褪せない光があるうちに


 ――結論。


「……やっぱりダメだ。関わりたくない」


 ぱたん、と閉じた扉に背を預ける。ずるずると床に蹲り、ぎゅっと膝を抱えて俯く。

 逢いたいと願い、恋焦がれた、次元の異なる世界にいたはずの男。彼を目の前にして私が一番最初に願ったことは、「愛されたい」でも「傍に居たい」でもなく、「嫌われたくない」だった。――実に自己本位で、卑しい願い事だ。思わず苦笑が漏れる。


「…………お、おかえりなさい、浦原隊長!すみません、中にいらっしゃると思わなくて、」
「……貴女は、」

 

 あくまで平静を装って、その場に相応しい言葉をかけたつもりだった。けれど、スッと細められた彼の探るような眼を前にして、嫌われたくない、疑われたくないという本能から、気がつけば自室まで戻ってきていた。
 もし私が「彼を守りたい」だとか「皆の役に立ちたい」などと思える、勇敢なヒロインだったなら。きっと自室ここにいないだろう。しかし、所詮は、自己本位で卑しい願いしか持てない、ちっぽけな人間なのだ。何者なのかと疑われ、敵意を向けられる事に酷く敏感な私は、関わる事を恐れて逃げ出した。まったく、なんと憐れで滑稽な生き物なんだろう。私をこの世界に飛ばした神様がいるのなら、きっと私の無様な様子を見て笑っているに違いない。


(――それでも、)


 疑われることを承知で共に過ごし、嫌われる覚悟で絆を育み、彼らの仲間となり戦うよりも。傍になんかいれなくていい、名前さえ知られないままでもいい。確実に嫌われない未来を選びたい。

 ――それが、既に“侵入者”と疑われ殺されかけたことのある、私の唯一の願いだった。









 
 鼓膜を震わせる雨音に意識が沈み、濁った泥の匂いが肺を満たす。視界は滲んで闇と混ざり、地に伏し冷えきった体は、頭を擡げることしか出来ない。混濁した意識の中で、刃のように鋭く肌を叩く雨粒の感覚だけが、はっきりと感じ取れていた。


「……ほなら、何でこんなとこおんねん」
「……っ、何も、覚えてなくて、」
「えらい都合のええ言い訳やな」



 冷えきった瞳。地を這うような声。鯉口を切る指先。そのどれもが私への敵意を物語っていて、見えない何かで押し潰されているように息が苦しかった。



(ああ、またこの夢か……)

 

 今でも鮮明に覚えている、冷たい雨と鋭い殺気。
 こうして何度も夢に見るくらいには、心にしっかりと縫い止められた記憶なのだろう。
 
 私に「これ以上疑われたくない」と、強い恐怖心を植え付けるにはそれはそれは十分な出来事で。私の愛した物語で、敵意を向けられる絶望など。もう二度とごめんなのである。



 ***



 どんなに気分が優れなくたって、眠れない夜があったって、太陽は時に残酷に。どんな夜を過ごしても、朝は変わらずやってくる。時間は待ってはくれないのだ。

 はぁぁーー……と深くため息をつく。昨日の今日、それも最悪の夢見で気分は落ち込んだまま。俯いた顔が上がらない。こんな日はもう、床の染みでも数えていたい気分だ。
 いつも通りに朝から技術開発局に顔を出していた私は、局員たちとの挨拶も程々に、ガサゴソと掃除用具を取り出してひたすら無心で箒を動かしていた。


「――なんやぁ?朝から床の掃き掃除て、真面目やなぁ朝緋チャンは」
「……! 何か御用でしょうか」
「オォ、怖。なんやえらい機嫌悪いやんけ。どないしたん」
「別に、どうもこうもないですよ。浦原隊長はもう帰って来たんですから、真子さんがここに来る理由は――」
「なんや、もう喜助に会うたんか?」
「…………」
「喜助が帰ってきたん、隊長と副隊長しか知らへんで。まだここにも顔出しとらんやろ。朝緋チャンが知っとるってことは、もうどっかで会うたんやろ?」
「……はい、昨晩お会いしましたよ。それが何か?」
「どーもこーもあらへんわ、どやったか?って聞いてんねん。……別に、朝緋チャンが思っとるほど冷たいヤツちゃうかったやろ?」
「……(そんなの、最初から知ってるよ)」
「そないビビらんでも、朝緋チャンを追い出したりなんかせぇへんよ、安心し」


 そう、私はあくまでも「とりあえず保護」されている身分。その「とりあえず」がこの先どうなるかは、局長である彼が決めることなのだ。私は部外者で、得体の知れない不審者ですから、ここを追い出される可能性は普通に有り得る。というかむしろ、私はそれを覚悟しているよ。合理的な判断をする彼が、こんな怪しい人物をここに置いておくとは思えないもの。あ、まあ、なんかの被検体とかでなら置いてくれそうだけど……。
 そもそも、“追い出される”って、まるでここが“私の居場所”みたいじゃないか。……そんなことはない、私が他の皆と違うことは理解してる。ちゃんと弁えてますよ。

 
「ホラ、言うとる間にご本人様の登場や。行くで」
「へ?」

 
 しかし、そう言うや否や、真子さんは私の返事など聞かずに強引に手を取ってズンズンと前に歩いて行く。――まるで、私が超えないようにしている境界を、手を引いてその先に連れていこうとするみたいに。
 
 彼らと関わりたくない、と思ってはいるけれど。下手に関わりを断つ方がかえって怪しまれると思い、差し伸べられた手は跳ね除けられずにいた。そうして来る者拒まずな姿勢を保っているのを知ってか知らずか、まるで“逃がさないぞ”と言いたげに手を引く真子さんの背中を、私はただ黙って見ていることしか出来なかった。


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