それは白からやってきた
――ドタドタッ
「あれ、朝緋ちゃん?」
「ん、おはよー!」
「ちょ、ちょっと!こんなお休みの日に斬魄刀持ってどこ行くの!?」
「どこって、ちょっとその辺で体動かしてくる!」
「ええ!?げ、元気だね……。が、頑張って〜!」
「うん!ありがとー!いってきまーす!」
休日の午後。居ても立っても居られなくなった私は、斬魄刀――もとい、浅打を引っ掴んで部屋から飛び出した。途中、廊下ですれ違った同じ寮生の友達が珍獣を見るような目で話しかけてきたが、気にしない。……ああ、ちなみに彼女は私と同じ流魂街出身の子だ(私の流魂街出身はあくまで『設定』だけど)貴族はみな瀞霊廷内に邸宅を持っているから家から通っているけど、我々流魂街出身の者たちはそうもいかないのでね。彼女は傲岸不遜で高飛車な
貴族とは違って、とてもフレンドリーで気さくに話しかけてくれるのですぐに仲良くなれた。クラスは異なるけれど部屋が隣同士のため、よく一緒に食事をしたりする仲だ。
――とまぁ、彼女については追々話すとして。私は今、猛烈な衝動に駆られているのだ。この衝動を抑えるべきか起きてからずっと悩んでいたが、考えているうちに我慢する必要などあるのか?という結論が出て、今に至る。……そう、その衝動とはすなわち『体を動かしたい!』という本能に近い欲求だった。
何故そんな欲求が湧き出て来るのか。答えは単純、私がここ数ヶ月まともに体を動かしていないからである!
私は入学してから今までずっと、霊術院では座学の勉強しかしていない。基礎的な実技の授業は必要ないからと、その時間すら補講に当てて、椅子に座って字を書くばかり。流石にこのままでは筋肉も体力も衰えると思って自主的に筋トレや走り込みはしていたけど、それももう限界だ。ここに来るまで毎日毎日、痣や擦り傷を作ってボロ雑巾になるまで彼と稽古をしていたせいで、私はすっかり『体を動かさないと満足できない』ようになってしまっていた。……別に私がマゾだとか、そういう話ではない。と思う。うん。
寮を抜け出して、校舎の方へ。さすが休日とあって普段の活気は全くないが、それでも敷地内ではちらほらと生徒たちの姿を見かける。別に悪いことをしているわけではないけれど、なるべく目立ちたくはないので人目につかなそうな場所を探した。そうして、適当にひらけたちょうどよい裏庭を発見し、ぐるりと肩を回す。
「――よし、」
浅打を鞘から引き抜いて、両手で構える。竹刀や木刀と違ってずっしりと重たいそれは、まだあまり扱いに慣れていない。彼との約四か月間の修業の中で浅打を使って稽古をしたのは、入学するまでの三週間――いや、お互いの予定が嚙み合わなかったため、実質は二週間ほどしかなかったからだ。けれど、そのたった二週間でも。実際に『刀と刀』を使って打ち合いをしたのはとても大事だったんだなぁ……と、素振りをしながら噛みしめる。
「ヤダなぁ、朝緋サンってば知らないんスかぁ?霊術院に入学しなきゃ浅打なんて手に入らないっスよ」
「……まだ入学してませんけど?」
「貴女が入学試験に落ちるわけないでしょ。超がつくほど負けず嫌いなのに」
「…………」
「どうせ貰えるなら先に貰って、修行の続きをした方がいいかと思って。あ、もちろん、先に浅打を貰ったことは他言無用でお願いしますねん」
「……勝手に取ってきたんだ」
「違いますよぉ、“前借り”ですって」
思い出すのは、浅打をもらった時の会話。彼はヘラヘラと笑っていたけれど、実際は相当な無理を押し通して浅打を『前借り』してきてくれたのだろう。そのおかげで、二週間ではあるがあの稽古は実現したのだ。
はたから見れば、たった二週間の稽古で何を学べるんだ?と思うかもしれない。実際私も、あの当時はどうして入学すれば自ずと貰える浅打を、そこまで無理して前借りしたのかわかっていなかった。けれど……私を評価する『第三者』が現れた今なら分かる。
――私の、特待生足る所以は。必死に稽古を重ねてきたあの日々にある。それは認めよう。だが、『翡葉さんはすごいね』『たくさん努力をしてきたんだね』と……私を評価するのは“間違い”である。本当にすごいのは――そんな短期間で、魂魄もどきだった素人の私をここまで評価されるほどに鍛え上げた『浦原喜助』なのだ。
考えてもみてほしい。あの人は、“たった十日で一護を隊長格と戦えるレベルに鍛えた”男だ。その彼が四か月もかけて私に向き合って指導をしてくれたのだから――私の成長は当然の結果である。そりゃあ確かに、私にだって少なからず素養はあったのかもしれないけど……それを効率的に引き出して鍛えてくれたのはあの人だ。彼の指導がなかったら、私はここまで成長していなかっただろうという確かな実感がある。
あの人は、相手に合わせた――いわば『個性へ最適化した指導』が驚くほど得意なのであろう。一護の時も、斬術や体術を理屈で語って教えたのではなく、才能を見抜いて経験を補うことで鍛えたように。彼は、得意の鋭い観察眼で私が“どうすれば頑張れるのか”をよく見抜いていたと思う。私の頑固で負けず嫌いな性質を否定せず、甘やかしもせず、その中間に立ち続けて“私が諦めないことを誰よりも信じて”くれていた。
例えば、私が目標を超えられなくて妥協したときは『朝緋サンがそれで納得できるなら、今日は終わりにしましょうか』と、心が折れないように笑ってくれる。けれども次の日には『ホラホラ、そんなんじゃ昨日となァんにも変わってないっスよ?』と、私の『妥協』が『自信の喪失』にならないようにわざと煽って、目標を超えるまで頑張らせようとしてくるのだ。――まったく、私の意地の底まですべて見透かされていて少し腹立たしくはあるが……そうして『信頼を前提にした放任的な指導』をされてしまえば、“見てくれているなら頑張りたい”と、私の中で持ち得る一番の強い『成長への渇望』を抱かざるを得なかった。
そんな彼だからこそ。短い期間しか残されていないと知りながら、無理を押し通して浅打を前借りしてきたのだろう。彼からしてみれば、“たった”二週間だったのではなく、私に基礎を教え込みあとは経験を積ませるだけ、というところまで鍛えるのには――二週間で“充分”だったというわけだ。
「(今更過ぎるけど……あの人って本当に、どこまでもすごい死神、なんだよなぁ)」
「(そりゃ、百年前に追放されても実力だけは伝わってる男――って評価されるわけだ)」
浅打を振りながら、心では彼への想いの輪郭に触れる。……うん、そう。そうだね。彼はすごい人。私とは天と地ほどの差がある……手の届かない人。だけど、いかんいかん。それは彼の実力の話であって、盲目的に崇拝してはいけないと――私だけは、彼が孤独や恐怖という人間らしい感情を抱えている『普通の人』であると思わねば。忘れちゃダメなんだ、彼だって、感情を持つただの一人の男なのだということを。――私は彼の、そいういう人間らしさに惹かれたのだから。
「(大好き、だなぁ)」
「(……まあ、この想いを伝えることは死ぬまでなさそうだけど)」
――翡葉朝緋は、まだ気が付いていない。彼女の“愛した男のためを想う思いの強さ”が、既にどれだけ彼女自身に影響を与えているのか。その思いの力は、やがて理屈をもひっくり返す奇跡にすら繋がるのだと――この時はまだ、知る由もなかったのである。
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