星の体温で眠って
「おめでとう、翡葉さん。前回の試験、余裕で合格だったよ。これで進級確定だね」
「ありがとうございますー」
「品行方正……ではないけど、成績の優秀さは素晴らしいよ。来年度も君が首席になりそうだ」
「わーい」
「……もう少し喜んでくれた方が、講師冥利に尽きるんだけどなぁ」
「喜んでますよ。自惚れないようにしてるだけで」
「相変わらず自分に厳しいね……僕だったら自惚れてるしもっと喜んでるよ」
日差しの暖かな晴れの日の午後。寒さはまだ残るものの、色付いた梅の花が春の訪れを感じさせている今日。担任である男に用があると呼び出され教室に足を踏み入れれば、呑気に茶を啜りながら読書に耽る姿がそこにあった。……くつろぎすぎじゃないか?
「……全然想像つきませんね」
「うん?」
「院生時代の輪堂先生」
「……」
「どんな感じだったんですか?」
「……そうだなぁ〜……」
彼は椅子の背もたれに寄りかかり、大袈裟に顎に手を当てて俯いた。昔を懐かしむように目を瞑り回顧する姿には、やはりどこか気品が漂っている。彼のこうした仕草や身なりには、きちんと家柄の良さが伺えるのに。どうしてか、口を開けば全くそうは思えない馴れ馴れしさが顔を出していた。
この講師と出会ってもう一年が経とうとしているが、その残念な印象は今も変わっていない。出会った当時は胡散臭いとも呼べるその様子が、油断すべきでない男達にそっくりで警戒心を抱いていたけど――この男は、彼らと違って思ったことを素直に口にするタイプだったから。不思議と彼への信頼は、いつの間にやらこんな風に過去を聞いてしまえるまでに積み上がっていた。
「――成績優秀で、友達にも恵まれて、とても充実して楽しい院生時代だったよ!」
「……へぇ」
「こう見えて僕、入学から卒業までずっと首席だったしね。顔も家柄もいいからモテモテで大変だったなぁ」
「(リア充陽キャの眩しいオーラを感じる……うざいな)」
「……ちょっと。自分から聞いておいてそんな興味無さそうな顔しないでよ」
「私は別に、才能溢れた人の華々しい人生譚を聞きたかった訳じゃないんで。もういいです」
「そんなことないよ」
「……え?」
「僕は別に、なんの才能も無かったよ。血筋のおかげで霊力だけは並以上にあっただけの凡人さ」
「……」
「――そう。それをよく思い知れたいい機会でもあったんだ。僕の同期には、“本物の天才”が居たからね」
「……本物の、天才?」
「そ。生まれ持った才能と優れた知性。努力じゃとても敵わない、どうしたって追いつけないし手に入らないものはあるんだなって。僕は彼を見て理解した」
「(努力じゃとても敵わない、追いつけない……)」
「だから、無駄に自分の実力へ期待も価値も見出さずに済んだんだよね。僕、すぐ調子に乗るタイプだからさ。彼みたいな本物の存在を知らずに首席で居続けてたら、『いつかは隊長になって世界を守っていくんだ!』みたいに、出来もしないことを夢見てたよ、きっと」
「……ちょっと待って下さい」
「ん?」
「……その、本物の天才とやらがいたのに、輪堂先生がずっと首席だったんですか? ……それって、あなたの方がその人よりも――」
「ああ。……彼は自分の才能になんの価値も感じてない奇人だったからね。授業も試験もいつも力を抜いて、“それなり”を演じてたんだよ」
「……」
「それでも。彼は僕の前でだけは本気を出してくれてたんだ。……多分、張り合える相手が僕しかいなかったんだろうけど、それがちょっぴり誇らしくてさ。お互いに本気を出し合える相手として認め合って、最高の“好敵手”って感じだったなぁ。ま、僕は彼に一度だって勝てたことはないんだけど」
「――……その話を聞いてると、」
「ん?」
「あなたがその人をすごく尊敬してる、っていうことしか伝わってこないんですが。……いいなぁ。羨ましい」
“首席”という期待と重圧を背負う立場でありながら、どれだけ努力をしても敵わない相手がすぐ目の前に居たとして。その人を妬まず、羨むことなく。その才覚を認めて敬意を払うことは、きっと誰にも出来ることじゃない。欲にまみれた泥沼で足を引っ張りあって生きている人間がそうなのだから、器子が霊子に変わろうと、心の本質はそのままである死神でも同じはずだ。現に、出る杭は打たれるとばかりに、流魂街の出でありながら首席であり特待生を勤める私には、妬み嫉みが常日頃向けられている。そんなものを向けられようと私は私だ、と堂々と胸を張れるようになってからは少しも気にしてないが、入学当初は向けられる陰湿な圧にそれなりに疲弊していた。
……まぁ最も、目の前にいる朗らかな空気を持ち合わせているこの男が、他人へ妬み嫉みを向けるような人物じゃないことは分かりきっているけれど。それでも、その天才を尊敬出来る器の大きさは、誰しもが持っているものでないというのは確かだ。
――きっと、その天才が、“それなり”を演じていたとしても、周囲を見下したり憐れんだりすることがなかったというのもあるのだろう。自分の才能になんの価値も感じないだなんて、その天才もまた随分変わった人物だ。恵まれたものに価値を感じないのは、他者へ興味がないのか、その才覚を疎ましく思ったかのか。……凡人の私にはいくら頭を捻っても分からない世界だな。
でも、そうして実力のある者同士が認め合い切磋琢磨していくのは、とても素敵なことだと思う。“尊敬している天才”を語る彼の様子からして、その輝かしさは一目瞭然だ。――少しだけ、羨ましいと思った。
「……ていうか、それならやっぱり嘘じゃないですか」
「ん?」
「『実技の才能がないから座学しか教えられない』って前に言ってませんでした? 首席だって話が本当なら、あれは嘘ってことですよね」
「あ、あははー。そ、そんな事言ったかナー?」
「“バレちゃった”って顔に書いてありますよ」
「き、気のせいじゃない?」
「生徒に嘘つくなんて! 講師失格だ!」
「う、嘘じゃないよ。さっきも言ったじゃない、僕にはなんの才能もなかった、って。特に実技は昔から苦手だったんだよ」
「たとえそうだとしても、その“天才”とやらと張り合えて、首席で卒業するだけの実力はあったんでしょう? 全然誤魔化せてませんよ」
「やだなぁ、もう。僕が現役退いてから何年経ってると思ってるのさ。――いい? 僕はもう、刀なんて握れないただの霊術院講師なの、座学しか教えられないの。院生時代の出来事は過去の栄光なの。分かった?」
「(……“もう”?)……まあ、別にそこまで知りたいわけじゃないんでいいですけど」
「……あ、そういえば」
まるで、ちょうど今思い出した風を装うような言葉と共に、彼は教室の窓へ視線を向けた。釣られて私も、窓を見る。……外には、清々しい青空にひつじ雲が広がっていた。
「卒業を控えた六回生や五回生を対象に、組織の周知や勧誘の目的で技術開発局が演説しに来るんだって」
「へえ、そうなんですね」
「僕も技術開発局についてよく知らないし、様子見に行こうかな〜と思ってるんだけど。翡葉さんも一緒に来る?」
「いや、遠慮しときます」
「え、行かないの? ……浦原隊長と、副隊長さんが来るみたいだけど」
「行きませんよ。私は別に対象者じゃないですし、行く理由がどこにもないじゃないですか」
「……別に、挨拶するくらい構わないと思うけどなぁ」
「それはそれ、これはこれ。……あ、今日も修練場借りてもいいですか?」
「ああ、うん。もちろんいいけど……今日も始解の鍛錬?」
「ええ。まだまだ、解放出来るだけで使いこなせちゃいませんからね」
「そう。まぁ、ほどほどに頑張ってね」
「はーい」
「(……技術開発局の演説も隣の修練場でやる予定だってことは……言わないでおくか)」
私はこの春、もうすぐ二回生に進級する。入学した当初に啖呵を切って立てた卒業目標まで、残りは一年だ。決して長くはないその時間を有効活用するためにも、私は新しく手に入れた力を使いこなす特訓で忙しいのだ。腰元に携えた斬魄刀に手を添えて、修練場までの道のりを急いだ。
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