褪せない光があるうちに
「おーっす、おはようさん、喜助ェ」
「おはよっス、平子サン。どうしたんスか?」
「ホレ、朝緋チャン。ボケェ〜っと床掃除しとったから連れてきたったで」
真子さんはスッと横にずれて、私の背中をそっと押す。自然と一歩、前に出た。
俯いていた顔を恐る恐る見上げると、やや驚いたように目を丸める喜助さんと、ぱちり、と目が合う。
「……おやおや、どうも初めまして、朝緋サン。ボクが一応、ここの責任者……というか、隊長をやってる浦原喜助っス」
私の名を呼ぶ声は思っていたより柔らかくて。この時代の、彼の素朴な一面が垣間見えるようだった。ふわふわと癖のついた亜麻色の髪は、太陽に照らされてキラキラと輝いていて。昨晩のような一瞬の邂逅ではなく、しっかりとこの目で見る彼の笑顔は、たとえこの場に合わせた作り物だとしても、涙が出るほど眩しかった。
(これが、本物……)
「初めまして、浦原隊長。……こちらにお邪魔させて頂いてました、翡葉朝緋です」
「……聞きましたよ、平子サンとひよ里サンから。ボクがいない間、貴女がすごく献身的にお手伝いしてくれたって」
「い、いえ……こちらへお世話になっている間に、私にはそれくらいしか出来ることがなかったので」
「みんな、すごく助かったって口を揃えて言ってました。昨日も夜遅くまで残ってくれてたんスよね?」
「……はい。その節はお邪魔してしまってすみませんでした」
「――だから、お邪魔だなんてそんな寂しい事、言わないでくださいよ」
「……え?」
「朝緋サンはもう、ココの仲間なんスから」
「――!」
どういう事だ?と戸惑い、ニヤニヤと怪しい笑みを浮かべる真子さんの顔をバッと見上げる。
コノヤロウ、一体何を報告したんだ。変な事言ってないだろうな、と疑いの目を向ける私に、真子さんは一際ニィと口角を釣りあげて笑った。でもそれは、私を揶揄うようなものではなくて、まるで――
「もし、朝緋サンがよければ……このまま貴女を、正式な局員として技術開発局に迎え入れたいと考えています」
「……!」
予想外の発言に思わず体が固まる。彼の言ったことを理解するのに、少し時間がかかった。
――私はてっきり、保護はいつまで、とか。流魂街に連れていくとか、そういうものを想定してたのに。呆気にとられて呆然としている私を見透かしてか、真子さんがやれやれ、と言ったように口を開く。
「記憶喪失で日常生活に影響出たら困るやろ?もしなんかあっても、ここならそういうん詳しいヤツらがようさんおるから安心、っちゅーわけや」
ああ、なるほど。確かに私は「どこから来たのか」と聞かれた時、本当のことなど言えるわけもないので「記憶喪失で分からない」と答えた。しかし、他人の機微に鋭い真子さんが、それを易々と信じているとは思えない。だからこれは、建前なんだろう、と直感的にそう思った。私をここに置いて置くための、優しい彼らだからこその、建前。きっと本音では、怪しいと思うならこそ、手元で監視するべきだという結論に至っているんだろう。
しかしそこまで分かっていても、彼らとの関わりを保つことになる結果に、はい喜んで!と素直に答えられないのもまた、私なのである。
「……それはすごく、有難いのですが……本当によろしいんでしょうか?私は、その……」
「――あぁ、細かい事はいいんスよぉ。ここにいる方たちは、出身も経歴もみ〜んなバラバラなんス。だからそこは安心して下さい。ね?」
眉を下げて困ったように笑う喜助さんの表情の裏には、彼の不器用な優しさと、ほんの少しの孤独が滲み出ていて。あぁ、この人にこれ以上気を使わせてはダメだと、こんな顔をさせたかったんじゃないと胸がきゅっと締め付けられる。
――バカだな、私は。怯えて足踏みしている場合じゃないだろう。私の心から守りたいと願う人が、そう言ってるんだから。私が一歩踏み出す理由なんて、それで十分じゃないか。
「……では、その。私でよければ精一杯頑張りますので、これからもお世話になります……!」
「よかった。貴女なら、そう言ってくれると思ってましたよ。――改めて、よろしくお願いします、朝緋サン」
スッと差し出された彼の手に、遠慮がちに自身の手を重ねる。互いの温度を確かめるような、触れるだけの握手だったけれど。私の手が触れた途端に見せた、ふっと力が抜けたような微笑みと、指先から感じる彼の少し冷たい手のひらは……ずっと覚えていたいと思った。
「それじゃ、まずはその格好からっスね」
「……?」
「既にご存知かと思いますが、ここには危ないものがたくさんあります。……ゆっくりでいいんス、ちょっとずつ、これから一緒に覚えていきましょ」
そういって彼から手渡されたものは、技術開発局の制服とも言える白衣だった。どこまでも真っ白で染み一つないそれは、見た目以上にずっしりと重たい。……この世界に居場所を得ることの重みを、突きつけられているみたいだった。
(……これを着てしまったら、もう私は、)
「…………」
「朝緋サン?どうかしました?」
「……いえ。実は、この白衣にずっと憧れてたんですよね。いやぁ、嬉しいなぁ。ありがとうございます、浦原隊長」
「そんな大層なものじゃないっスよ。でも、喜んでいただけたなら何よりっス」
「ほぉーん、朝緋チャンの白衣姿かぁ、楽しみやなァ」
「何言ってるんですか、真子さんはもうここに来る用事は無いでしょう」
「そない冷たいこといいなや、ええやんけちょっとくらい。なぁ喜助ェ」
「困りますよぉ、朝緋サンはもう
技局の子なんスから。程々にしてくださいね」
「(……な、なんて言い方するんだ)」
「……ほーー、妬ける事言うやんけ」
「朝緋チャンやって、ほんまはオレと会われへんくなったら寂しいやろ?」などという戯言は聞かなかったことにして。手元の白衣をぎゅっと握りしめた私は、喜助さんの方へ向き直った。
「浦原隊長」
「はい?」
「今からこの白衣に着替えてきてもいいですか?」
「ええ、もちろんっスよ。いってらっしゃい、朝緋サン」
「ちょぉ待ってや。俺のことは無視かい」
……当たり前だ。
本当は楽しかったなんて、誰が言ってやるもんか。
(本当の私は、寂しがり屋で、わがままで)
(名前を呼ばれる温かさを知ったら、どんどん欲張りになる)
(……無欲な自分になんて、戻れない)
「なぁ、喜助」
「なんスか?」
「お前、あの子に何か言うたか?」
「……はい?」
「昨日、朝緋チャンに会うたんやろ?」
「確かに会いましたけど……一瞬だけだったんで、言葉を交わす余裕はなかったっスよ」
「……そうか」
「……平子サン?」
ほなら、なんで。
……あの子はあんなに泣きそうな顔しとったんやろ。
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