それは白からやってきた
「……おお。気が付いた」
「……んん、」
「おーい、翡葉さーん?大丈夫?」
「……あれ。りんどーせんせー?」
「うん、そうだよー。輪堂先生だよ〜。いやあ、寝起きの翡葉さんはとびきり可愛い、」
「うるさいこの色ボケ講師」ドスッ
「ぐはぁ……っ!」
再び目が覚めると、そこには屈んでこちらを覗きこむ色ボケ講師――こと、輪堂先生がいた。なんか聞き捨てならない言葉が聞こえてつい反射で殴ってしまったけど……なんだったっけ。まあいいか。
寄りかかっていた幹から体を起こして、うーんと背伸びをする。そうして首を傾げて、自分の身に起きたことを整理しようと頭を働かせた。……だが、すぐにはよく思い出せない。ので、ひとまず目の前にいる人物へ疑問を投げかけてみることにした。
「……輪堂先生はなぜここに?」
「君がここで素振りをしているのをずっと見てたから。頑張ってるな〜と思って声掛けに来たんだよ」
――ああ、そうだ。私は授業がない休日にも関わらず、体を動かしたくてたまらなくなって、ここへ来たんだった。それからずっと、ひたすら無心で素振りを……。
(……ん?)
「――“ずっと”見ていた、って言いました?」
「うん。君がそこへ来てから、今の今まで。ずっとね」
「……なんで!?どっから!?」
「だって、すぐそこの窓がある部屋。職員室だもん」
「〜〜〜っ(恥ずかしすぎる!!)」
「君が熱心に素振りしてるの、職員室でも話題になってたよ。素晴らしい生徒だって褒められて、僕も担任として鼻が高かったなぁ……って、もしかして気が付いてなかったの?」
「分かるかぁ!誰がこんな外れた場所の校舎に職員室があると思うんだよ!」
あああ、恥ずかしい!恥ずかしすぎて顔から火が噴きそう!穴があったら入りたいとこの時ほど強く思ったことはない。人生で一番の恥ずかしさを感じている気がする……!(泣)
かぁぁっと顔に熱が集まるのを感じて、誤魔化すように膝を抱えて蹲る。知らない講師や生徒に見られていたのならまだしも――知り合いの、しかも担任のこの男に見られていたなんて……うおおお(悶絶中)
「いやー、翡葉さんがあまりにも真剣にやってるからなかなか声かけられなくてさぁ。やっと休憩しそうな感じだったから、ここまで出てきたんだけど……。何、君、あんな一瞬で寝落ちしちゃうほど疲れてるの?」
「……は、はい?」
「君が素振りを中断するのが見えたから職員室を出てきたのに、ここへ来る間に寝ちゃってるんだもん。疲れてるなら無理しなくても……」
「私ってやっぱり寝てたんですか?」
「……え?」
「いや、なんか……ものすごくリアルで、ものすごくムカつく夢を見ていたので」
「……どんな夢だったか、聞いても?」
彼にそう問われ、私は先ほどいた白い空間での出来事を大まかに説明した。夢のような現実的じゃない空間だったのに、痛覚ははっきりあったこと。出入口とかはなくて、以前も気絶するように急に意識が途絶えたときに見たことがあること。それから、ものすごく高圧的でムカつく男がいて、姿は見えないけど話しかけてきたこと。そして話しかけて来るや否や、私の話は全く聞かず一方的な態度で、その男によって速やかに現実へ帰されたこと。とにかく、その男がムカつく奴だったことを話した。
「自分で呼んだみたいなことを言ったくせに、偉そうに『帰れ』って言うんですよ!?」
「……翡葉さん」
「え、あ、はい?」
「――それってきっと、斬魄刀に呼ばれて精神世界へ行ってたんじゃない?」
「……え?」
「出入口がないのは、そこが精神世界で現実に存在しない空間だから。で、その空間で話しかけてきた人物がいるってことは……その正体は斬魄刀の本体だと思うよ」
「……いやいや、そんなまさか、」
「だって、ホラ。確かに意識してみれば、君の浅打から霊圧感じるもん」
「……えええええ!?(驚愕)」
……ちょっと待ってください。
ええ、それじゃあ、
「あのムカつく男が斬魄刀の自我ってこと!?めっちゃ嫌なんですけど!ええ!?信じたくない!」
「あはは……まあ、斬魄刀の本体と死神が必ずしも相性がいいとは限らないからねぇ……」
「なぜそんな憐れむ目を……!他人事だと思って……!」
「だって、まぁ、他人事だし。斬魄刀は死神の半身、表裏一体。もう自我が決まってるならどうしようもないよ、残念だけど」
「……なんか冷たくないですか?」
「んー?なに、優しい輪堂先生をお求めなの?泣きたいなら胸でも貸そうか?」
「結構です」
「……君の方がよっぽど、普段から僕に冷たいと思うけどな……」
全く予想もしていなかった結末に、驚きと戸惑いが大きな波のように私の心へ襲いかかる。だがしかし、あの場所が精神世界で、あの声が斬魄刀の本体だと言われてみればすんなりと腑に落ちてしまった。思い返せば確かに、それらしい事を話していたような気がするな……と傍らへ置いてある浅打へ視線を落とす。すると、声も聞こえないし何も見えないけど、なんとなく、まだ嘲笑われている気がしてムッと眉間に皺が寄った。……本当にアレが正真正銘私の斬魄刀なのだとしたら……なかなか、今後の付き合いは難しそうだなぁ……。
「斬魄刀との“対話”まで進んだなら、あとは“同調”して名前が聞ければ、いよいよ始解の習得だね」
「……名前、ねぇ」
「……まあその様子じゃあ、まだまだ聞き出せそうにないだろうけど……」
「……斬魄刀との対話って、どうやったら出来るんですか?」
「んー。始解まで進んでいれば、瞑想して精神統一すれば斬魄刀が応えてくれると思うけど……始解前だと難しいね」
「つまり、また向こうに“呼んで”もらわないと無理ってこと?」
「まあ、そうなるね」
「……なるほど」
確かコイツは『ここが何処だかも分からん、私が誰なのかも分からん。そんな奴に用はない。こちらから願い下げだ、帰れ』『その足りない頭で、少しはこの場所と私の正体について考えてこい』――と言っていたはずだ。なら、今やあの空間と男の正体がわかっているのだから、声をかけたらもう一度あちらに呼んでくれるかもしれない。そう思って再び浅打を両手で握りしめ、呼びかけようとして浅く息を吸った瞬間――すっ、と前から伸びてきた手が、私の浅打を握る手に重なる。そしてそのまま、重力に従って浅打は押し返されるように私の方へ傾いた。
一体どうしたのかと、その手の主である輪堂先生を見上げれば、彼はゆるゆると静かに首を横に振った。
「そんなに焦らなくてもいいじゃない」
「……っ、え?」
「始解は、普通なら十年二十年かけて習得するものなんだから。そんなに急がなくてもいいんだよ」
「……いや、別に。急いでるとかそんなつもりじゃなくて、」
「それに。形式上は同調した斬魄刀から名前を聞き出すのが始解の条件だけど。あれは、“聞き出す”っていうよりも“勝手に教えてくれる”のを待つものだからさ」
「そ、そうなんですね」
「うん。だからいいんだよ、翡葉さんはそのままで。……きっとまた、斬魄刀の方から話しかけてくれる日が来るから」
「……わ、わかりまし、た……?(なんか、やけに干渉してくるな……)」
「――ところで、」
「……っ、はい?」
「翡葉さんはどうして、休みの日にわざわざ浅打の素振りなんかしてたの?」
輪堂先生の、普段と違う様子……無言の圧力のようなものに戸惑っていると。彼は話題を変えたと同時に表情も普段の飄々とした胡散臭いものに戻っていて、ケロッとした様子で私に問いかけてきた。あまりにも普通でいつも通りに戻っているから、さっきのはなんだったんだ?気のせい?と勘違いしそうなほど。まあ別に、いつも通りなら気にしなくていいか……と、私はさっきの違和感を放棄して質問に答えた。
「体が鈍りそうだったんで、居ても立ってもいられなくて」
「……鍛えてるの?」
「いや、そういう訳じゃ……いや、違わないか」
「え、」
「入学する直前まで、浦原隊長と毎日修行してたんですよ。でも、最近は座学ばかりで体を動かす機会がなくて、鍛えてたのに鈍ったら嫌だなぁ〜って。それだけです」
「……君ってば本当に、努力家だねぇ」
「そうですか?強くなるためにここに居るんですし、当たり前じゃないですかね」
「そういうのを“頑張ってる”って言うんだよ。努力家ってこと」
「……ほ?」
「……そんな間抜けな顔しないでよ。僕は今、君を褒めてるんだから」
「……ありがとうございます?」
「ふふ。……まぁいいや、うん。分かった。検討しておくね」
「検討?」
「――僕には『座学ばっかりじゃつまらない』って聞こえたけど、違った?」
「え……いやいや!ええ!?違います、そんなつもりじゃ、」
「あっはは、冗談冗談。でも、そろそろ翡葉さんが実力に合った実技の授業に参加出来るように、上級生の講師に掛け合ってみるよ。しばらく待っててくれる?」
「あ、え……は、はい。それはもちろん」
「うん。じゃあ、それまでは自主練で補っててよ。無茶は程々に、頑張ってね」
輪堂先生はそう言い残すと、最後に小さな笑みを浮かべてこの場から立ち去った。……なんか、ええと、急に色んなことが起きたような気がする。けれど、とりあえずは……この、職員室から丸見えらしい場所から移動しよう。彼の背を見送ったあとしばらくして、私もその場から立ち去った。
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