星の体温で眠って




「――あのね、朝緋サン」
「自分のことを守れない人に、他の誰かを守れると思いますか?」
「……今回朝緋サンがしたことは、“自分なんてどうなってもいい”と捉えてる人のする事なんスよ。……そんな人が守れるものなんて、たかが知れている」
「上級生に手を出したことも、その怪我であの場所へ向かった事も。どちらも朝緋サンが“自分のことを軽んじている”からじゃないっスか。自分がどうなるかなんて少しも考えちゃいない」



 ――あの時。私は、私がどれだけの覚悟を持って愛を貫いても、それは彼にとってなんの意味も成さないことなんだと突きつけられてしまった。辛酸を嘗めるような覚悟を持っても、それは彼にとってはちっぽけな自己犠牲にしか映らないのだ。私の想いは、信念は、覚悟は。彼の心には少しも届いてなんかなかったらしい。悔しかった、なんて一言ではとても片付けられない傷が私の心に出来てしまった。今だってその傷は癒えることなく、瘡蓋がジクジクと膿んでいる。だから、そんな風に傷ついた時点で、心の奥底で「彼に愛されたい」と惨めにも思っていたことに気づかされてしまったんだ。
 人間は欲深い生き物で、どれだけ理性で封じ込めようとも、一度自覚してしまった願望は完全に消すことなど出来はしない。永遠に叶わぬ片想いのままでいいと思っていた健気な朝緋は、もう戻ってこないのだ。
 彼に愛されることなどないと頭では分かっていても。私が彼の隣で微笑んで、幸せだと宣う未来などこれっぽっちも見えなくとも。心の奥底で、ほんのひとかけら生まれてしまった「彼に愛されたい」という望みは、消すことは出来なかった。怖いもの見たさ、なんて可愛いもんじゃない。ただ愚かで、酷く惨めで、救いようのない願望。希望とも呼んでやれない、可哀想な願いだった。

 ――だから、私は、この恋心を封じることにした。


「――なら、ハッキリお伝えしときましょう」
「“貴女だから信じている”んです。例え話せない事があったとしても、『朝緋サンはボク達を傷付けるような人じゃない』ってね」
「……じゃなかったら、弟子に認めたりなんてしませんよ」



 これはネガティブな覚悟じゃない。封じるといっても、愛することを辞めるわけではないから。ただ、彼から与えられる言葉や優しさに、一切の幸福を感じないように感情を手放す。ただ、それだけ。……それだけだ。


「だから……もう、脇役になろうとしなくていいんです。一歩引いて、外に立とうとしなくていいんです」
「――朝緋サンはもう、ボク達の仲間じゃないっスか」


「――っ、」


 もしも将来、彼の隣に並び立つ、生涯を共にすような相手が出来たとしたら。それはきっと、“たった一人を愛して恋をする女の子”なんかじゃなくて、“みんなを護って戦う強くてかっこいい人”だと思ったから。彼の背を支えて護り、笑顔を作れるのは。恋に恋するような女の子ではきっと、届かないと思ったから。だから私はこの気持ちを封じ込めて、みんなを護れる強くてかっこいい人になろうと誓ったのだ。
 ……自分でも馬鹿だとは思う。こんなに矛盾したややこしいことをする女は、世界中どこを探したって私しかいないと思う。それでも、知識を持ち、未来を知り――自分のために多くを裏切る私の選べる道は、これしかなかった。どんな自分でも彼を選び続けるということが、愛を貫くことの答えなのだと辿り着いた私には――きっと、これが最良の道なのだ。


「――私は! 誰よりも強くて格好いい女に! 絶対なってやる!!」


 だだっ広い修練所で思いきり息を吸い込んで、ありったけの気持ちを込めて叫んだ。喉奥がざらついて、急に失った酸素を求めるように肺が大きく膨れる。
 覚悟が届かずとも、頼ってもらえずとも。私を信じて鍛えてくれて、仲間だと呼んでもらえたのだから。もう、十分じゃないか。会うことも話すことも叶わなかった彼と、そこまで絆を結べたのだから、もう十分幸せだよ、私は。


(……ああ、これでやっと、)


 ――胸を張って、堂々とあの人を裏切れる。



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