愛おしい、愛おしいと咽び泣く愚かな心を


 ちりり、と小さな音が鼓膜を震わせる。弾け飛んだ火花が細やかな線を描いてはすぐに消え、それを繰り返して“花火”を形取る。ぷっくりと膨れた火種が震える様は、まるで小さな太陽が、最後の力で世界にしがみついているよう。仄かに鼻腔を擽る乾いた火薬の匂いに、胸の奥の古い記憶がひっそりと動き出した。

 ……子供の頃、私は線香花火が好きではなかった。普段は危ないからと遠ざけられる“火”というものを、特別に自分で扱うことが許される手持ち花火。背徳感も相まって、派手に火花を散らす夜闇を切り裂かんばかりの烈火が、私の胸を踊らさせていた。だから、その真逆を行く地味な線香花火はつまらないから好きではなかったのだ。光は控えめで、激しく輝いたと思ったら一瞬で終わってしまうし、それ故いつも出番は最後。線香花火をやれば楽しかった時間が終わってしまうから、なおさら好きになれなかった。

 けれども。不思議なことに、子供の頃に抱いていたそんなちっぽけな不満は、大人になれば全く違う捉え方が出来るようになる。派手さなどなくとも、その繊細さが“美しい”と思えるようになる。火薬の燃える微かな音、その静けさの中で段々と火花が散り始める。そして、その弱々しい始まりからは想像もつかないくらいに――激しく、そして美しく。花を形取って弾けては、名残惜しむ間もなく消えていく。人はその“美しさが一瞬で散ってしまう様”を『儚さ』と呼び、尊ぶのだそうだ。
 ――それが、線香花火の持つ他の花火にはない“特別”で“魅力”なのだと気がついてからは……私はいつの間にか線香花火が好きになっていた。そしておそらく今夜――私はもっと、好きになるのだろう。

 そんな感受性の変化が、僅か二十数年生きていれば訪れるというのだから……私の隣で、同じものを見ている彼は。私よりも何十年と、もしくはそれ以上の長い時間を生きてきただろう浦原喜助は。この儚い花をどう捉えているのだろう。
 ――そう気になって、揺れる火種に合わせて影が浮かんでは消える横顔を盗み見れば……驚くほど真剣な眼差しで、線香花火を見つめているではないか。その様子があまりにも予想外で、この場に似つかわしくなくて、私はつい「どうしてそんな真剣な目で見てるんですか、」と彼に問いかけてしまった。


「……いやぁ。コレを間近で見たのが久しぶりだったもんで。つい、色々と観察を……ね」
「なるほど。……まぁ、花火なんて所詮はただの化学反応ですもんね」
「そこまで言ってないっスよぉ。ただ、この枝分かれするような火種の散り方にはきちんとした原理があるのを……思い出してただけっス」
「……ふ〜ん……?」
「聞きます?」
「いえ、結構です。ロマンもへったくれも無くなりそうなんで」
「……先に“花火なんて所詮はただの化学反応”なんて言ったの、朝緋サンじゃないっスか……」


 まぁ、そもそも私たちにロマンが必要なのかといえば、全くそんなことは無いけど。でも、せっかくこうして裏庭の隅っこで、他の局員たちから隠れるように二人で秘密を共有しているのだから。……少しくらい雰囲気を求めたって、バチは当たらないんじゃないだろうか。あぁ、私が言う雰囲気というのは、想い合う男女から出る空気感ではなくて……仲間と秘密基地へ冒険しに行くような、そんな感じの方だ。

 ……だというのに、この人は。自分から誘ったくせに、一人で線香花火の観察に没頭してるってなんなんだ。今は実験中だったのか? ――この人が根っからの科学者で、本能として興味関心が騒いでしまうんだろうというのは分かってるけど……空気の読めなさが想像以上だ。
 でも、そんなところでさえも愛おしく思えてしまうのだから……私は、自分に呆れて笑うしか無かった。


「……さっき、」
「……?」
「さっきの。……右手、平気でした?」
「……? なんかありましたっけ」
「ボクの燃えてた裾、素手で払ってたでしょ」
「ああ〜。はい、全然。なんともないですよ、ホラ」
「――!」
「……?」


 どうやらすっかり、彼の中では『朝緋=よく火傷をする』になっているようだ。不名誉すぎる。何ともないと伝えるために、心配されている右手を彼の方へ差し出した。……なんか、前にもこんな事があったような気がするな……。

 ――けれど。彼はその瞬間僅かに肩を揺らしただけで、一瞬だけ右手に向けられた視線は、またすぐに手元の花火へと戻っていった。……んん?


「無事ならいいんスよ。……だけど、次からああいう時は、少しでもいいんで霊圧込めてからにして下さいね」
「なるほど確かに? その手があったか……」
「……」


 パチパチ。次から次へと異なる形を見せる淡い光を、目で追うのは辞められない。そしてきっと、私はこの光景を一生忘れないだろう。花火を見ている彼の横顔も、忘れないように目に焼き付ける。耳を寄せれば弾けた火花が秘密を囁いているようで……今の私たちに、少しだけ似ていると思った。

 落ちる火玉を見送る度に、胸に痞える想いが浮かんでは沈んでいく。……消えてしまうものほど美しいなんて誰が決めたのだろう。あと少しだけ光っていてほしくて、思わず息を止めた。











「――……朝緋サンが来てから、」
「……?」
「……アナタは知らないかもしれないですけど……誰かと一緒に食事をするようになったり、何かと技術開発局のみんなで集まることが増えたんスよ」


 ――ぽつり、と。
 小さな声で零れたその言葉は、まるで心の声が漏れたような……そんな弱弱しい声色だった。


「……そうだったんですね」
「はい。……アナタが居なくなったあとも、ボクらの中では季節を楽しむのが習慣になっていて……度々、集まったりしてました」
「おお。それは意外」
「……そうやって、実験や研究以外でみんなと言葉を交わすこと。――仲間と過ごす事が案外楽しいものだって教えてくれたのは、朝緋サンなんです」
「――!」


 驚いて、思わず肩に力が入る。持っていた線香花火の火玉が落ちるのを視界の端で見届けながら、私は勢いよく隣に居る彼の顔見上げた。
 すると――既に彼の双眸はこちらを向いていて。今日この場で初めて、私たちの視線は交わった。彼の手元で弾ける橙色の光と月明かりが、柔らかく細められた灰緑の瞳がはっきりと私を捉えていることを照らし出している。……ああ、きっと。目を奪われるとは、こういうことを言うのだろう。私はその灰緑の瞳から、目を逸らすことが出来なかった。


「……以前もお伝えしたように。朝緋サンを技術開発局へ迎え入れたのは、最初は監視が目的でした。……ボクらに敵意を持つ何かが人の形に擬態してるんじゃないかと、疑ったこともあります」
「はい。分かってますよ。浦原隊長が私を疑うのは当然でしょう」
「だけど。ボクはもうとっくに、アナタを疑うのは辞めてるんです」
「……!」
「……その顔。やっぱり、まだ自分が疑われてると思ってたんスね」
「ええ、まあ。……仮に私が正式に十二番隊へ入隊したって、疑いは残ると思ってます」
「――なら、ハッキリお伝えしときましょう」
「……?」

「“貴女だから信じている”んです。例え話せない事があったとしても、『朝緋サンはボク達を傷付けるような人じゃない』ってね」
「――っ!」
「誰が何と言おうと。それだけは、絶対に」
「……」
「……じゃなかったら、弟子に認めたりなんてしませんよ」


 ――最後の線香花火が、輝きを失う。
 残り香を纏った煙が、私たちの間をすり抜けて宙へ消えていった。


「だから……もう、脇役になろうとしなくていいんです。一歩引いて、外に立とうとしなくていいんです」
「……」
「――朝緋サンはもう、ボク達の仲間じゃないっスか」
「……」




(がらがら、がらがら)
(ひび割れて、崩れていく)


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