君の瞳にメリケンサック
真子がヘンな女を連れてきた。霊圧はペラッペラで、今にも死にそうな怯えた顔をしとる。ウチの大嫌いな「見てるとムカつく女」やった。
ふざけんな、ここは技術開発局やぞ。死神でもない奴の居場所ちゃうねん。何ワケのわからんモン連れてきてんねんハゲシンジ、と問い詰めても「ワケわからんモン調べるんがオマエらの仕事やろ、ボケ」と言われさらに腹が立った。
死にそうな顔をしとったんは連れてこられた日だけで、次の日はケロッと澄ました顔に変わっとった。でも、心ん中ではビクビクしとんのがウチにはバレバレで、それが余計にムカついた。だから、ウチはアイツが挨拶なんてしてこようが無視したし、なんべん話しかけてきても突き放しとったのに。
ウチが面倒くさなって放ったらかしとった仕事を、アイツが夜な夜な一人でやってるんをたまたま見かけた。何してんねやあの腑抜け、どうせウチに気に入られようとしとるだけやろ。そう思っとったのに、アイツは次の日ウチに会うても何も言ってこんかった。それどころか、次の日もその次の日も、同じように毎晩残って雑用を一人で片付けとった。誰にも言われてへんのに。
ハァ?なんや?どういう事やねん、意味わからへん。誰にも言われんと仕事手伝って、何もしてへんような面で平然としよって、アイツは何考えとるんや。理解出来ひん不満が溜まって、挨拶してきたアイツをどつき回そうとした時。
――ガタッ!
「しまっ……!」
「……っ!!」
側にあったビーカーが倒れそうになる。素手で触ったら火傷する薬液が入っとるのに、アイツはなんの躊躇いもなく倒れへんように咄嗟に掴んだ。……ウチにかからんようにするために。
「セーフ!危なかった〜」
「っ、アホかお前!何がセーフやねん!思いっきりアウトやんけ!!!」
傾いた拍子にビーカーからこぼれた薬液が、アイツの手にかかっとって。左手は真っ赤になって大火傷しとった。
ホンマに意味わからん、なんでウチなんか庇ったんや?コイツは正真正銘のアホなんちゃうかと本気で思った。
「ホラ、手ェ出し」
「ええ、平気ですって。手当くらい自分でやりますから」
「あぁ?なんや?ウチには指一本も触られたないってか?」
「違いますよ。猿柿さん、自分のせいで私が怪我したと思ってるんでしょう?でも、私は自分でアレに手を突っ込んで怪我したと思ってるので。手当は自分でします!」
そういってヘラヘラ笑うアイツの顔が、どこぞのヘラヘラしてる研究馬鹿にそっくりで無性に腹が立った。
ウチの持ってる包帯を取ろうとするアイツの手をヒョイ、と交して睨みつける。
「ええか、ウチはここの副隊長や!ウチが上でオマエが下!オマエの怪我はウチのせい、これは副隊長命令や!!わかったらさっさと手ェ出さんかい!」
「え、えぇ、そんな無茶苦茶な……」
「それと、」
「その猿柿さんってのも辞めや、気色悪い。ひよ里でええわ、アホ」
***
ピカピカで皺ひとつない、真っ白な白衣をバサッと広げる。すると、途端に新品独特の――妙に落ち着く匂いがふわりと漂ってきた。例えようのないあの匂い、私は嫌いではない。
何者かと疑われることを恐れて、彼らと関わりたくないと思っていたのに。……現実はそう簡単に思い通りにはならないらしい。素性の分からない私を傍に置いておく建前なのだろうが、正式に技術開発局の一員となってしまった。思うことは色々あるものの……彼の判断を後悔させたくはない。ある程度の馴れ合いは避けられないものとして、受け入れるしかないだろう。
(……腹を括るしかない、か)
さあ、この白衣を着て部屋を出たら、その瞬間から技術開発局の一員だ――と、気を引き締め扉を開ける。研究室への道すがら、緊張を誤魔化すように何度も包帯の巻かれた左手を撫でていた。
「オマエ、その格好……」
「あ、おはようございますひよ里さん。どうです?結構似合ってるでしょ」
研究室に入ると、すぐ側にいたひよ里と目が合った。すかさず、白衣を見せびらかすようにアピールしてみせる。すると、彼女はあからさまに驚いた様子で固まり、その拍子に抱えていた書類がバサバサと落ちていく。……はは、そんな信じられないものを見るような目で見なくても。
「驚きすぎですよ、似合いすぎててびっくりしました?」とはにかむ私に、ひよ里は眉をひそめた後、ふっと口元を緩めた。
「はん、下っ端が余計に下っ端らしくなっただけやんけ」
「頼もしくなった、と受け取っておきます」
「恰好だけ立派になったって中身がスッカスカやったら意味ないわ、ボケ」
「失礼な。スッカスカだからこそ何でも吸収出来るんじゃないですか。私ほどやる気と根性のある下っ端なんて居ませんよ」
「アホ、ほんまにやる気と根性持っとる奴は自分でそんなん言わへんわ」
それは確かに、彼女の言う通りかもしれない。加えて言えば、そういうところが私とあなた達との決定的な違いのひとつなのでしょう。……なんて、自分で言ってて悲しくなっちゃうね。
「ホレ、朝緋、こっち来ィや」
「はいはい。何の御用ですか」
「なんやその口の利き方は、腹立つな」
「ええ、口の利き方に関してはひよ里さんに言われたくないんですけど……」
「じゃかァしィ!!」
スパァン!と私の顔面に飛んでくる拳をひょい、と交わす。飛んでくると言っても、普段のひよ里vs真子に比べたら生ぬるい、誰でも良けれるようなゆっくりした鉄槌だ。
「で、なにか御用ですか?お茶でも淹れます?」
「これ、喜助に渡しとき」
「いや、すぐそこに浦原隊長いらっしゃるじゃないですか……」
「ええねん、ウチが面倒いと思った事は朝緋がやるって決まりや」
「(そんなの聞いたことないんですが)」
まるで「早くしろ」とでも言わんばかりに突き出された書類を受け取り、同じ室内にいる彼の元へ持っていく。研究室はそんなに広い部屋ではない。目と鼻の先にある彼の机には、たった数歩でたどり着いてしまう。この距離の移動を面倒くさがるって……これ、そんなに自分で渡したくない書類なのかな。
「というわけで、浦原隊長。こちら、ひよ里さんからです」
「はぁい、どうもっス。……いやぁ、随分ひよ里サンと仲良いみたいっスねぇ」
「浦原隊長がご不在の間、たくさんお世話になりましたからね、色んな意味で」
「はは、大変だったでしょう?長い間留守にしちゃってスイマセン、」
「いえいえ。……浦原隊長も、必要な事があれば何でも言ってくださいね」
「ええ。お手伝い、ありがとうございます。……でも、」
でも、と続けた彼は、表情は崩さないまま少しだけ声のトーンを落とした。たったそれだけの事なのに、背筋にはヒヤリと冷たいものが伝う。……今の私は、こういう空気にめっぽう弱い。
「その左手、どうしたんスか?」
「ああ、これは……」
ふと、あの時の光景が蘇る。私がまだ、技術開発局に来たばかりの頃。ひよ里が私に掴みかかろうと勢いよく振り向いた瞬間、傍にあったビーカーが倒れそうになって――
「危険な薬品って知らなくて触れてしまって、ちょっと火傷しちゃって。全然大したことないんですけど、念の為に包帯を」
「……ありゃ、大丈夫っスか?相当痛かったでしょう」
「いえいえ全然、もう平気ですよ。技局特製の塗り薬が効果抜群で!ほら、」
この人、きっと口で言っても信じてくれなさそうだもんなぁ、と。包帯の巻かれた左手を彼の方に突き出して、グーパーグーパーと動かして治ってるアピールをする。まだ多少の痛みはあるものの、当時と比べたら随分良くなった方だ。
ああいう事故はよくあるらしい。ひよ里に押し付けられた塗り薬を塗り続けたら、案の定すぐに良くなった。……技局ってちゃんと技術者の結集なんだなぁ、と薬の効果を実感して初めて関心したのは言うまでもない。
「――ふっ」
「ええ、わ、笑わないでくださいよ。何も面白い事してないですって」
「いやぁ、スイマセン。想像していたよりも随分普通の人なんだなぁ、と思って」
「……はい?」
「大丈夫そうで何よりっス。塗り薬、足りないようだったらいつでもボクに言って下さいね」
「?……はい、分かりました」
……思ったよりも、普通の人、って。私は一体なんだと思われていたんだ。異形の怪物だとも思われてたのか?だとしたら心外だ。私は非力で愚鈍な、ただの人間……のはず。って、尸魂界にいるのに、人間……でいいのか?そういえば、色々あって思考が追いついてなかったけど、私はこの世界において一体何なのだろう。死神ではなさそうだけど……。
と、一人で悶々と考え込んでいると、お茶を所望する声が届いた。……そうだ、少なくとも今は、私は雑用係だ。ひとまずはそういう事にしよう。と、逃げるように給湯室へと向かった。
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