言葉を交わすことはそれほど大切なことじゃあない
何やってるんスか、と。いつもみたいに冗談交じりにそう言って、帰らせようと思っていた。真面目で根が優しい彼女の事だから。親しい友人の死を知って、弔いをせずにはいられなかったんだろう。そこに自分の怪我だとか謹慎だとか、あまり関係ない。たしかにそういうタイプの子だ。
――だから。自分の行動の何がダメなのかを、きちんと諭して伝えよう。そうすれば彼女だって納得してくれるだろう。そう思っていたのに。
「……もっと、あなたの惚気話を聞きたかったよ」
「(……あれは、)」
――最初にその姿を目にした時。自分の見間違いではないのかと目を疑った。憔悴した顔で雨に打たれながら手を合わせている、今にも消えてしまいそうな小さな姿。それが、とても自分の知る翡葉朝緋には似ても似つかなかったのだ。
冷たい雨が降りしきる中、広げられた傘は彼女ではなく手向けられた花を守っている。自分が濡れることなど厭わない、手向けられた花という気持ちを尊ぶその優しさは……確かに、自分の知る彼女らしい行いだ。
痛々しく巻かれた両手と額の包帯が目に入る。哀愁という言葉はきっとこういう姿を指すのだろうと思った。
――伸ばしかけた手は行き場を失って宙を彷徨い、すとんと体の横へ落ちる。
弱々しい朝緋の姿を目の当たりにして、胸の奥で燻っていた気持ちが確信めいたものへ変わっていった。
「……浦原隊長、」
「はい」
「……ありがとう」
「――!」
「(――やっぱり、あれは気のせいなんかじゃなかったんスね)」
ずっと引っ掛かっていたあの日の違和感。線香花火の揺らめきに照らされて、直視出来ずに目を逸らした綺麗な横顔。それよりもずっとずっと深く、胸に突き刺さって忘れられなかったこと。今でもハッキリと思い出せるくらい脳裏に焼きついた“あの顔”は――頑固で意地っ張りで負けず嫌いで、普段から誰にも頼らず周囲と一線を引いている朝緋の――隠しきれなかった“弱さ”の片鱗だったんだ。
「(……結局、ボクは分かったつもりでいただけだ)」
朝緋の強さも、意地も、涙を見せない理由も。全部理解している気でいた。……そう思い込んでいた。
見誤りたくなかったんだ。かつて研究対象だった彼女を、科学者として注意深く視てきたから。彼女を鍛える者として、動きの癖も得意不得意も、知っていると思っていたから。彼女のことは――ちゃんと“分かっている”と、自分の観察眼と分析力にどこかで自信を持っていた。
「(……それなのに、肝心な弱さは何ひとつ見てなかった)」
しかし、そんなものは驕りに過ぎなかったのだと、この期に及んでようやく理解した。ボクなら気が付けるはずだったあの違和感の正体を、“今の自分には理解が追いつかない”と逃げたことに心底腹が立つ。大きく息を吐いて、目を閉じた。
――真正面から気持ちをぶつけてくる相手が苦手だったボクは、まさにその象徴のような彼女と接していくうちに“慣れ”を感じるようになった。苦じゃなかった。受け入れられていると思っていた。それを――自分の成長だと思い込んでいた。
元より他人と関りを持つのが苦手だと自覚していたから、誰にでもそうして向き合うことは出来なかったけど。少なくとも、それを受け入れられている朝緋に対してだけは、正しく向き合えていると思っていたのに。“理解”という根本から誠実さを欠いていた事実に――どうしようもない悔しさで胸がいっぱいになる。
「私の、好きな人の話も……聞いて、欲しかったのに……っ!」
「(――!)」
わかったような顔をして、ボクは何も見えていなかった。だから、ほら。――こうやってまたひとつ、彼女の知らなかった一面が増えていく。
“私の好きな人”という、普段は絶対耳にしない言葉。彼女の云うそれが、友好的な好意を示すものではなく、恋慕のそれだということはさすがに理解出来た。……そうか。彼女は、朝緋は恋をしていたのか。そこまで思い至って、「ああ、まぁ、そうだろうな」と妙に納得がいく。
彼女だって、恋心のひとつやふたつ、持っていて当然の女の子だ。素直で純粋な心を持つ彼女の想い人は――きっと、彼女に似た素敵な人物なのだろう。……ならばやはり、朝緋にはもっと自分の身を守る術を教えなくちゃならない。彼女はきっと、想い人の為なら自分の命すら犠牲にしてしまいそうだから。
――グォォォオオオ!
「――っ!?」
「(……来たか、)」
――だから、まずは。この虚に対して彼女がどう動くのかを見守ろう。ここが虚の襲撃があった場所で、自分は戦えない状況だと理解した上で。それでも親しい友人を弔うために来た理由が、もし感傷に浸った自暴自棄によるものだったなら。ボクらを悪く言われた程度で我を忘れ、相手を傷つけようとしてしまうほど……彼女が自暴自棄になっているのだとしたら。ボクは彼女の隊長として、力を授ける師として。まずはそこから叱らなければならない。
「(……!)」
弾かれたように虚を見上げた彼女の瞳には、驚きと焦りが浮かんでいた。次第にその瞳が恐怖で揺れていくのを見ながら……自ずと、紅姫を握る手に力が籠る。
「……別に、仇討ちしに来たわけじゃなかったんだけどな」
――だが、次の瞬間。彼女はボクの予想に反してとても強い眼に変わっていた。一瞬のうちに気迫を取り戻していたのだ。
みるみるうちに彼女の瞳に宿っていく“戦意”に……じわりじわりと、誇らしさのようなものが込み上げてくる。……あぁ、そうだ。あの眼は、ボクがずっと見てきた眼だ。何度ボクに打ち負かされようとも、諦めずに立ち向かってきた時の眼だ。……彼女はやはり、失意の底に居ようとも。生きることも戦うことも、決して諦めない女だったんだ。
「……ああ、そっか。斬魄刀置いてきちゃったのか……」
「ごめんね。嫌だよね。すぐには倒せないかもしれないけど……また、戻ってくる」
「(……!)」
まるで、この場は荒らしたくないとでも言うように。彼女は手向けた花の方を一瞥すると、虚を誘導してこの場からどんどん離れていった。
「……ほんと、手の焼ける
弟子だ」
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