実行させてみせます。……だから、頼みましたよ。『評判の良い』輪堂先生」
元々、六年間も霊術院へ通い
]技局から離れることに対して、どうしようもない無力さと淋しさを抱えていた私にとって。輪堂先生から聞かされた特待生という話は、とても都合が良くてありがたい話だった。霊術院が嫌なわけじゃないが、如何せん“あの事件”までに残された時間が少ないのだ。さっさと卒業出来るのなら、それに越したことはない。
――私が頑張れば、早くあっちに戻れるんだ。早く、みんなと同じ目線に立てるんだ。そう思った途端、私の胸には一気にやる気が満ち溢れてくる。こんな気持ちは、死神になると決めて髪を切ったあの日以来だ。
あれから随分と時が経ち、再び結べるくらいまで伸びた私の髪には。以前お守りのようにして使っていた、あの髪紐が揺れている。彼の髪色と同じ亜麻色の髪紐をそっと撫でながら、先程聞いた話を思い返した。
――喜助さんはきっと、特待生の話を忘れていたわけでも、後回しにしたわけでもないんだろう。あの人は“あえて”私に話さなかった。特に根拠もないけれど、何か理由があったんだろう。そんな気がするのだ。……彼は、本当に必要な時にだけ、真実を語る人だから。それできっと、彼だけは私が短期間で卒業出来ると知っていて、淋しがる私を見て笑っていたんじゃないだろうか。あの時どんな気持ちで、飴玉を手渡したんだろう。――まったく、意地悪な男だなぁ、あの人は。
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