それは白からやってきた



 ジリジリと照りつける太陽。茹だるような暑さに、額からこぼれ落ちる汗をぐい、と拭う。彩りの鮮やかな季節からしとどに雨が降りしきる梅雨も明けて、私の大嫌いな夏が顔を覗かせていた。なぜ夏が大嫌いなのかって?暑さが嫌いなのと、そこら中に大嫌いな蝉がいるからです。はい。

 あれからと言うもの、輪堂先生は約束通りに実技授業の手筈を整えてくれた。今は、斬術や鬼道などの授業を三回生に混じって受けている。もちろん、輪堂先生との座学の補講は並行して続いたままだ。――というか、輪堂先生は私の担任でもありながら、一から六回生までの座学を受け持っている講師なんだとか。そのため、座学だけは卒業試験に至るまで彼から教わり続けることになっているらしい。理由は、彼曰く「僕は実技の才能が全くないから、座学しか教えてあげられないんだよねー」……ということなんだとか。すんげー嘘っぽかったけど。

 彼の馴れ馴れしい部分にはこちらも慣れてきたけれど、何故かこう、胡散臭い部分が私の苦手な金髪の知人に似ていて敬遠してしまう。そこを除けば、話は分かりやすいので彼の授業を受け続けることには、むしろ有り難さすら感じるのだけど……。


「……なんかあんまり、成長を感じないんだよなぁ〜」


 ぽつり、と。校舎の中庭で独り言を吐き出す。

 ――実技の授業へ参加出来るようになったものの、それが成長に繋がっているかと問われれば微妙なところであった。浦原喜助という師を持つおかげで、私は霊術院三回生の斬術稽古に参加しても全ての生徒をなぎ倒す始末。白打は苦手だからいい勝負だけど、鬼道は才能があるのか敵無し状態だ。そのおかげで、私は一回生の首席でありながら三回生たちの顰蹙を買う嫌な奴になっている。……お察しの通り、とても肩身が狭い。出る杭は打たれるとは言うけれど、並のメンタルが無ければいじけてると思う。

 輪堂先生との座学を続けながら、日によってあちこち上級生に混ざって実技を学ぶ。そんな忙しない日々を過ごしているから、肉体疲労も精神疲労も溜まる一方。それなのに、かつてのように毎日めきめき実力が伸びていた頃とは違って、成長そのものは停滞している気がして余計に気分も晴れない。
 それに。結局あの時からまだ一度も、斬魄刀との“対話”が出来ていなかった。あれ以降、意識して常に斬魄刀を傍に置いて生活しているのだけど、一向に呼び出されるような気配――浅打からの霊圧は全く感じない。それも相まって、自分の成長を久しく感じとれない私は、ため息ばかりを吐くようになっていた。


「……はぁ」
「……君たちは、水が貰えれば毎日成長出来て偉いねぇ」


 中庭の花壇に植えられた植物たちへ、水やりをしながらそんな言葉を投げかける。これはついさっき、用務のおじいさんがこの暑さの中、 ヘトヘトになりながら作業をしているのを見かねて私が代わりを申し出た。古めかしいジョウロいっぱいに水を溜めて、花壇の端から端まで水やりをしていく。

 ――大きな蕾が、花開くのを待ちわびるように太陽を向いている。夏の風物詩である黄色の大輪が咲き誇るには、まだ少し時間がかかりそうだ。

 かく言う私も、今はまだ蕾ということなんだろうか。もしそうなのであれば、謹厳実直に鍛錬を続けていけば大きな花を咲かせる時が、いつかきっと来る。そうであればいいと、今はまだ願うばかりである。


「……にしても、今日は暑いなぁ」
「(……まぁ、令和の日本に比べたらマシだけど)」


 水やりを終えたものの、ジョウロにはまだ水が残っている。かと言ってこれが全部なくなるまで、もう一度花壇を回って水やりをするのは面倒だ。そう思った私は、今日は暑いし余ったこの水で打ち水でもしようと。そう思って中庭から通路の方へ、勢いよくジョウロの水をぶちまけ――


 ――バシャ!!

「ぶへぇっ!?」
「……あ、」


 ……デジャヴ?


「……」
「……」
「……み、水も滴るいい男を演出してみようかと……」
「……ほんで、かっこよォなったんかい、俺は」
「も、もちろん!」
「せやねん、俺は元からな……って、二回目はさすがに許されへんやろボケ!!」
「ひーんごめんなさいいい!わざとじゃないんですー!!(泣)」


 私がぶちまけた水は、綺麗な放物線を描いて通路へ撒かれる……はずだったのだが。その水は偶然通りかかった人物の頭へ降りかかり、全身びしょ濡れにさせてしまった。ぴちゃん、と髪から滴り落ちる水音が虚しく中庭に木霊する。――な、なんで、よりにもよって、


「ど、どうしてここに、しん……ひ、平子隊長がいらっしゃるんですか……!?」


 びしょ濡れになった前髪がぴたりと額に張り付いて、げんなりした顔でこちらを睨んでいるのは……紛れもなく、本来なら霊術院に居るはずのない真子さんだった。どうして、なんで。そう思って素直に疑問を投げかけてから――周囲の違和感に気がつく。
 辺りを目線だけでぐるりと見渡せば、騒ぎを聞きつけた生徒たちが中庭へわらわらと集まってきていた。「え、平子隊長……?」「なんか濡れてない?」「え、あの子が……?」というざわめきと共に、突き刺すような野次馬の視線を感じる。こ、これは――まずい。


「そら、ココに用があったからに決まっとる、」
「も、申し訳ありませんでした!では!失礼します!」
「ちょ、待て――」


 ガバッと勢いよく頭を下げて、ダダッと勢いよく走り出す。ジョウロなんてその辺にほっぽり投げて、集まりかけていた野次馬の隙間を縫うようにしてその場から勢いよく離れた。とにかく遠くへ行かねば、その思いで一心不乱に足を動かす。
 ――私はモブキャラだから。隊長と関わりのある人物だと不特定多数に知られるのは憚られる。ただでさえ、流魂街出身のぽっと出なのに首席で特待生にまでなってしまったせいで、嫌な注目を浴びているんだ。そしてさらに、最近では私が浦原隊長の指導を受けて入学した生徒であることも、僅かに広まりつつあった。貴族というのは他人の噂話が余程好きらしい。そんな状況でさらに真子さんと知り合いだなんてことが広まってしまったら――困る、非常に困る。
 自意識過剰かもしれないけど、私の学生生活の安寧のため。ひいては、この世界の正しい流れを覆さないため。どうか、私を見逃してくれませんかね――


「……っはぁぁ〜〜〜、も、走れない……!」


 初夏とはいえ、この暑さの中での全力疾走は限度がある。中庭から限界まで離れた場所、誰もいない物陰に隠れて肩で息をした。両手を膝について息を整え、滴り落ちた汗が地面に染みを作る様子を数度眺める。こ、ここまで走ったらさすがに追いかけては来ないでしょ――


「……っはぁ、見つけたぞ、こんの……っ、どこまで逃げとんねんボケ!」ベシッ
「〜〜〜ったぁ!!」


 ザリッ、と砂利を踏みしめた音が聞こえたと思って振り向けば、汗だくで髪を振り乱したまま鬼の形相でこちらへ走ってくる真子さんの姿が。ぎょっとして逃げるまもなく、勢いよく振り落とされた手刀が脳天に直撃した。
 ――な、ななな、なん……なんで着いてきてんだコイツ!どんな執着!?そりゃ水ぶっかけた私も悪いけど……!前回も今回も悪気があった訳じゃないのに!し、しつこすぎる!この、金髪ロン毛のペタンコ顔め!ストーカー被害で訴えるぞコラ!


「……オマエ、今むっちゃ失礼なこと考えたやろ」
「べ、べべべ別に!?」
「残念やけど顔に出とるからな。否定しても無理やで」
「……じゃあ、見ないでくださいよ」
「無茶苦茶やろ、自分」
「…………」
「……つーか、走るの早すぎや。どんだけ身体能力伸びてんねん、恐ろしいわ」
「ふ、はは……!これが才能というやつ、ですよ」
「おーおー、せやな。朝緋は才能の塊や。んなもん昔から知っとるわ、ボケ」
「…………」←認められるとは思ってなかった人
「……そこで照れるのやめへん?気まずいねんけど」
「はぁ!?照れてませんけど!」
「(せやから、全部顔に出とるっちゅうねん……)」


 呆れたようにこちらを見る真子さんに余計に腹が立ち、反論しようとしたところで。全力疾走したせいで乾いて張り付いた喉では、上手く言葉を紡ぐことが出来なかった。音にならずに溢れ出た空気にむせてしまい、げほげほと咳き込む。そんな私を見かねたように、真子さんは「あーあーもう、そんなところにおらんとあっちの日陰で座って休み」と、傍にある木陰を指さした。
 ――私はまだ息が上手く整わないというのに、私と同じ距離をほぼ同じ速さで走ってきたはずの真子さんはケロッとしていて。とっくに息は整っているその様子に、己の体力はたかが知れていて、本当は才能なんて欠片ほどもないのだと。嫌でも思い知らされる。そりゃまあ、隊長と死神もどきで比べる方がどうかしてる……かもしれないけど。こんなところでも私の負けず嫌いは無駄に発揮されるらしい。
 そんな風にどうでもいいことへ思考を絡め取られながら、彼に言われた通りに木陰で休もうと移動して……違和感に気がつく。


「……なんでまだついてくるんですか」
「しゃァから、用がある言うてるやろ」
「はい?だったら尚更私に着いてくる意味が分からないんですけど。こんなところに居ないで用を済ませに行けばいいじゃないですか」
「お前にあんねん、お前に」
「……私はないですよ」
「うっさいわ、ええからそこ座って話聞けや」
「……」
「ま、別に大した用でもないねんけど」
「(どっちだよ)」
「朝緋に会われへんかったらまあええか、と思っててんけどな。偶然たまたま見かけたから、もののついでや」
「……はぁ、そうですか」


 用があるのかないのか、ハッキリしない態度を浮かべる真子さんの言葉にため息混じりに答える。そうして、言われるがまま木陰に座り込めば、彼はひと一人分の距離をあけてドサッと隣に腰を下ろした。


「――お前、あいつらに連絡とかしてへんの?」
「……あいつら?」
「技術開発局におる奴ら」
「あぁ〜……ええ、はい。特に何もしてないですよ」
「……今までに一回も?」
「してないですね」
「薄情な奴やなァ……」
「ええ……?」
「それは、したいけどせえへんの?それとも、しなくてええやろと思てるん?」
「――私が彼らに連絡する理由がどこにあるんですか?ていうかそもそも、何をどうやって伝えればいいんですか。私は地獄蝶使えませんし、通信設備もここには無いじゃないですか」
「手紙でも書いたらええやんけ」
「…………なるほど?」
「……それに、連絡する理由なんていくらでもあるやろ。あいつらはお前の“仲間”なんやから」
「……それは、彼らが使う言葉であって私が使う言葉じゃないですよ」
「……」
「“仲間”だというのは、受け入れて、認めてくれる側が使う言葉です。私のような“受け入れてもらう側”が使っていい言葉じゃない」
「……ハァ〜。まぁ、朝緋がそう言うんやったらそれでええんちゃう?俺はそこまでなんでもかんでも教えてやらへん」
「……?」
「ただ、この前十二番隊寄った時に『朝緋と連絡が取りたい』言うてる奴らが喜助にようさん群がっとった」
「……え、」
「ひよ里も寂しがっとったで。朝緋がおらんなってつまらんて、よォウチにサボりに来とるわ」
「えぇ……」
「別に寮に住んどるからって外に出たらアカンわけちゃうんやし、たまには顔見せに行ったらええのに。……って、朝緋チャンはそーゆーの出来へん子やったわ」
「……ええそうですけど」
「ま、そーゆーわけやから。俺から言えるのは『みんな朝緋がおらんくて寂しがっとった』っちゅうことだけや。連絡するかどうかは好きにし」
「……はい」
「……ええか。俺はちゃんと『みんな』って言うたからな」
「……?」


 真子さんはそう言って意味ありげに微笑んだ後、がばっと勢いよく立ち上がった。「ほな、用はそんだけや。邪魔して悪かったな」と言って、座っている私の頭をこれでもかというぐらいぐしゃぐしゃに撫でた後、振り返りもせずに立ち去っていく。
 風にはためく羽織も、彼の長い髪も。濡れていた部分はすっかり乾いているようで、思えばろくに謝罪をしていないままだったことに気がつく。……今度会ったら、ちゃんと謝っておくか。



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