愛おしい、愛おしいと咽び泣く愚かな心を
肌に纏わりつくようなジメジメとした空気。湿気を吸った布団はどこか湿っているような気さえする。日当たりのよく風通しの悪いこの部屋では、いとも簡単に不快な暑さで眠りは妨げられ、目覚ましが鳴るよりも早く目が覚める。
文明の利器が存在しないこの世界で迎える夏は想定よりもしんどくて、現代っ子の私は見事に夏バテを引き起こしていた。いくら体を鍛えようとも外気温の変化でこんなにも弱ってしまうのだから、所詮蛙の子は蛙。非凡な人間だった私にはこの世界は不釣り合いなのだろう。――まあそんなこと、最初から分かってましたけど。無我夢中で強くなる努力を続けるうちに、弁えるべきことを弁えられない女にでも成り下がってしまったんだろうか。あぁ、厭だ厭だ……。
「朝緋ちゃんおはよ〜! なんか久しぶりだね! ……って、朝ごはんそれだけ? 少なくない?」
「おはよ〜。そうかな? いつもこんなもんだよ」
「ふ〜ん? でも、それだけじゃすぐにお腹減らない?」
「うん、すぐ減る。だからお昼はダッシュで食堂に駆け込んでるよ」
「言われてみれば確かに! 朝緋ちゃんいっつも私より先に食堂いるもんね。そういうことだったんだぁ」
数日ぶりに朝の食堂へ顔を出せば、隣室の友人が半月盆に乗った朝食を持ってニコニコと話しかけてきた。そうして自然な動きで、私の隣の席へ腰を下ろす。……否。本当は、夏バテを引きずっているから食欲がないだけ。確かに普段から朝食は少ない方だけど……今日は普段の半分以下だ。
私が夏バテを引き起こしたタイミングで、霊術院は夏季休暇に入った。夏季休暇と言っても社会人のお盆休みのようなもので、学生の夏休みと違って期間は一週間しかない。とはいえ、体調を崩したこのタイミングで無駄に広くて暑いだけの校舎へ通う必要がなくなったのは、ありがたい話だった。
本来なら普段の休日と同じように、霊術院へ通って自主的な鍛錬をするつもりだったけど……。さすがに、睡眠不足からくる慢性的な頭痛と倦怠感を抱えながら、こんな暑さでわざわざ外に出て鍛錬なんて出来なくて。うだうだと部屋に引きこもり体調が回復するのを待っているうちに――気が付けば、夏季休暇は残り半分となっていた。わずかな夏休みの半分を、ただ自室に引きこもって大嫌いな蝉の合唱を聞いているうちに終えてしまっていたのだ。元々大した予定などなかったけれど……無駄に過ごしてしまった罪悪感と自己嫌悪が、私の心に小さな影を落としていた。
「――そういえば。朝緋ちゃんはお休みの間にお家へ帰ったりしないの?」
「うん。私はずっとここに居る予定だよ」
夏季休暇中に大勢の生徒が帰省する中で、いまだ寮の食堂で朝食をとる私を見て、彼女は疑問に思ったのだろう。普段は多くの生徒が集うこの場所も、今は私と彼女を含めた数人しか居ない。閑散とした食堂で、私のような帰省しない少数派のために食事を用意してくれる寮母さんには感謝しかない。あとでお礼を込めて、肩揉みでもしてあげようかな。――きっと、気を使わなくていいのに。と、やんわり断られるだろうけど。
「そっかぁ。じゃあ、今日のお祭りも行かないの?」
「……お祭り?」
「流魂街の夏祭り! 毎年やってて、一年で一番規模が大きいお祭りなんだよ。知らない?」
「へえ、そんなお祭りがあったんだ。いいね、楽しそう」
「うんうん! 私は……か、彼氏と一緒に行って、そのまま家にも帰る予定なんだけど……。屋台もたくさん出てるし、打ち上げ花火もあって毎年すごい賑わってるの。朝緋ちゃんも今夜予定がないならおいでよ!」
「うっわー、急に惚気てくるじゃん。青春してんね〜」
「ええ!? べ、別に惚気てなんか……もう、揶揄わないでよ!」
「あはは、ごめんごめん。幸せそうな顔してたから、つい」
隣室の友人である彼女は、とても幸せそうにはにかんでいた。大切にされているんだろうな、と容易に想像がつく――とても、可愛い笑顔だった。
羨ましい、とは思わなかった。そんな自分を、惨めだとも思わなかった。ただ、“大好きな人と想い合い、互いを大切にしている”という、私では到底叶えることのできない“奇跡”が……こんなにも身近に転がっていたなんて。どれだけ手を伸ばしても、一生届かない光がすぐ隣を照らしていたことに気が付いてしまって。心にぽっかり穴が開いたように、どうしようもなく虚しくなった。
叶うことのない奇跡なのだと、希望を手放し諦めたところで――その穴は生涯決して埋めようがなく、呪いとなってずっと付きまとうのだと。そう、突きつけられたような気がして……ただただ、苦しかった。
(……馬鹿馬鹿しい。今更だよ、そんなの)
「……まあ、一緒に行く人が見つかったら行ってみるよ。教えてくれてありがとう」
「うん! ごめんね、私が一緒に行けたらよかったんだけど……」
「いいのいいの、気にしないで。目一杯楽しんで、帰ってきたら惚気聞かせてよ」
「もう、結局それが本音なんじゃん!」
照れくさそうに笑う彼女へ、私もニカっと笑い返す。……夏祭りに行くつもりなんて、微塵もないのにね。そうして「じゃあ、またね。いってらっしゃい」と声をかけて私は席を立った。
食堂を出て部屋に戻る途中。今夜の夏祭りをどう過ごすか、計画を立て合う生徒たちと何度もすれ違った。キャッキャと楽しそうにはしゃいで話す彼らはとても微笑ましくて。元来私も、春は花見をするし、夏は花火大会に行くし、冬はクリスマスを楽しんでいた人間だ。そんなにみんなが楽しみにしているのを見ると、行くことは無いと分かっていても、夏祭りへの興味が湧き出てくる。……だから、だろう。目的の自室までたどり着いた足は再び動き出し、寮の外へ向かっていた。――向かう先は、ひとつしかない。
***
「っはーー、疲れた。……あち〜〜」
ドサッと勢いよく草むらの上に寝転ぶ。真夏の気候のおかげで元気な雑草たちが、背中や首元をチクチクと刺してきた。何度か身じろぎをして、その不快感を最低限許容できる位置へ移動する。鈍った感覚を取り戻すために体を動かして、じっとりと汗を吸い込んだ袴が肌へと纏わりついて気持ち悪い。重たい袖ごと腕を持ち上げて、眩しすぎる太陽から空を見上げる瞳を守った。
「(……夏の空は、どうしてこんなに高く感じるんだろう)」
――結局のところ、私は。普段の休日ですら町へ出かけることがないのだから、夏季休暇だろうが夏祭りに行くことは無く。ただただ己の目的のため、弱い自分に負けないため。こうして鍛錬を重ねる以外の過ごし方が出来ないのだ。別にそれを、しんどいとは思わないし間違っているとも思わない。自分で納得して、選んで、そう過ごしている。……ストイック、というよりは。ただ頑固で妥協が出来ないだけ……なんだろうな。
「(……雲の流れ、早いなあ)」
そう、思った瞬間。ビュゥッと強い風が、地面から空へ舞い上がるように吹き荒れた。……あぁ、そんなに風が強かったら。今夜の花火大会は大丈夫なんだろうか。煙や雲が空を覆い尽くして、眩い輝きを放つ大輪の花を隠してしまわないだろうか。
――私がもし、風を操れる神様だったら。……いや、そんなものになれないことは分かってるけど。もしも、の話だ。そうしたら必ず、この風をどうにかしてあげるのに。今日のこの風は明日に回しておいたから。安心してね、って。一年に一度の今日を、ずっと楽しみにしていた大勢の人たちを守れるのに。
「……ああ、それと。この際だから言っておきますけど、」
「……?」
「私は、正義感とか献身とか、そんな理由で強くなろうとしてる訳じゃないですよ」
「……ありゃ。ボクはてっきり、朝緋サンならそう言うのかと思ってましたけど」
「違いますよ〜、そんなんじゃない」
私は、私はそういう――
「自分に負けたくない」
「――……」
「私は、誰よりも強くて格好いい女になるんです」
そういう、強い女になりたかったのだ。
「……なぁにしてるんスか、こんなところで」
「――え、」
刹那。草むらへ寝転がっている私の後方から、人の声が聞こえた。その声は、ゴウゴウと強い風の吹きつける音が耳元で響く中でも、ジリジリと煩わしい蝉の合唱が邪魔する中でも。決して掻き消えることは無く……ハッキリと、正確に、私の耳へ届いた。
――絶対に聞き逃すはずのない、愛しい人の声だった。
「なにしてるんスか、こんなところで。日に焼けちゃいますよ」
寝転がって見上げていた視界には、白い雲と、澄み切った高い空しかなかったのに。それは私へ、照り付ける太陽から守って影を落とすように。スッとこちらを覗きこむ彼の逆さまになった顔が、視界の真ん中に映り込んだ。――その瞬間。まるで呼吸の仕方など忘れてしまったかのように、体が固まって動けなくなる。
(っ、なんで。ここに居る、の)
「……もう。霊圧消したまま近づかないで下さいよ。心臓に悪いんで」
「何言ってんスか、そんな落ち着いた顔して。全然驚かないからバレてるのかと思ってましたよ」
「うわ。わざとだったんですか?」
「ありゃ、バレました?」
どうやら無駄に、口だけは回るらしい。そのまま何食わぬ顔で寝ていた体を起こして、服についた葉っぱを払ってから彼へ向き直った。頭ひとつ高い場所にある、悪びれる様子の無いヘラヘラとした彼の顔を見上げて、私の頬は自然と綻んでいく。
……久しぶりに見ても、何度見ても。どうしてこんなにかっこよくて、大好きで、切なくなるんだろう。顔を見た、たったそれだけなのに。私の心臓は全身で鼓動を感じ取れるぐらい大きく脈打っているし、胸はぎゅっと締め付けられるように痛む。こんなにも簡単に、普段の自分を乱されてしまうんだ。それなのに、彼はふと小さく笑ったかと思えば、なんの躊躇いもなく「頭に葉っぱついてましたよ」と私の髪に触れてくる。
……お、おおお、教えてくれるだけでよかったんですけど!? カッと顔に熱が集まったのを感じて、「ああ、すいません。ありがとうございます」なんて口では冷静に感謝しながら、反射的に顔を反らした。……っあ〜〜〜、あっついなあ。熱い熱い。今日はいつもより熱いなぁ。ま、まあ夏だしね、そりゃ熱いに決まってるよね。
(……今更緊張するなんて、馬鹿みたい)
「どォーも。お久しぶりっスねぇ、朝緋サン。お変わりなさそうで何よりっス」
「……はは、浦原隊長こそ。お元気そうでよかったです。……でも、どうしてこんなところに?」
彼は一息ついてから、改まったようにして私へ話しかけてきた。挨拶を交わすにしては順番がちぐはぐな気がするけど……これも私たちらしいな、と思った。およそ四か月ぶりに言葉を交わすというのに、私たちの間に流れている空気にぎこちなさは無く、かと言って感情的でもない。いつも通りの距離感だった。……懐かしいな、この感じ。そのおかげで、私もサッと気持ちを入れ替えていつもの『朝緋』としてすぐに向き合える。そうして、本来一番に口にするべきだった疑問を投げかけた。
「霊術院へ導入することになった新しい装置の試運転っス。設置するのに時間がかかるんで、みなさんがお休みの間にやってしまおうと思いまして」
「なるほど、そうだったんですね。……なんだ、一言声をかけてくれたら私も手伝ったのに」
「そういうところ、相変わらずっスねぇ。でも大丈夫っスよ、今日でもう終わりましたから」
今日“で”ってことは……もっと前から来てたのかな。もしそうなら、私はずっと部屋に引きこもっていたから会わなかったんだろう。……私の体調が戻っていなかったら、会うことはなかったかもしれない。偶然が重なった結果、たまたま再会出来ただけなのだ思うと……妙にくすぐったい気持ちになった。
「……どうっスか、霊術院での生活は。楽しんでますか?」
「はい。学ぶ事も覚える事も多くて、忙しく過ごしてますよ」
「……もしかして、寝る間を惜しんで勉強したり、休みの日も鍛錬したりしてないっスか?」
「べ、勉強するのも、鍛錬するのも……趣味なので」
「はぁ。ダメっスよォ、そんなんじゃ。もっと学生生活を謳歌しないと!」
「ええ……?」
「――友達と一緒にこっそり授業を抜け出して遊びに行ったり、夜中の校舎に忍び込んでみたり、憧れの先輩を食事に誘ってみたり。そういうのを楽しんでますか?って言ってるんスよ」
「……いやいや。誰ですか、入学試験の時に『ボクの推薦ってことになってますから、くれぐれもお転婆はしないように』って言ったの」
「それは“力を使う時”の話っスもん。別に、アナタに謹厳実直に生きろという意味で言ったんじゃあない」
「……屁理屈!」
「えー、朝緋サンが真面目すぎるだけじゃないっスかぁ」
「私は真面目だけが取り柄なんです。私から真面目を取り上げないでください」
「(……その割には意外とちゃっかりしてるところもあると思うけどなぁ)」
「……な、なんですかその顔。そんなことないだろとでも言いたいんですか」
「いえ。朝緋サンが真面目なのはよーく知ってますよ。……だからこそ、アナタには“どうでもいい事で笑い合える対等な仲間”を作って欲しいんスよ」
「……」
――まるで、
技局のみんなとは対等な仲間にはなれないと言われたようで……少しだけ、胸がチクリと痛んだ。
「……」
「……朝緋サン?」
「……じゃあ、どんな人なんですか? 浦原隊長にとっての『どうでもいい事で笑い合える対等な仲間』って」
「……!」
「――思い浮かばないでしょうね。あなたは“隊長”だし“局長”だから。そこに並び立てる対等な相手は……仲間という括りを護廷十三隊まで広げてやっと、夜一さんが当てはまるくらいでしょう」
「……」
「どうでもいいことで笑い合うのに、対等である必要が、仲間である必要が何処にあるんですか?『面白い、楽しい、嬉しい』を共有出来たなら、誰とだって笑い合えばいいじゃないですか」
「……」
「……君のそういう不器用なところ、見ていて寒気がするヨ」
「……く、涅サンの真似……っスか?」
「ええ。結構似てるでしょう? ひよ里さんにはウケてるんですよね、これ」
「……っく、……ははっ……!」
「(……おお、笑った)」
「……ははっ、べ、別に……似てな……!」
「んな!?」
「全然、似てないっスよ、……っく、ははっ……!」
「ちょ、わ、笑いすぎなんですけど!!」
「だって、……ふふっ、ははは……っ!」
「(……まあ、あなたが笑ってるならなんでもいいか)」
そのまましばらくの間、腹を抱えてひとしきり笑っていた彼が、やっと落ち着いて目尻の涙を拭ったとき。ほっとした安心感と、笑いすぎだろという呆れから、私の唇も小さな弧を描いた。その瞬間、こちらを見ていた彼はほっとしたような穏やかな顔で「……ああ、良かった」と呟いた。
「――良かった?」
「ええ、やっと朝緋サンも笑ってくれたから。これでボクとアナタは“どうでもいい事で笑い合える者同士”になれたってことっスよね?」
「いや別に私は笑ってないし。呆れただけだし」
「まあまあ、細かいことはいいんスよ。これで、ボクにとっての記念すべき一人目の相手が朝緋サンになったんスから」
「……んえ?」
「だって、あんなに笑わされたの久しぶりですもん。ボク、愛想笑いばっかで滅多に笑いませんし」
「……ああ、そうですかい」
「また今度、モノマネ見せてくださいね」
「もう絶対に嫌です!!」
「ええ〜、面白かったのに……」
彼はそう言って、ふっと柔らかく笑った。いつものようにほんの少しだけ、眉尻と目尻を下げて。
……なんか、完全にいらんことをした気がする……! もう絶対しばらくネタにされるやつじゃんこれ(泣)柔らかく細められた瞳の奥にある隠し切れない笑いが、確かな予感となって私に危険信号を訴えてるんですよ。……そう、忘れてはならない。彼は人をおちょくるのが大好きな店長になるということを。
ああ、思い出したら今更すごい恥ずかしくなってきた。モノマネに対して似てないって言うのノンデリ過ぎない? 黒歴史になりそうなんですけど(大泣き)
「……それで。朝緋サンはこれからどうするんスか?」
「……え、ええ? どう、とは……?」
「残りのお休みはどう過ごすのかなぁ、と」
「あ、あぁ……。まあ、課題は終わってるのでいつも通り勉強して鍛錬して、寝るだけ……ですかね」
「……アレ。じゃあ今日の夏祭りは行かないんスか?」
「行かないですよ。一緒に行く人もいないですしね」
「ご友人は?」
「みんな、友達とか恋人と行くみたいです。多分、私が休日でもこうだから……遠慮して、誘いにくかったんだろうと思います」
「……そんな寂しいこと言わないで下さいよ」
「いいんですよ、私だって逆ならそうしてますもん。みなさんの方こそ、夏祭りは行かれないんですか?」
「はい。ボクらには有事の際へ備えての待機命令が出てるんス。人が大勢集まるところは……なにかと、色々起こりますからね」
「なるほど……ご苦労さまです」
「ええ、だから」
「……?」
「――ジャジャーン!」
「……!」
「……どうせならみんなで集まって、ボクらだけでも手持ち花火をやろうかって話になってるんスよ」
「えー! いいですね! 素敵じゃないですか」
「そうでしょ? ――だから……朝緋サンも」
「……?」
「よかったら一緒にどうです?」
「……え?」
「ボクらと一緒に、花火やりませんか?」
「……」
「――実は、そう……誘いに、来ました」
彼が楽しそうに笑いながら懐から取り出したのは、手持ち花火だった。それも、大量の。現代のような眩しいほどの華やかさは無いけれど、色とりどりの装飾が施された手持ち花火たちが、彼の手の中で賑やかに並んでいる。
……ああ、どうして今日はこんなにも熱いのだろう。真夏というのは、全身が脈打つように鼓動が早まって、息が詰まって喉が絞まるような熱さだっただろうか。こんなの異常気象だよ。このまま溶けてしまいそう。
『嬉しい』『喜んじゃダメ』『でも断れない』これらが私の心の中で三つ巴になり、わずかに思考が停止する。『行きたい』なんて素直な言葉を口にするのは、もう一人の自分が決して許さない。けれど、普段は目的など口にしない彼の勇気を振り絞ったような誘いに『私なんかが、』と遠慮を並べる事も出来なくて。私の口から出たのは、思考が纏まらず大急ぎで準備したような、返答とは呼べない素っ頓狂な言葉だった。
「……わ、わたしも! 私も、自分で花火買って持って行ってもいいですか!」
「もちろんっスよ。花火なんてあればあるだけ楽しいっスからね」
「は、はい! 面白そうなやつ探してきます!」
「――ああそれから、女性は浴衣で来るのが義務になってるんで。ちゃんと準備してきて下さいねん」
「ええ!? そ、そんな……急に言われても、」
「…………急に言われても、なんスか?」
「お、女の子は浴衣を着るってなったら色々時間がかかるんですよ! ……こ、心の準備とか!」
「ははっ、冗談っスよ、冗談。本当にそんなことしたら、ひよ里サンに怒られちゃいますからね。……だから、格好はそのままで大丈夫ですよ」
「た、たしかに……」
「それじゃ、あっちはもう準備進めてると思うんで、朝緋サンも支度が出来たら技局に向かって下さい。ボクも、野暮用を済ませたら帰りますから」
「……はい!」
否、ドタドタと急いで部屋に戻ってから鏡に映った自分を見た瞬間、今日が夏で良かったと本気で思った。大嫌いなんて言ってごめんね。体温の上がった私に、誤魔化すための理由をくれてありがとう。
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